権利保釈除外事由としての常習性概念

2016-02-15 22:52:48 | 刑事手続・刑事政策

保釈請求のハードルといえば刑訴法89条4号(罪証隠滅)・同5号(お礼参り)が定番だが、例えば覚せい剤事案の場合、3号の「常習性要件」で却下されることがある。素朴に考えれば「再犯防止のために常習者の保釈を禁じた」とも言えそうだけど、その説明はNG(「再犯防止を目的として勾留状発付が許されない」との大前提と抵触)。そこで現在の裁判実務家・検察実務家は口を揃えて、その実質的根拠を「逃亡のおそれ」に求め、「1号2号と同じく、逃亡のおそれが高い者を類型化した規定」と説明する。

 

新旧令状本でいえば、『増補令状基本問題下』[1996]30頁で木谷明が、『令状に関する理論と実務2』[2013]18頁で河村俊哉が書いている。

木谷の説明は次のようにまとめられよう。

・立法趣旨「常習者→厳しい刑事処分予想+規範意識鈍磨→所在不明になるおそれ強い→法が権利保釈を禁じた」。

・実体法の「常習」概念は、「反復累行する習癖の発現→特に重く処罰される」。権利保釈における「常習」概念も同様の着目点(既述)だから、結局、実体法上の常習概念とパラレルに捉えられる。下級審裁判例もほぼ一致してそう考えている。

 

他方の河村も、基本的には木谷の説明と同様である。しかし、河村の説明には、木谷にはない次の記載がある;「常習性の判断は、まずは、保釈保証金では防ぐことができないほど逃亡のおそれが高いといえる場合を類型化したという本条の趣旨に反しないことが求められるといえよう」(18頁)、「・・・常習性の判断に当たっても、保釈保証金では防ぐことができないほど逃亡のおそれが高いといえるかどうかという本来の趣旨を踏まえて、具体的な諸事情に照らして実質的になされるべきである」(19頁)。

なるほど、河村の指摘は、(木谷ほかすべての論者も賛成する)立法趣旨に立ち返った判断をうながす。このような態度は(特に弁護人サイドとして)賛同したい。ところで、実体法上の常習性の認定においては、前科前歴・動機態様・回数・性格・素行等が考慮されるものの(谷村允裕・判タ711号56頁[1990])、「逃亡のおそれの有無」がストレートに考慮されることはない(たぶん)。そうすると、河村の理解を貫けば「逃亡のおそれが類型的に高いから法が保釈を禁じたのだという立法趣旨に立ち返れば、実体法上の常習概念と比べて、刑訴法89条3号の常習概念はヨリ外延が狭い(逃亡のおそれが否定できる場合には、常習でないと判断される)」というべきだろう。

ところが河村は「権利保釈の除外事由としての常習性の意義も、基本的には実体法上の概念と同様に解してよい。実体法の解釈における常習性が刑罰の加重事由となるものであるのに対し、権利保釈の除外事由としての常習性が逃亡のおそれを高めるものであるという観点で異なるが、常習性の意味内容そのものに特段の差異を設ける必要はないであろう。」(18頁)とつづける。ここで頭が混乱する。なぜ「観点が異なる」のに「特段の差異を設ける必要はない」と断言できるのか。繰り返すように、「保釈保証金で担保できないほどの逃亡のおそれが高いか否か」というならば、「逃亡のおそれの有無という要素が入るため、実体法上の常習概念と別だ」と言うのが素直な理解でないか。この限りで河村論文は破綻していると思う(念のため述べれば、たとえ論理矛盾があっても、弁護人としては河村論文を援用したい)。

 

これに対する木谷の論旨は明快である。「逃亡のおそれ」は立法趣旨の説明で用いられるだけであり、実際の常習性判断にあたっては、シンプルに「実体法と同じ意味で常習といえるか否か」を考えればよい。

 

むしろ、河村の言いたいのは、末尾の「常習性が認められる場合であっても、その程度の強弱に照らして、裁量保釈(刑訴法90条)ができるかどうかを積極的に検討すべきであろう」(19頁)という点ではないか。河村の意図を(勝手に)酌んで再構成すれば、次のとおりとなろう。

ア:刑訴法89条3号にいう「常習」概念は、実体法上のそれと同じく、特定の犯行を繰り返す性格的・人格的な傾向を指す。証拠からその意味での常習性が認定されるときは、権利保釈は認められない。

イ:しかし、そもそも権利保釈が封じられるのは、類型的に逃亡のおそれが高いと考えられたからである。とすれば、仮に「常習」だとしても、具体的事情から保釈保証金をもって逃亡のおそれが否定できる場合には、(その他の必要性・相当性の検討の後に)裁量保釈が認められるべきである。

 

追記:日弁連「勾留・保釈制度改革に関する意見書」[2007]18頁は、刑訴法89条3号の削除を求めている(理論的な理由までは書いていない)。「逃亡のおそれが高い者の類型化」というだけでは、権利保釈を禁ずる実質的な根拠にはならないと思う(類型からこぼれ落ちる者は裁量保釈で救えばよい、と反論されるかもしれないが・・・)。2015(平成27)年3月13日に国会提出された改正刑訴法案(継続審査となった)では、日弁連意見むなしく刑訴法89条は現状維持(刑訴法90条はヨリ詳細になった)。

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