l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

ハイゲイトの森

2009-03-08 | その他


これは、先月三瀬夏之介さんの個展「夏の冬」を観に信濃町の佐藤美術館に行く途中、お隣の千駄ヶ谷駅のホームから思わず携帯で撮った写真。

線路や電線が写り込んだこの写真の何が?と思われそうだが、私の注意を引いたのは、新宿御苑を囲むこの木の柵。きれいに揃いすぎではあるが、ふいに自分が住んでいたロンドンの街を思い出させた。

私がロンドンで1年強住んでいたのは、北部のムズウェル・ヒル(Muswell Hill)というこじんまりした街だった。築100年くらいの赤レンガのヴィクトリアン・ハウスが、碁盤の目のように走る通りに整然と建ち並ぶ、落ち着いた風情のエリア。周囲は緑に恵まれ、歩いて数分のところにはアレクサンドラ・パーク(Alexandra Park)、ちょっと足を延ばせばハムステッド・ヒース(Hampstead Heath)やハイゲイト・ウッズ(Highgate Woods)が広がっている。

アレキサンドラ・パークは、公園というにはあまりに広大な、しかも起伏に富んだ丘の上に広がる緑地で、散歩やジョギングによく通った。頂上にはパブもあり、夜10時くらいまで明るい夏の日には、夕食後に新聞と数ポンドの硬貨を持って出かけ、芝の上でビールをチビチビ飲みながら新聞を読んで過ごしたりした。頂上から眼下に眺める都心の夜景もなかなかのもので、よくロンドンっ子のデート・コースに組み込まれるらしい。

フェルメールレンブラントなどの名画を所有するケンウッドハウスが敷地内に建つハムステッド・ヒースにも、途中の道々に並ぶ大豪邸をフェンス越しに見学しながら歩いて行くことが出来た。夏の夜には野外オペラやクラシック・コンサートが上演され、私も一度行ってみたが、日本のようにビニール・シートではなく、タータン・チェックの大きな敷布を芝に広げ、蝋燭のともるカンテラを傍らにシャンパンをあけるロンドン人たちの姿にはなんとも羨ましいものがあった。

そんなムズウェル・ヒルだが、毎日ロンドン中心部へ通わなくてはならない通勤者や通学者にとっては難点が一つ。ウェスト・エンドに出るバスはあるものの、地下鉄の最寄り駅がない。ロンドンを南北に走るノーザン・ラインのハイゲイト駅(Highgate)か、ピカデリー・ラインのバウンズ・グリーン駅(Bounds Green)へはバスに乗ることになる。

ただし、どちらの駅も歩こうと思えば歩けない距離ではない。平日の朝は無理だが、季節がよければ帰りや週末はバスに乗らず、歩くのも一興だった。

15年前当時、ハイゲイト駅のエスカレーターは木製だった。そのガタンゴトンと呑気な音をさせながら、私たちを地上へと運んでくれるレトロな乗り物で暗闇から陽光のまぶしい外へ出ると、数十分前に地下鉄に乗り込んだセントラル・ロンドンとは明らかに異なる空気感に包まれる。ちょっとしたカントリーサイドに来てしまったような感覚。空気は澄み、気温も心なしか下がり、都会の雑踏の喧騒と対照的な小鳥のさえずりが聞こえてくる。その小鳥たちがいるのは、駅から家に向かう大通りに沿って、左側に広がるハイゲイト・ウッズ。それほど大きくない森だが、木立のたたずまいが美しく、散策には楽しい。

説明が長くなったが、道なりに続く、その森を囲む木の柵が、この写真に撮った柵の風情に似ていた。私の記憶の中では、ハイゲイトの森の方はもっと不ぞろいで、しかもところどころ数本単位で仲良く斜めに与太っていたりもするのだが。

偶然ながら、同じ街に住んでいたことのある会社の同僚にこの写真を見せたら、あ~、似ている、懐かしいなぁ、と目を細めていた。

実はこの写真、おっちょこちょいな私が駅を間違えて、一つ手前で降りてしまったために撮れたものでした。

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