l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

THE ハプスブルク

2009-12-11 | アート鑑賞
国立新美術館 2009年9月25日(金)-12月14日(月)

公式サイトはこちら



お楽しみはとっておこう、にもほどがあった。毎度ながら、気付けばもう閉会間近ではないか!12月も1週間が過ぎた頃、泡食って乃木坂へ走った。

本展は、ウィーン美術史美術館とブダペスト国立西洋美術館の所蔵品から、ハプスブルク家ゆかりの作品を中心に、絵画75点に工芸品を加えた計120点を展覧するもの。チラシには「ベラスケスもデューラーもルーベンスも、わが家の宮廷画家でした」というニクイ言葉がある通り、7割がたはハプスブルク家が所有していたもの。

また、2009年は日本とオーストリア・ハンガリー二重帝国(当時)とが国交を結んで140年の節目にあたるということで、明治天皇が皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に友好のしるしとして送った画帖や蒔絵も里帰りして本邦初公開。

本展の構成はとても明瞭で、特に絵画に関しては時代別ではなく国ごとにまとめられて展示されていたのが新鮮。壁の色もそれぞれの国のイメージに合った色が使われ、イタリアはグリーン・ゾーン、スペインはレッド・ゾーンという感じで鑑賞にもリズムが生まれた。ちなみにドイツはグレイ、フランドル・オランダはモカ。

その構成は以下の通り:

Ⅰ ハプスブルク家の肖像
Ⅱ イタリア絵画
Ⅲ ドイツ絵画
特別出展
王室と武具
Ⅳ フランドル・オランダ絵画
Ⅴ スペイン絵画

それではいつものように、印象に残った作品を挙げながら順番にいきます:

Ⅰ ハプスブルク家の肖像

『神聖ローマ皇帝ルドルフ2世』 ハンス・フォン・アーヘン (1600-03年頃)



このセクションでは、章題の通りハプスブルク家の人々の肖像画が計8点並ぶ。これは最初の1枚。宮廷肖像画というジャンルは16世紀初めに成立したそうで、ハプスブルク家の統治者たちも最初はこの作品のようにその相貌をありのままに描きとどめさせていた。ソラマメのような顔の輪郭、たるんだ目元。生涯独身を貫いたこの君主はしかし、宮廷美術のパトロンとして有名。今年の夏、Bunkamuraでの「だまし絵展」にて展示されていた、彼が擁護したアルチンボルトによる風変わりなこの王の肖像画も記憶に新しい。

このような肖像画は、18,19世紀になると美化され、理想を追った作風になっていく。『オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世』 フランツ・シュロッツベルク (1865-70年頃)など、体中に煌びやかな装身具をぶら下げて美しく描かれている。

しかし、ここのセクションを他のどこより混雑せしめたるは、透き通るようなブルー・グレイの瞳と折れそうなウェストが印象的な『11歳の女帝マリア・テレジア』 アドレアス・メラー作(1727年)(チラシに使われている作品)と、完璧な美を湛えるプリンセス『オーストリア皇妃エリザベート』 フランツ・クサファー・ヴィンターハルター作(1865年)。後者は、絵としてそれほどいいとは思わなかったが。

Ⅱ イタリア絵画

『矢を持った少年』 ジョルジョーネ (1505年)



中性的な面立ちをやや傾げながら、物理的に何も見ていないような空虚な眼差し。どこか次元を超えた闇から浮き出てきて、次の瞬間には儚く消えてしまっているのではないか、という妄想すら覚える。間近で対面しても、人々の肩越しに観ても、その不思議な瞳で鑑賞者を見返してくる500年前の少年。離れ難し。

『聖母子と聖エリザベツ、幼い洗礼者ヨハネ』 ベルナルディーノ・ルイーニ (1515‐20年頃)



レオナルドの静謐さとラファエッロの甘美さを併せ持ったような聖母の顔立ち。彼女の深紅のドレスと膝にかかるオレンジの布地、聖エリザベツが羽織る赤いマント(?)と、暖色に包まれた画面は深みがあって落ち着く。

『聖母子と聖カタリナ、聖トマス』 ロレンツォ・ロット (1527-33年)



左の天使と聖母子が形作る三角形の構図がきれいに決まっている。聖母の着るブルーのドレスがまず目に飛び込んでくるが、よく観ると聖カタリナのオリーヴ色のドレスの色も美しい。何よりわき役である天使の軽やかさが私は好きだった。

『イザベッラ・デステ』 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ (1534-36年頃)



芸術を政治に利用したことで知られるこのマントヴァ侯爵夫人の名前を聞くと、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた彼女の右横顔の肖像画デッサンをまず思い浮かべる。この作品は彼女が60歳のときに、別の画家による昔の作品(現所蔵先不明)に倣ってティツィアーノに描かせた肖像画だそうだ。それほど美人ではなかったと読んだことがあるが、ファッション・センスはフランスの女官たちも憧れたほどだったと聞く。毅然とした意思を感じさせる目、堅く結んだ口元も、バラ色のさすふっくらとした健康そうな頬のおかげで憎めなく感じる。ターバン風の凝った帽子やファーの使い方、濃紺の生地に金糸の刺繍がされたドレスなど、本当におしゃれ。

『聖母と6人の聖人』 ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ (1755‐56年頃)



72.8cmx56cmのそれほど大きな作品ではないが、とても良い絵だった。聖母を頂点に群像を綺麗な三角形でまとめながらも、各人の動的ながら柔らかいポーズと色の配色によって自然な奥行きが生まれ、立体的な画面になっているように思える。実はこの絵はノー・マークだったが、やはり実作品を観てみるものですね。

Ⅲ ドイツ絵画

『ヨハンネス・クレーベルガーの肖像』 アルブレヒト・デューラー (1526年)



デューラーの板絵が3枚並んでいるなんて、デューラー好きにはたまらない一角。2002年に来日した女性像以外の2点は初見。そのうちの1枚であるこの作品はとても風変わり。解説には「丸く切り抜かれた壁の上に、かろうじて載っている丸彫の胸像」とあるが、かなり不自然に感じる。肌の質感、頭髪など余りに写実的で、とても彫刻作品とは思えないし、むしろシュールレアリスム絵画という感じ。いずれにせよ、デューラーの精密な画面は素晴らしいです。

『洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ』 ルーカス・クラナッハ(父) (1535年頃)



これはもう別格の美しさ。自分が斬首した、目や口元が半開きの生首を抱え、冷徹な微笑みを湛えるサロメ。とても残酷なシーンなのに、きれいな絵だなぁ、と見詰めてしまう。鉋屑(かんなくず)をかたどった首飾りの金属の質感、凝ったデザインの豪華なドレス(腕は長すぎるけど)、ゆで卵のようなすべすべの肌に目が奪われる。

本展では、上記の作品を合わせ、主題は異なるが斬首のシーンを扱った作品が3点並ぶ。

『ホロフェルネスの首を持つユディット』 ボロネーゼ (1580年頃) *イタリア絵画



『ホロフェルネスの首を持つユディット』 ヨーハン・リス (1595‐1600年頃) *ドイツ絵画



いずれも自分が斬首した首を持つが、それぞれの女性の表情を見比べるのも一興。ボロネーゼのユディットは何やら目もうつろで、半開きの口元は「私、何をしでかしたのでしょう」という呆然自失の表情。リスのユディットは「やったわよ!」と不敵な眼差しで我々に振り返っているよう。

絵画はいったんここで中断。

特別出展

歌川広重(三代)らによる『風俗・物語・花鳥図画帖』が2帖展示。1869年制作で、全部で100点あるそうだが、とにかく展示ケースの前はすごい混雑ぶり。肩越しに何点か観てスルーしてしまった。蒔絵の棚も人々の肩越しに観て、かろうじて優美な金色の川の流れだけ確認。

王室と武具

金、銀、ブロンズ、大理石、貴石、ガラス、貝など様々な素材を使い、金銀細工や象嵌細工など意匠を凝らして作られた多様な品々が展示されていた。甲冑一式のような大きな物から武具、彫像、杯などなど、いかにもバロック的で煌びやかな造形が並ぶ(私には多少くどいけど)。

『「籠を背負った男」としてのサテュロスの蓋つき祝杯』 ハンス・ハインリッヒ・ロレンブッツ2世 (17世紀前半)



個人的にはエレガントなものよりこういう変わった作品に目が行く。

『掛時計』 (1700年頃)



写真を観た時は小さいものを想像していたが、実物は直径50cmもあった。外枠に並ぶ、玉石で作られたサクランボ、葡萄、ザクロなどのフルーツが何とも可愛らしい。美術品としては素敵だけど、時間はわかりづらい。まぁここで求められているのは実用性よりも芸術性ですから。

Ⅴ スペイン絵画

図録上はスペイン絵画が最終章になっているが、会場での実際の展示順に従って書きます。

『悪魔を奈落に突き落とす大天使ミカエル』 バルトロメ・エステバン・ムリーリョ (1665‐68年頃)



私の好きなムリーリョの絵がここに3枚も並んでいるなんて。しかも初見のこの作品が余りに良くて、絵の前でしばしうっとり。私の浅薄な知識では、ムリーリョというとまず「無原罪の御宿り」が浮かび、今回隣に並ぶ『幼い洗礼者聖ヨハネ』(1650-55年)のような、ふわふわの羊を伴った幼い聖人の絵がイメージとして強いが、この大天使ミカエルのかっこよさと言ったらどうでしょう。甘美と冷徹が合わさった顔と、しなやかな身体の優美な動き。これはセビーリャのカプチン会修道院のために描いた、21点の連作のうちの1点とのこと。全部観たいなぁ。。。

『食卓につく貧しい貴族』 ディエゴ・ベラスケス (1618‐19年頃)



ベラスケスが若干20歳くらいのときの作品(やっぱり上手いねー!)。落ち着いた筆致で丁寧に描かれているが、全体の構図や明暗に浮かび上がる人物たちの表情など巧みに表現されている。

Ⅳフランドル・オランダ絵画

『フィレモンとバウキスの家のユピテルとメルクリウス』 ペーテル・パウル・ルーベンスと工房 (1620‐25年頃)



オウィディウスの『変身物語』の一場面。フリギアを巡り歩いていたユピテルとメルクリウスにどこの家ももてなしを断る中、唯一招き入れたのがこの貧しい老夫婦。この絵は、老夫婦が自分たちの最も高価な財産であるガチョウをつぶしてもてなそうとしているところ。

肩を出したユピテルの出で立ちは目立つが、中央で語り合うメルクリウスと老人の情景や老婆の動作は風俗画的で親しみやすい。ガチョウを含めた4人と1羽の構成する環が、画面をきれいにまとめている。

物語の続きとしては、つぶされそうになったガチョウは二人の神々へ助けを求め、ここで老夫婦はこの二人の正体を知る。老夫婦の家は神殿に変化し、二人は司祭になり、一緒に死にたいという願いもかなえられ、二人とも長寿を全うして同時に2本の木に変身したそうな(図録参照)。

『水鳥』 メルヒオール・ドンデクーテル (1680年代)



薄桃色のペリカンが大きな存在感を放つ、装飾的な鳥の群像。ペリカンの横にいる、目が朱色のパッチで囲まれた変わった鳥は、解説を見るとナイルガチョウというのかな。この画家はオランダ人だそうだが、精緻な写実表現が十八番のオランダやフランドルの画家の、動植物を描いた作品は図鑑的でおもしろい。

他にアンソニー・ヴァン・ダイクが3点(プラス「?」マークつきが1点)、ヤン・ブリューゲル(父)、ルーベンス、ホーホなど、このセクションはイタリア絵画に次いで出展数が多かった。

この西洋画の華麗なる祭典も、いよいよ残すところあと数日。12月14日(月)までです。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (一村雨)
2009-12-12 07:09:40
この展覧会、幅広い作品を楽しむことができましたね。
私はやはり、クラナッハのサロメが今でも圧倒的に印象に残っています。
返信する
Unknown (YC)
2009-12-13 12:32:29
☆一村雨さん

昔買った美術雑誌をパラパラ見ていたらクラナッハの『ザクセンの3王女』があって、右端の王女が今回のサロメと瓜二つなので、おおっと思いました(あとで図録をよく見たら言及がありましたが)。制作年も同じですから、間違いなくこの王女がモデルなのでしょうね。生首を持っていないので、何となく不思議な気がしました。いずれにせよ、サロメは本当に美しかったです。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。