落ち穂拾い<キリスト教の説教と講釈>

刈り入れをする人たちの後について麦束の間で落ち穂を拾い集めさせてください。(ルツ記2章7節)

<講釈>湖上を歩く

2006-07-25 19:27:25 | 講釈
2006年 聖霊降臨後第8主日(特定12) (2006.7.30)
<講釈>湖上を歩く   マルコ6:45-52
1. 湖上を歩くイエス
湖上で嵐を鎮めるイエスのエピソードは前にも出てきた(マルコ4:35-41)。その時のイエスは群集を後に残し、弟子たちと共に船に乗りこみ、湖上で突風に遭い、舟は遭難しそうになった。その物語においては、イエスは嵐の中で枕をして眠っておられた、ということが印象的であった。弟子たちに起こされたイエスは風を叱り、湖に「黙れ。静まれ」と言われると、嵐は静まり、凪となり、弟子たちは非常に恐れて「いったい、この方はどなたであろう」と驚いた、とされる。その時のイエスは弟子たちに「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」と述べておられる。この記事はマタイ(8:23-27)にも、ルカ(8:22-25)にも記録されている。
本日の出来事では弟子たちを「強いて船に乗せ」「群集を(イエス一人で)解散させ」ておられる。夕方になって、舟が湖の真ん中を航海中に「逆風」にあい、弟子たちは大変苦労し、疲れ果てる。この記事はマタイ(14:22-33)とヨハネ(6:15-21)とが記録している。ヨハネの記事は非常に簡単で短い。ところが、マタイの方はマルコの記事をかなり書き改めている。一番大きな変更は、ペトロも水の上を歩くというエピソードが挿入されている点である。これを挿入することによって、ペトロの立場が非常に強調され、水の上を歩くということの奇跡性が非常に強調されている。
結論を言うと、マタイが強調したいことは「神の子イエスを信じるなら、水の上を歩くこともできる」ということで、逆風が荒れ狂うこの世における教会の姿が描かれている。
2. 「イエスだけが陸地におられた」
しかし、マルコがこの物語を通して語ろうとしている点はマタイとは少し違っている。マルコの記事を読んで印象に残る言葉は「舟は湖の真ん中に出ていたが、イエスだけは陸地におられた」(47節)という言葉である。弟子たちだけが湖上におり、イエスは弟子たちの側にいない。つまり、イエスの不在ということが強調されている。前の記事ではたとえイエスは眠っていたにせよ、舟の中におられた。ところがここでは逆風の中、イエスが側におられない。もともと、弟子たちの中にはガリラヤ湖を本拠地とする漁師もいる。彼らにとって、イエスが側におられるかおられないかなどは問題ではないはずである。しかし、この記事はそんなことを語っているのではない。イエスが不在の弟子集団の姿である。普段偉そうに言い、振る舞うペトロの頼りなさが描かれている。ペトロの指導力のなさが強調される。他の弟子たちが不安になって当然であろう。この危機をどう乗り越えるのか。舟の中で苦悩する人々にはイエスの姿が見えない。
しかし、本日の記事の中で、もう一つ注意を引く言葉「逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て」がある。もちろん、見ているの主イエスである。弟子たちは気づかないでも、イエスは弟子たちの苦悩を見ておられる。ここにはイエスの弟子たちに対する主体的な関心が描かれている。ところが、マタイはこの言葉を省略し、イエスが水の上を歩くことの情景描写に変えてしまった。その結果、この物語は迫害の中の苦悩する教会へのメッセージに矮小化され、イエスに対する弟子たちの信仰という視点は失われてしまった。
重要な点は、弟子たちが逆風の中苦しんでいるという客観的な記述ではなく、それを主イエスが見ておられるということである。見かねて、主イエスは立ちあがり「弟子たちの側」に行かれる。それが水の上を歩いてなのか、空中を飛んでなのか、そんなことは問題ではない。とにかく、主イエスは弟子たちの見えるところに来られた。
ところが、ここで非常に奇妙なことが述べられている。嵐を叱るのでもなく、舟の中に乗りこむのでもなく、「側を通りすぎようとされた」(48節)。これは一体どういうことなのか。おそらく、マタイはこのことが理解できなかったに違いない。彼はこの言葉を削除し、そこにペトロのエピソードを挿入するのである。注目すべきことは、この時、弟子たちは近づく主イエスを「幽霊だ」と思ったことである。このことがこの物語の最後に「パンの出来事を理解せず、心が鈍くなっていたからである」と説明されている事柄であろう。
3. エゴ・エイミ
弟子たちがあまりにも分からないので、主イエスは弟子たちに話しかけられる。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」。本当なら、主イエスは弟子たちに自分の姿を見せただけで、そのままそこを通り越されたのだろう。わたしはそうだと思う。それではなぜ主イエスはわざわざここに来られたのか。イエスは手出しするために来られたのではない。ただ、わたしは居ないのではなく、いつもあなたたちの側にいるよ、ということを示すために来られた。イエスは弟子たちがイエスの姿を見ただけで、あるいはイエスの存在を思い出すだけで、その困難を乗り越えることを期待された。
このイエスの言葉の中で、「わたしだ」という言葉は注目に値する。ギリシャ語本文でいうと、「エゴ・エイミ」である。「わたしがいる」とも訳せるが、むしろこれは、どういう風に翻訳するのかという問題ではなく、モーセにご自分の名前を「わたしはある」というものだ、という出エジプト記3章の言葉を思い浮かべるべきであろう。
モーセがミディアンの荒れ野で羊の群れを飼っていたとき、不思議な現象を目にした。柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。モーセはこの不思議な光景を見届けようと火に近づいた。そのとき、神は柴の間から、「モーセよ、モーセよ、ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから」と声をかけられた。神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」。モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。その時、神の声が響いた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。 今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ」。モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか」。神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える」。モーセは神に尋ねた。「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか」。神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと」。
この時、始めて「神の名」が明らかにされた。その名が「わたしはある」である。その時以来、「わたしはある」という言葉は特別な意味を持つ言葉となった。神が自らの存在を明らかにするときの言葉である。
4. 「パンの出来事」
マルコはこの時の弟子たちの不信仰をパンの出来事とを結びつけて、「パンの出来事を理解せず、心が鈍くなっていたからである」(52節)と説明する。この説明は謎である。なぜ、この出来事とパンの出来事とが結びつくのであろうか。実は、この点については説明することが逆なのである。水の上を歩くイエスの姿から、パンの出来事の秘密が明らかになる。
わたしはここに「パンの出来事」の秘密があるように思う。いや、それこそが「パンの出来事」の秘密そのものである。ここでいう「パンの出来事」とは聖餐式のことである。聖餐式とは、パンを見て「主イエスの現臨」を思い出す式である。この場合、過去のことを思い出すのではない。今、ここに、主イエスが現在しておられることを「思い出す」のである。逆風が吹き荒れる中で、「主イエスの不在」に怯えているわたしたちに対して、主イエスご自身が近づき、「共にいる」ことを思い出させる。思い出すだけで十分に困難に立ち向かうことができる。それが聖餐式の秘密である。
幼児は母親の姿が見えなくなると泣き喚く。母親がいないという不安に襲われる。確かに、母親は視界から消えているだろう。しかし、大人はそうではないはずである。たとえ、東京と大阪に離れていても「常に共にいる」ということができる。離れていても共にいる、ということは「思い出」の秘密である。逆風の中でわたしたちは主イエスに嵐を鎮めていただくのではなく、自分たちで乗り越えて行かねばならない。しかし、それができるのは主イエスが「共におられる」という信仰によってである。

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