落ち穂拾い<キリスト教の説教と講釈>

刈り入れをする人たちの後について麦束の間で落ち穂を拾い集めさせてください。(ルツ記2章7節)

説教「風は思いのままに吹くヨハネ3:1-16」

2012-05-29 10:58:19 | 説教
先日開催された日本聖公会総会の際に行われた沖縄教区の主教選挙は、推薦候補者なしというかつてない結果となり、今後の取り扱いについては主教会に一任ということになったとのことです。 アングリカン・コミュニオン(世界各国の聖公会の交わり)においては、各教区の主教は教区主教であると同時に他国の聖公会に対しても主教です。従って主教の選出手続きと按手式とはかなり厳しく規定されています。少なくとも教区会あるいは総会における選挙において、信徒、聖職、主教会のそれぞれにおいて3分の2以上の得票するということは最低限の条件です。従って伝統的主教制を維持している限り、安易に選挙制度をいじくり回すことは許されません。 2012年 三位一体主日(2012.6.3) 説教 「風は思いのままに吹く  ヨハネ3:1-16」 . . . 本文を読む

<講釈>風は思いのままに吹く ヨハネ3:1-16

2012-05-27 16:53:28 | 講釈
次の主日(三位一体主日)の<講釈>をアップします。取り上げているテーマは聖霊論です。いわゆる聖霊派と称せられる「ホーリネス信仰」の中で生まれ、育った私にとって聖霊論は私自身の信仰の基礎的な部分であり、最も重要なテーマです。一度はしっかり考えたちと思いながらも、難しく、未消化のままの課題でもあります。今年、大斎節の期間十字架について思索し、復活節では「いのち」の問題を考え、三位一体主日に向けて三一論と聖霊論(霊性)についてじっくり取り組むことが出来ました。勿論、まだまだ課題は残っていますが一応、<講釈>という形でまとめることが出来ました。これを説教にするのも一苦労です。 . . . 本文を読む

復活節第5主日説教「復活信仰の入口まで マルコ12:18-27」

2012-05-03 08:19:55 | 説教
みなさま 次の主日の説教をお送りします。やっと平常に戻ったようです。入院直前の礼拝奉仕が3月18日だったので、礼拝奉仕は1ヶ月半ぶりということになります。 今回の説教は準備期間が長かった割には詰めがあまり芳しくありません。とくに最後の部分は空回りしている感じがします。まぁ、もっとも今まででも完璧な説教というのは説教台の上から話す時にはあまり燃焼しません。むしろ95%程度のときの方が「受け」がいいようです。勿論、「受けを狙う説教」を目指している訳ではありませんが、会衆の心に通じる説教をしたいと思っています。 . . . 本文を読む

復活節第5主日<講釈>「復活信仰の入口まで マルコ12:18-27」

2012-05-01 15:35:17 | 講釈
みなさま 最後にメールをお送りしたのが、去る3月14日で「大斎節第4主日の説教『イエスを恥じる者 マルコ8:31-38』」でした。それ以後約1ヶ月半、何のご連絡もなくお休みさせて頂き申し訳ありませんでした。実は復活前主日の<講釈>をお送りするべく準備中の3月22日の夕刻、急激に腹痛が起こり、救急病院での検査の結果、「急性膵炎」の疑いということで緊急入院いたしました。幸い発見も速く、医者の判断も的確で、外科的手術もせず、それ程大きな体力の消耗もなく4月2日に退院できました。4月には復活日を挟んで3回の礼拝奉仕の予定がありましたが、九州教区の主教さんの配慮により4月中の礼拝奉仕は休ませて頂きました。5月からはボチボチ体力の回復を見計りながら礼拝奉仕にも復帰するべく準備をしています。 次の主日は八幡聖オーガスチン教会での礼拝奉仕です。 . . . 本文を読む