楽々雑記

「楽しむ」と書いて「らく」と読むように日々の雑事を記録します。

砂漠の円盤。

2008-07-07 22:15:36 | 雑記。
伊丹十三が海外に出かけた際に息子に出した絵葉書が「伊丹十三の本」に載っている。伊丹が選ぶ絵葉書は、飛行機の機内用のノベルティもあれば、昔の手書きの動物図鑑のようなタッチで砂漠の野生動物が描かれたものもあって面白いのだけれど、その中に砂漠で円盤が飛んでいるものがある。裏面には、まだ幼いと思われる息子へ「さばくのうえでわ えんばんがみえる ことがあります えんばんには だれがのつて いるのかな」と、たった数行の平仮名だけが書かれている。それを読んだ息子はきっと笑顔が漏れただろう。
少し前に絵葉書が届いた。それを見て初めに思い出したのは、その円盤が飛んでいる砂漠の絵葉書のことだ。届いた絵葉書には奇妙な太い樹木と変わった岩山が描かれていた。それがジョシュアトゥリー国立公園だということがわかっても、無知な自分にとっては、それがどのような場所かもわからないので、机の上の地図帳を開いて場所を確認することくらいしかできない。裏面には、ジョシュアトゥリーからロスに到着したという旨が記されているだけだけれども、不思議と楽しそうな雰囲気が漂っている。どうしてそう感じたのか、そしてどうして砂漠の円盤の絵葉書を思い出したのかと考えてもう一度絵葉書を見て気付いた。岩山と樹木の間の空に小さな白い物体が見える。伊丹の絵葉書にあったような円盤ではないけれども、これはきっとその種の面白い絵葉書なのかもしれないと独りで納得し、部屋の目に付く場所に置くことにして、眺めては砂漠の円盤を思い出した。
最近、その絵葉書について書かれたブログの画像を見た。しかし、どうも様子が違う。自分に届いた絵葉書の空に飛んでいた白い物体がない。それよりも、その絵葉書から始まるストーリーを読んで全く自分が的外れだったことを思い知った。改めて手許の絵葉書の円盤と思い込んでいた白い物体を指でなぞると、それは僅かな凹みであることに気付く。きっと届くまでに擦れてできた傷のようだ。その事実が分かってから読み直しても、やはり楽しそうな雰囲気は変わらない。やはりジョシュアトゥリーは楽しい場所に違いない。西海岸には縁がないと思い込んでいる自分のような者でも行ってみたいと思うが、それが果たせるのはいつの日か。その時は是非、円盤が飛んでいることを祈りたい。

※写真は大分城址公園の銅像。頭と腕に鳩が乗っているように見えますが、これは本物。

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