その日の記憶は人それぞれだろう。髪を切りに行っても、近所の焼肉屋に行っても、注文より先に「大丈夫だったか」と尋ねられるたび、その日の朝に羽田を発ったという事実を伝えるしかなく、自分に何の落度がなくても、何だか済まない気持ちになってしまう。その時は金沢の美術館で写真展を見終えて外に出た頃だったはず。
夕方、竪町の古本屋を物色している時に、先に金沢に到着していた友人のメールで地震を知った。ホテルの部屋で友人とテレビを見続け、東京に向けて何度も電話をかけ、メールを送ろうと試みたけれど、全くつながらないまま数時間が過ぎた時に、腹がグウと鳴った。それを合図にふと我に返って、夕食を取ろうと外に出た。どこにでもある普通の繁華街の週末の往来に少しだけ安堵した。
二日後に東京に戻った。ガランとした首都高から見えた東京の暗がりは、旅の記憶の一部になった。