自宅に帰る道すがら、「そうだ・・・『彼』は居ないんだっけ」と気が付く。
体調不良だった「彼」が手術をすることになり、手術日前日に検査入院していたからである。玄関のドアを開けてもいつも鳴き声は聞こえないし、「黒い弾丸」のように駆け寄って来る事も無い。心にポカンと穴が空いた気分で、翌日の休日も散歩の為に早く起きることもなく、静まり返ったリビングで、主(あるじ)のいないクッションがぽつりと置かれている。
さびしがり屋の「彼」は病院でどうなのだろう?吠えまくっていないだろうか?などと我が家に来てから初めて自宅を離れる「彼」の様子をあれこれ想像してしまう。そしてその日の夜、手術前に連絡が入った。私たちにはどうすることも出来ない話で、ただただ先生に託すしかない。そして無事成功の連絡が入ったのは5時間後の23時近くだった。いつもなら熟睡している時間まで「彼」はよく頑張った。そして先生にはただただ感謝である。
翌日東大農学部の中にある医療センターへお見舞いに行った。受付を済ませるとしばらくして「彼」が先生に抱っこされたまま現れた。三日ぶりの再会であったが、すっかり他人行儀になっている。お腹にある無数のホチキスの跡がまるでレールのように繋がっていて、前足には点滴が繋がれている。そんな姿を見てしまうと、先生の説明も全く耳に入って来ない。
二時間の面会時間ではただただ待合室のいすに座りながら、膝の上で抱きかかえる。しかし「彼」は一切私と目を合わせず、心臓だけがバクバク動いている。そしてようやく落ち着いたのか、いつものように私の腕に顔を乗せたまま、寝息を立てている。腕に掛かる小さな重みが懐かしい。トイレに行きたい・・・煙草を吸いたい・・・ジュースが飲みたい・・・そんな衝動を抑えたまま、ただただ膝に抱える。そして面会時間が終わり、先生に引き渡す。翌日は息子が二時間抱きかかえ、そしてようやく本日退院で、妻が迎えに行く。
犬を飼っていない人からすると何とも大袈裟な三日間だと思うことだろう。わかる、わかる。だって実際私も飼うまではそう思っていたから・・・
タブレットの下に潜り込むのが好きだった「彼」。また元気に遊ぼうね。