十三で乗り換え、烏丸まで

2010-05-09 20:15:13 | Weblog
 阪急電車が好き。小豆色の車体と抹茶色のシート。この組み合わせがたまらん。
 十三で乗り換えて、烏丸まで行くことにした。ここで荷物を預けて、東と西に行く。
 が、ここでも、よく調べないで「急行」だしと乗ったら、途中で各駅に停まる急行だった。乗り換えようか迷ったが混んでるし荷物多いしそのまま行くことにした(後で考えるとこれは敗因の一つになった)。
 大宮で寝てしまって、烏丸で目が覚めてあわててとび下りた。あぶないなあ、もう。ロッカーに荷物を預け、知恩院を目指す。
 知恩院は祖母も父も分骨してある。会ったことのない祖父も納骨されているらしく、たぶん先祖代々そうらしい。和歌山までお参りできない時は機会があったらせめてこちらに寄らせてもらう。何かそういうのが気になるのは日本人のDNAと思うのだけど。
 ところが敗因のせいで駅を下りたのが3時半。そして今回もう一つの大きな敗因となった「京都の一駅は歩くとけっこうある」ということを甘く考えていて、烏丸から河原町はそこそこなのだけど、そこからさらにもう一駅分、さらに円山公園の向こうにある知恩院まで、土曜の夕方、人ごみをかき分けて進むのは骨が折れた。ちょうど今回も「前を行く人」がいてその人も小走りだったので、二人で追跡なのか伴走なのかといった風情でかきわけ、走り抜けて円山公園を抜け知恩院に着いたのは4時15分前。三門を駆け上がり男坂も駆け上がり本堂にあがったのは10分前。5ちょうど行われていた回向の読経を聞きながら分ほどそこにただずみ、納骨堂へ向かう。宗教が違うからこのまま嫁に行かなくても私がここに納められることはないのだけど、なんとなく思うところがある。 同じ墓に眠るという感覚について物思いにふける。

 阪急電車には、連結部分に元運転席みたいなスペースがあって、そこがちょうど大きな荷物をもつ私などには恰好の避難場所だった。不思議なスペースの写メ。

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