Karen Weintraub
for National Geographic News
October 10, 2014
インスリンの分泌に関わるベータ細胞を、幹細胞から人工的に作製する方法が確立された。これを移植すれば1型糖尿病を根治できる可能性がある。研究を率いたのは、1型糖尿病の子を持つ父親である。
20年前に幼い息子が1型糖尿病と診断されたとき、ダグ・メルトン(Doug Melton)氏は自分で治そうと決意した。後に娘も同じ診断を受け、メルトン氏は思いをさらに強くした。
その努力のゴールがいよいよ見えてきた。1型糖尿病の患者の体内ではベータ細胞が不足するが、メルトン氏はこの細胞をおそらく生涯にわたって補充できる供給源の作成に成功したとして、「Cell」誌の10月9日号に論文を発表した。
現在はハーバード大学の教授となった幹細胞研究者のメルトン氏は、これらの細胞を置き換えて、かつ体内の免疫系による攻撃を回避できれば、将来的には1型糖尿病の克服が可能になると述べている。
1型糖尿病は子どものうちに発症することが多く、膵臓にあるベータ細胞が、体内の免疫系によって攻撃され破壊される疾患である。メルトン氏は幹細胞を用いて、ベータ細胞の新たな供給源を作成した。
ベータ細胞は血糖値の変動にきわめて正確に反応する。食事をとると、ベータ細胞はインスリンの分泌量を増やして、余剰の糖分を処理できるようにする。一方で血糖値が低下したときは、インスリン濃度も低下させる。
1920年代以降は、インスリン注射の登場によって、1型糖尿病の患者も生命を維持できるようになった。とはいえ、多くの患者は神経の損傷や、傷の治りが遅いといった問題を抱えており、中には失明する者もいる。すぐれた注射も経過観察も、体内のベータ細胞のはたらきには及ばないのだ。
1型糖尿病を克服する方法として、これまでに確認されている唯一のものは、心停止して間もないドナーから摘出したベータ細胞を移植することだが、その方法は複雑である。しかも免疫系による細胞の破壊を防ぐために、患者は生涯にわたって投薬を受け続けなくてはならない。
ベータ細胞の移植手術はこれまで1000件も行われていないと、糖尿病研究団体であるJDRFのアルバート・ホワ(Albert Hwa)氏は言う。JDRFは過去10年以上にわたってメルトン氏の研究に資金援助を行ってきた。
◆幹細胞が希望をもたらした
メルトン氏は過去15年にわたって、50名以上の大学院生の協力を得ながら研究を続けてきて、このほどようやく実験用マウスにおいて、実際のベータ細胞とほぼ同等の機能を持つ代替細胞の作成に成功した。ヒトに対する試験も2~3年以内に開始できるだろうとメルトン氏は言う。
この人工ベータ細胞を1億5000万個ほど1度に投与すれば生涯にわたって有効なのか、将来的に追加が必要になるのかは、ヒトでの臨床試験を行うまでは分からない。
研究チームは当初、発生から数日程度のヒトの胚から取り出した細胞を使って研究を開始した。この段階の細胞は、事実上あらゆる組織に分化可能なのだ。これらのES細胞(胚性幹細胞)を用いてベータ細胞の作成に取り組んだ研究チームはほかにもあったが、完全な成功例はなかった。メルトン氏のチームでは10年にわたって、何百種類もの組み合わせを実験し、ようやく幹細胞をベータ細胞に分化させるのに成功した。
しかもこの方法は、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた場合にも有効であった。iPS細胞は成体から採取した細胞を幹細胞に戻したもので、作製に胚の破壊を伴うES細胞と異なり、倫理的問題を回避できる。
さらに、どちらの幹細胞から作製した人工ベータ細胞も、2型糖尿病患者のうちおよそ10~15%の治療に利用できる可能性があるとメルトン氏は言う。2型糖尿病は自己免疫疾患ではなく肥満に伴うものなので、代替細胞が免疫系によって破壊されるおそれがない。
世界保健機関(WHO)の統計によると、全世界の糖尿病患者は、1型、2型を合わせると3億人を超す。
◆障壁の克服へ
「すばらしい成果だ。(現在の)医療ではニーズが満たされていない患者にとって、細胞治療は非常に大きな可能性をもたらしている」とカリフォルニア再生医療機構のパトリシア・オルソン(Patricia Olson)氏は言う。
また今回の成果は、幹細胞研究の将来性をアピールする上でも有効であった。幹細胞研究は当初は糖尿病や麻痺、心疾患、アルツハイマー病を根治できる可能性があるとして期待されていた。ところがブッシュ政権下の2001年、研究は大きな障壁に阻まれる。当時はES細胞しか選択肢がなく、政府予算から助成を受けている研究プロジェクトに対して、幹細胞の利用に制限が設けられたのだ。
ところでメルトン氏は、人工ベータ細胞を作っただけでは、1型糖尿病の問題の半分を解決したにすぎないと言う。残る半分は、免疫系による拒絶反応から、移植した細胞を守ることである。メルトン氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)の応用生物学の教授であるダニエル・アンダーソン(Daniel Anderson)氏と協力して、移植用装置の設計を行っている。インクジェット・プリンターのようなはたらきで、人工ベータ細胞の表面をコーティングし、免疫細胞が近づけないようにするものだ。
このほか、少なくとも2社の企業が、別の方式でこの問題に取り組んでいる。茶葉をおおうティーバッグのような形で、細胞を包み込むという方式だ。
ヒトに対する臨床試験の承認が政府から下りるまでには、まだ少なくとも1年ほどは研究が必要だろうとメルトン氏は言う。メルトン氏の見込みでは、この方法が実際に多くの患者の役に立つまでには、さらに2年ほどの試験が必要だろうとのことだ。
ただし2型糖尿病の患者に向けては、もう少し早くから実用化できる可能性があるとメルトン氏は言う。患者としては明日にも治療を受けられることを望むだろうが、JDRFのリチャード・インゼル(Richard Insel)氏はなお、メルトン氏の今回の研究を、目覚ましい成果として評価する。
「一歩下がって、どれほどの進歩があったかを理解すべきだ」とインゼル氏は言う。
※私見ですが・・・ iPSが出現する前には ES細胞が研究対象であったが ご承知のように ES細胞は受精した卵子から作る幹細胞なので マウスの実験段階では良いとしても いざ 人間に使うとなると 一人の赤子が生まれる受精卵細胞を破壊して作る研究・医療行為のために 倫理的に問題点があった
アメリカのブッシュ大統領が禁止したのも 共和党の妊娠中絶反対意識からすると あってはならない行為とされたのではないか と想像する 従ってこの膵臓のβ細胞の幹細胞も iPS細胞でも可能と研究結果をその論文に記載したと思われる
この1型糖尿病患者に患者自身のiPS細胞から 作ったβ細胞が 免疫システムからの防御をする必要があるのは 他の難病と同じように 自己免疫疾患がβ細胞を破壊してしまう難病であるからだろう この自己免疫疾患は人体の複雑で巧妙な生きるシステムの内の 細菌・ウィルスなどの外敵からの防御機能の『エラー』が引き起こすこととされている(参照 ALS→筋萎縮性側索硬化症 膠原病 リュウマチなど 多くの種類の患者がいる 「自己免疫疾患」で検索)
今 激しい研究競争が行われているので 諸々の病気の原因が 180度変わって認識される場合もありうることで 即断できない現状である こうした中で 2型糖尿病患者を 肥満を原因と決めつけた記述があるが 痩せていても2型の患者がいるし 老化による2型の患者もいる 2型の患者の研究が盛んで 原因がいろいろ発見されている
1型の患者も全てが免疫疾患かどうかは 決めつけはいけないのでは? しかし1型の患者さんへの難病指定は早期になされるべきだ