何でもだらしなくって、がさつで、季節感に乏しく、「花より団子」の典型で、包み紙をぐしゃ~っとしてお婆ちゃんに常に叱られる子で、どうせ食べるんだから盛りつけはいいじゃん?ってな風情のない子で、優雅などという言葉とは無縁だったりする私。
でもね、大切にしてる時間はあるんだ。
大好きな万年筆たちにインクを入れて、その日一日のことを書き留める、自分だけの時間。
ペン先がノートに触れた瞬間には、インクも危なっかしく鮮やか。それが、ほんの2~3秒後にはすぐ落ち着いて、まるで命あるもののようにエネルギーを放っていた液体が、底なしの白に吸われて、永遠にそこに刻まれる。今という一刻一刻が私の歴史に変わっていく。その瞬間って、静かな感動。
好きなお茶や珈琲を入れて、慌てず焦らず、誰に読んでもらうでもなく、自分のこと、身の回りや遠い遠いどこかで起きたことなど、思うがままに書いていく。
私という無始無終の、掛け替えのない宇宙の一部が、過去世の遠い約束から、今も未来へと変わり続けている瞬間までを自分として、時間や空間や記憶を越えて自由自在に飛び回る。そんなfree from everythingな時間。
言葉で表すのは決して上手じゃないけど、私は子供の頃から何かを書くことが好きだった。書くことがない時には、分厚い電話帳に載っている人の名前を片っ端から書いて、その人に想いを馳せたりした。知らない人なのに、友達みたいな気になったり。もしかしたら、遠い親戚の隣の家の人の初恋の人のいとこのはとこの仕事仲間かもしれないな~とか、思ったりして。
白黒はっきりするのが好きな性格のくせに、インクの色はブルーブラックやターコイスやバーガンディーなんて、中間色に惹かれる。カートリッジよりもコンバーターがどうしても好きだなんて、まるで「男の書斎」とか「こだわりの何とか!」みたいで、少し笑ってしまう。そんなの、全然似合わないくせにね。
毎日、書くことがあって感謝。万年筆なんて、流行らないかもしれないし、ちょっと面倒くさいよね。
出来るだけ使ってあげることが一番のケアだし、人には貸さないこと、というのが基本で、自分の一部の様に一緒に育って行くもの。確かにちょっと面倒だけど、大好きな恋人には可愛く迷惑かけて欲しいもの。そんな想いに似た気持ちも少しあってね。
もう自分の体臭の延長のように愛し続けて来た香りをまとって、まるで自分の吐息のようにずっと歌い続けて来た曲を流しながら、とか。今日は、こんな素敵な男性に会ったよ、とか。今日は、こんなものを見て、面白かった、とか。今日は、こんなものを味わって、香って、世界が少し広がった、とか。今日は、こんな暖かい言葉をもらった、とか。そういうことを、書く時間。
出来る限り綺麗な字で書く。試験を受けるわけでも、人に見せるつもりなど全くなく、お習字のグレードを取得するわけでもなく、ただ自分が豊かになる為に、自分の字を愛しながら過ごす時間。
カタチあるものはいつか無くなる。私が書き連ねたノートや紙の束も、いつか消えて行く。それでも、それを知っていても、なんだか書くんだよね。
きっと、ずっと、一生続くだろうな、私の私のためだけの時間。
写真は、大好きな、加藤製作所の万年筆2000シリーズ
関西が世界に誇る加藤さんです!
でもね、大切にしてる時間はあるんだ。
大好きな万年筆たちにインクを入れて、その日一日のことを書き留める、自分だけの時間。
ペン先がノートに触れた瞬間には、インクも危なっかしく鮮やか。それが、ほんの2~3秒後にはすぐ落ち着いて、まるで命あるもののようにエネルギーを放っていた液体が、底なしの白に吸われて、永遠にそこに刻まれる。今という一刻一刻が私の歴史に変わっていく。その瞬間って、静かな感動。
好きなお茶や珈琲を入れて、慌てず焦らず、誰に読んでもらうでもなく、自分のこと、身の回りや遠い遠いどこかで起きたことなど、思うがままに書いていく。
私という無始無終の、掛け替えのない宇宙の一部が、過去世の遠い約束から、今も未来へと変わり続けている瞬間までを自分として、時間や空間や記憶を越えて自由自在に飛び回る。そんなfree from everythingな時間。
言葉で表すのは決して上手じゃないけど、私は子供の頃から何かを書くことが好きだった。書くことがない時には、分厚い電話帳に載っている人の名前を片っ端から書いて、その人に想いを馳せたりした。知らない人なのに、友達みたいな気になったり。もしかしたら、遠い親戚の隣の家の人の初恋の人のいとこのはとこの仕事仲間かもしれないな~とか、思ったりして。
白黒はっきりするのが好きな性格のくせに、インクの色はブルーブラックやターコイスやバーガンディーなんて、中間色に惹かれる。カートリッジよりもコンバーターがどうしても好きだなんて、まるで「男の書斎」とか「こだわりの何とか!」みたいで、少し笑ってしまう。そんなの、全然似合わないくせにね。
毎日、書くことがあって感謝。万年筆なんて、流行らないかもしれないし、ちょっと面倒くさいよね。
出来るだけ使ってあげることが一番のケアだし、人には貸さないこと、というのが基本で、自分の一部の様に一緒に育って行くもの。確かにちょっと面倒だけど、大好きな恋人には可愛く迷惑かけて欲しいもの。そんな想いに似た気持ちも少しあってね。
もう自分の体臭の延長のように愛し続けて来た香りをまとって、まるで自分の吐息のようにずっと歌い続けて来た曲を流しながら、とか。今日は、こんな素敵な男性に会ったよ、とか。今日は、こんなものを見て、面白かった、とか。今日は、こんなものを味わって、香って、世界が少し広がった、とか。今日は、こんな暖かい言葉をもらった、とか。そういうことを、書く時間。
出来る限り綺麗な字で書く。試験を受けるわけでも、人に見せるつもりなど全くなく、お習字のグレードを取得するわけでもなく、ただ自分が豊かになる為に、自分の字を愛しながら過ごす時間。
カタチあるものはいつか無くなる。私が書き連ねたノートや紙の束も、いつか消えて行く。それでも、それを知っていても、なんだか書くんだよね。
きっと、ずっと、一生続くだろうな、私の私のためだけの時間。
写真は、大好きな、加藤製作所の万年筆2000シリーズ
関西が世界に誇る加藤さんです!