和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

柿の種。

2011-12-05 | 前書・後書。
KAWADE道の手帖「寺田寅彦」(池内了責任編集)をひらくと、
出久根達郎の「寅彦の文章と私」(4頁ほどの短文)が掲載されておりまして、
そこには、「柿の種」の初版と昭和17年の第八刷と岩波文庫(平成16年)と3冊を手元に置いていることを書いているのでした。
「・・三冊を手元に置き、気が向くと適当に選んだ一冊を拾い読みしているのだが、同じ文章でも本によって何だか違って読めるのである。」とはじまっているのでした。
初版では、絵入りがカラーで刷られていること、その絵の配置が文庫では白黒になり、それよりもなによりも、微妙に位置が違うことを、味わっている文なのでした。
それじゃ、というので、すっかり忘れていたワイド版岩波文庫「柿の種」を本棚から取出してみます。

文庫の解説は池内了。
ここでは、「柿の種」の自序の味わい。

「・・元来が、ほとんど同人雑誌のような俳句雑誌のために、きわめて気楽に気ままに書き流したものである。原稿の締め切りに迫った催促のはがきを受け取ってから、全く不用意に机の前へすわって、それから大急ぎで何か書く種を捜すというような場合も多かった。雑誌の読者に読ませるというよりは、東洋城や豊隆に読ませるつもりで書いたものに過ぎない。従って、身辺の些事に関するたわいもないフィロソフィーレンや、われながら幼稚な、あるいはいやみな感傷などが主なる基調をなしている。言わば書信集か、あるいは日記の断片のようなものに過ぎないのである。・・・
この書の読者への著者の願いは、なるべく心の忙(せわ)しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたいという事である。(昭和8年6月)」

この自序のつめの垢を煎じて、当ブログの参考にさせてもらいたいと思う高望み(うん。望みは高く)。
そうでした。この本が連載の途中で、関東大震災に遭遇しているのも思い出しておく価値があり。さりげなくも、今に、読み返す一冊となっております。

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