和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

講座参考本⑮

2024-07-30 | 安房
『 安房震災誌 』は、まず

大正15年3月31日発行。編纂兼発行者 千葉県安房郡役所。
こちらは、非売品として各町村や各小学校などへ配布されたようです。

安房郡役所については、郡制廃止の経緯をすこし記しておきます。

  1921年(大正10年)4月12日に
          『郡制廃止ニ関スル法律案』が可決され、
  1923年(大正12年)4月1日に郡制が廃止された。
         郡会は制度の廃止と同時に無くなったが、
         郡長および郡役所は残務処理のため
  1926年(大正15年)7月1日まで存置された。


この郡制が廃止され、残務処理のために存置された年の9月1日に、
関東大震災が発生します。そして、それを記録に残すために
震災誌を編纂することとなります。それが大正15年3月31日発行されました。
そこに『安房震災誌の初めに』と題する挨拶文を大橋高四郎が記しております。そこから引用すると

「・・・なほ一つ特記して置くべきは、かかる未曾有の大天災に際して、
 安房郡民の態度が如何にも立派で、少しも常軌を失わなかったことである。」

「震災誌編纂の計画は、これ等県の内外の同情者の誠悃を紀念すると
 同時に、震災の跡を後日に伝へて、いささか今後の計に資するところ
 あらんとの微意に外ならない。

 震後復興の事は、当時大綱を建てて之れを国県の施設に俟つと共に、
 又町村の進んで取るべき大方針をも定めたのであった。

 が、本書の編纂は、もっぱら震災直後の有りの儘の状況を
 記するが主眼で、資料もまた其處に一段落を劃したものである。

 そして編纂の事は吏員劇忙の最中であったので、
 挙げて之れを白鳥健氏に嘱して、その完成をはかることにした・・ 」


うん。推測を逞しくするならば、
「震災の跡を後日に伝へて、いささか今後の計に資するところ
 あらんとの微意に外ならない。」と記してある
『 微意 』とは、ほかならぬ安房郡長大橋高四郎の意向だと思えてきます。
そして、劇忙の最中に白鳥健氏に嘱した配慮も大正15年までに完成させる
という同じく配慮を感じさせます。


さて、大正15年発行の『安房震災誌』は、ページの本文を読むよりも
ページとページが割れてしまいかねない状態で、そちらに注意が入ります。

それが昭和62年10月10日に復刻版として発行されており、
今でも古本で簡単に入手可能で、装丁も活字も読みやすい。
発行元は株式会社臨川書店(京都市左京区今出川通川端東入ル)。
私は、この復刻版をパラパラとひらいております。

されに今では簡単に読むことができます。
ネット検索で、安房震災誌を調べると、

津波ディジタルライブラリィに『安房震災誌』があり、
安房震災誌の掲載された写真もすぐに見ることができます。
( ちなみに、このライブラリィには、再版の序もありました )

また、国立国会図書館デジタルコレクションならば、
実際の本の写真版をページをめくりながら見ることもできます。






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