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(元)旦那の病気(双極性Ⅱ型障害)について

依存

2014年12月16日 | 日記
彼には、私や義父に依存している部分が多々あると思う。

まぁ、最近は義父に電話すれば頭ごなしにダメダメ言われる
だけなんだけど、以前は何かあるとすぐ「お父さん、お父さん」って。

私に対して依存している部分ってのは、生活基盤もさること
ながら、精神的にね、あると思うの。

でも、それってある程度しょうがないことなんだろうなって
思ってきたところもあって。

だって、自分でできないんだもの、誰かに頼るしかないし。

頼るなら、一番近くにいる人だろうし。

怒られても、嫌味言われても助けてほしければ、私に依存する
しかないよね。

でも、そういうのが長く長く続いたことが、ダメになった原因だ
ってわかってる。

私が依存されても、依存されても、へこたれずに、文句を言いながらも
応えてきたことがダメになった原因だって。

だから、誰にも依存できないような環境にいたら、彼は頑張れるのかな。

よく、彼は

「俺、独りで東京行っても頑張れるよね?」

って聞いてくるんだけど、私は

「そんなん、知らんよ。

 頑張ろうと思えば、頑張れるだろうし、

 ダメだって思えば、ダメになるんじゃないの。」

って答える。

だって、そこで無責任に、「大丈夫だよ」なんて言えないし。

言ったら言ったで、「大丈夫だって言ったじゃん」とか言われても
困るし。

でも、共依存ではないと思っているの。

私は、彼に依存されていることに依存していないって。

彼から求められることに、自分の存在意義を見出しているわけじゃ
ないと思っているの。

どっちかと言えば、私は彼の存在よりも、娘に依存しているかもって
思うけど。


でも、彼と別々に生きていくことは、悲しいし、寂しいの。

今まで散々、苦労してきたけれど、でも苦労だけじゃなくて
家族として楽しいことも、うれしいこともたくさんあったから。

やっぱり、悲しいし、寂しいし、不安もあるし、恐れもあるし。

そういう、マイナスな感情あってもしょうがないんだって、
認めてあげないとって思って。


彼は今、あっちに転んだり、こっちに転んだり。

つまり、まだ自分の中で腹が据わっていない部分があって。

そのたびに、翻意されるのがものすごく嫌で。

今朝もそれで喧嘩して。

「よくよく考えて、出した答えだけ教えて。

 ふらふら考えが変わるたびに振りまわされるのはごめんなの。

 どっちにしても、私にはそれなりに苦痛で、それなりに覚悟が
 いるの。

 それを無視して、あ~だこ~だ勝手言われるのは、我慢できない。」

ってね…。

彼はきっと不安が強くなると、こっちに残るって言うんだろうし
少しそれが収まると、やっぱり向こうに行くしかないって言うんだろうし。

私は、向こうに行くにも、こっちに残るにしても必死になって頑張んないと
いけないんだよって言ってある。

向こうに行くなら、独りで生きていかないといけないし、こっちに残るなら
今までのようなことは二度としないで、仕事見つけてしっかりしてもらわ
ないといけないしって。

どっちにしても、必死に頑張んないとだし、覚悟のいることだよって。

でも、どっちもできないなら、実家に帰れって。


なんか、尚一層脈絡のない文章だな。

最近、気持ちがまったく整理されていないまま書き始めて、書き終えても
まったく整理されていない。

それだけ、私自身不安定なんだと思う。

独りで車運転しながら泣いてみたり、会社でブログ書いても泣いてみたり。

こっちに転んだり、あっちに転んだり考えが変わるのは、彼だけじゃない
ってことなんだろうな。




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