彼が入院中なのにもかかわらず、義両親が来ているにも
かかわらず、私と娘はプールへGO!
もうこれ以上、理不尽に彼に振り回されたくない!
って意固地になっていた部分もあり。
何度も電話してきた挙句、彼が
「約束だから、プールに連れて行ってあげて。」とか言うし。
確かに、約束してたけど、あんたは行けるかどうかわからないって
言ってたじゃん…で、そのくせ自分は好き勝手やって、怒られて
この騒動じゃん!って輪をかけて意固地になっていた部分もあり。
まぁ、とりあえず、すべてを投げ捨てて、あとは知ったこっちゃない!
って勢いで、GO!
シーズン前クロールで25m泳げた娘は、50m泳げるようになり
平泳ぎもあれよ、あれよと25m泳げるようになった。
あとターンを教えてと言われたが、キックターンは私もできない。
しょうがないので、タッチターンを練習。
小学生時代水泳部だった彼はきっとできるんだろうけど…。
昔流行った曲で、
『ここに あなたが いないのが せつないのじゃないくて
ここに あなたが いないと思うことが せつない』
(楽曲:それが大事)
ってことなのかな…と思ったりもした。
でも、きっとその不在感は段々と時間と共に薄れていくものなのだろう
と思ったり。
時間だけが解決するものってきっとあるって思ったり。
でも、そうやって流れる時間に合わせて、娘はどんどん成長するだろうに
その過程をまったく見る機会が彼にはなくなるんだろうか…と思ったり。
もし、私たちが家族を解散したら、当然親権は私が取る。
娘本人が会いたいと望まない限りは、養育費も払えないであろう彼に
会わせることはほとんどないだろう。
でも、それは本当に娘が望むことなんろうか…って。
私の我慢が足りないことで、娘の望まない将来を選ぶことになっても
私は後悔しないでいられるのだろうか…って。
今、選ぶ未来がそれぞれ娘にどんな影響を及ぼすのか…って。
色々と考え事をしているのが、ばればれなせいか娘はいつもより
テンション高く、何度も何度も
「楽しいね!」って。
「連れてきてくれてありがとう!」っていう。
ちょっと、それが申し訳なく、そしてちょっと痛々しい。
きっと私は、娘と二人でも十分楽しく生きていける。
娘も、さみしいだろうが、私がそういえば、納得するだろう。
「ママがそうしたいなら、それでいいよ。」って。
でも…って、考える。
今までは、彼のために一緒にいたほうが…って考えていたけれど
今は、私と娘のために一緒にいたほうがいいのか…って考える。