スタート直後に後輪チューブの爆発……という前代未聞な事態を引き起こしたヤビツ峠アタック……
しかも、予備チューブなしという過酷なサポート体制ですから、不安このうえない心理状態です。
友人Kとわたくしは、不穏な空気に包まれながら、のろのろと2度目の出発をしたのでございました。
わたくしのツール缶の中には、パンク修理用のパッチが3枚入っておりましたので、一応、無いよりマシか……という心の支えに、穴の空いたチューブを大切に折りたたんで持ってまいりました。
(裂けてしまったほうのチューブは、もうどうにもならないので、クルマの中に放り込んで参りましたが……)
晩秋の宮ヶ瀬湖は、それはそれはみごとな紅葉で、チューブのことさえなかったら、あのまま喜びいさんで、ピャーピャーいいながら走っていたことでございましょう。
しかし、友人Kもわたくしも、一抹の不安を拭い去れぬままに、無言に湖畔を通りすぎるのでした。
はてさて、長者屋敷のキャンプ場を過ぎ、中津川の渓谷に沿った山道が始まりました。
前回の記憶では、たしか、このあたりから路面が荒れて、パンクのリスクが高まるのでございます。
予備チューブなしのわたくしは、ハラハラ、ドキドキ……でございましたが、次第にわたくしはある事実に気が付きました。
それは、この県道70号線(秦野清川線)が、以前にくらべて、路面の状態が改善されているという感触でございます。
よほど荒れていた箇所は、きっと補修が進んで、前回よりもむしろ、きれいになっているようなのでございます。
これはラッキーなのでございますぅ~!
もちろん、宮ケ瀬湖沿いの、とてもきれいなアスファルト道路の上で、盛大な爆発系なパンクをやらかした直後なのですし、その原因もよくわからないままにただ、チューブの交換をしただけで走っているのですから、いつまた、同じような爆発に見舞われるかもしれません。
それでも、多少なりともパンクのリスクが減ってきたことに、わたくしの気持ちは緩むのでした。
次第に図々しさが復活してきて、渓谷の紅葉をめでたり、写真を撮ったりする余裕も出てくるのでございます。
↑上記のように、わざわざ友人Kにカメラを持たせて、シャッターを押すよう指図するわたくし。。。
友人Kの1本しかない予備チューブを奪い取っておきながら、ますますふてぶてしさを増す、ぬすっと猛々しいわたくしでございます。
さてさて、中津川が布川という名前に変わることになりましても、道路の状態は比較的よい感じ、傾斜もそれほどにキツクはありません。
ゆっくりマイペースでペダルを踏んでいるかぎり、呼吸もそれほどに苦しくなく、なかなか気分のよい登り道です。
ときおり、バイクやクルマが追い抜いていきますが、平日なのでそれほど交通量は多くありません。
ヤビツ峠って、自転車で走るにはとってもいい道なのでございますね~。
しかもこの日は、11月とは思えないほどポカポカ陽気で、寒さに震えることもなく、かといって、暑くて汗をかいて大変ということもなく、快適な峠のぼり日和なのでございました。
ところで、この日、わたくしはもちろんCAAD9少佐での峠アタックでございましたけれど、友人Kは、MTBに700Cのホイールをつけてきておりまして(だからこそ、予備チューブを奪えたのでございますが……)、ギア構成が、わたくしとはまったく異なっていたのでございました。
……で、最初のころは緩やかだった登り坂の斜度が次第に増してきて、けっこうな急角度になった折、その差は歴然と現れてきたのでございます。
わたくしがインナー&ローを使い切って、「あ、もう、ギアが無い! ヒィ~!」となっているときに、MTB仕様の友人Kは、「クランクくるくる回しの術」という必殺技を繰り出してまいりまして、呼吸困難に陥っているわたくしを悠々とパス。
鼻歌でも歌い出しそうな余裕を見せつつ、ちょこまかと進んでいきやがるのです。
ですが、登り坂では、ギア比ばかりが問題ではございませぬ~。
こちとら8kg台の軽量アルミロードバイクです。
相手は高品質な軽量アルミのフレームとはいえ、そこはMTBですから、フロントのサスペンションだの、なんだのかんだの、重いパーツがどっさりで、きっと車重はCAAD9少佐とは比較にならないくらい重いはずなのです。
なんとかちぎられまいと、「踏め~! 踏めば、なんとかなる! 踏み込め~!」と、自らを鼓舞するわたくし。
しかし、このところ、まともな坂道を登っていなかったので、すっかり脚力が衰えているのみならず、わたくし自身の体重は増加の一途をたどっており、非常によろしくない相乗効果を生んでいるのでした。
しかし……わたくしとは違う要因によって、このとき友人Kも、自分との戦いに突入していたのでございます。
後から聞いたことなのでございますが、友人Kのバイクは、MTB本来の26インチから700Cにむりくり変更してしまったために、ポジションに狂いが発生していたようなのでございます。
その結果、あろうことか友人Kは、比類なき「おしり問題」に悩まされていたのでございました!
おお! 「おしり問題」といえば、以前、わたくしも、富士スバルラインにチャレンジしたときに見舞われたのでございますから、その耐え難い苦痛には覚えがございます。
あれは、あれで、呼吸の苦しさとはまた違う苦しみなのでございます~。
そのようなわけで、友人Kとわたくしは、それぞれの苦しみと戦いつつ、必死の形相でヤビツ峠に到着したのでございました。
ところで、峠には反対側の秦野方面から上ってくる人もいらっしゃいますので、5~6人くらいは自転車の人が休んでいたのでした。
その一人に、ちょっと気になるおじさまがいらしたのでございます。
お歳の頃なら、50代前半……くらいでございましょうか。
50代にしてますます精悍さを放つそのお姿は、かならずしも自転車とは限りませんが、なんらかのスポーツの選手をしていらしたに違いないと思わせる、独特な雰囲気でいらっしゃいました。
見るからに使い込まれた感じのロードバイクは、koga-miyata。
古いながらも、手入れの行き届いた感じが漂っていて、それもまた、乗り手の熟練さを思わせるのでした。
そして、なにがカッコイイかといって……そのおじさまが休憩時に補給していた食べ物が、柿だったところなのです~!
わたくしなんかは素人なのですから、行動食といったら、塩キャラメルだとか、どらやきだとか、羊羹だとか……とにかく、甘いものを持ってしまうわけなのですが、おじさん曰く、「柿はいいよ~、糖分も水分もとれるし、ビタミンも豊富だからね」
たしかに! 柿、おいしそう!
生の柿を1コまるごと、皮付きのままガリガリかじって、召し上がっていらっしゃる様子が、いかにもワイルドでかっこよくて、「男は、こうありたいね」と、あいのてを入れたくなってしまうほどでした。
ところで、友人Kとわたくしは、せっかくヤビツ峠まで来た記念に、海の見えるところまで行ってみようということになり、峠よりも少し秦野側に下ってみることにしたのでした。
本当は、「菜の花台」というところまで下ると、ずいぶん景色がよいらしいのですが、戻ってくるのが大変なので、峠のすぐ下のカーブのところで、相模湾や三浦半島を見渡せるスポットを見つけて、そこで写真を撮ったりしたのでございました。
↑海と空の境界が曖昧ですが、おそらく平塚か茅ヶ崎の市街越しに相模湾を望んでいるのだと思われます。
多摩とか高尾とか相模湖のエリアは、海からは離れている内陸のイメージなので、海が見えると、ずいぶん遠出しちゃったな! と、うれしく思うのでございました。
そんな風に写真を撮って遊んでおりますと、さきほどのシャープなおじさまが、シャープな乗りこなしで峠から下っていらっしゃいました。
そして、わたくしたちに気が付くと、片手を挙げて、ニコッと笑って走り去っていかれたのでした。
そのお姿が、また、なんとも研ぎ澄まされて、見事なまでに絵になっているのでございました~!
うひょ~! かっこいい~!
もはや古いのかもしれませんが、チョイワル……とか、そういう中途半端は、いけませんわね。
その程度では、まったくもって、到達度が低いですわね。
オジたるもの、「チョイ」なんて逃げ道を用意しているようでは、覚悟が完了していないのですわ。
むしろ「とことん」、もしくは「極端に」くらいの強烈な副詞を使わなくては!
ストイックなまでに研ぎ澄まされていてこそ、極端に常軌を逸していてこそ、まことにかっこいいオジと、いえるのでございますわ~。
そんな出会いをかみしめつつ、友人Kとわたくしは、ヤビツ峠を後にしたのでございました。
そして、パンク地獄に陥らないように、元来た道を恐る恐るくだり、なんとか宮ヶ瀬湖の駐車場でソフトクリームの祝杯をあげることができたのでした。
出発時の爆発騒ぎの折にはどうなることかと思われたヤビツアタックでしたが、こうしてなんとか、予定を遂行することができた……というお話でございました。