父が60歳を前にしたころ
頸椎ヘルニアの手術をした
手足がしびれ、運転中、アクセル・ブレーキを踏む感覚がなくった時
父は手術をする決心をした
手術前
叔父がお見舞いに来た時の言葉
「50・60・70歳の坂を上るのは大変なんだ」
お隣の奥様が亡くなられた
69歳だった
余命、1年の宣告を受け
2年半頑張られた
薬の影響なのか、脳転移のせいなのか
一時言動がおかしい時期があった
この2か月、話し声が聞こえなかったが
2週間前、車で病院に行くときはまだ、立って歩いていた
顔色が土色だったので、もう厳しのかな
自力でトイレに行かれなくなり
本人の希望で、病院に入院し、わずか4日後だった
生前、私は何度も奥様から
「家族葬にするから、何もしないでくれ」と言われていたので
ご近所さんと、お線香だけあげさせてもらい、お別れをした
建売分譲で同じ時期に入居したので
16年のお付き合いだった
息子が小2のときから、私は働き始めた
旦那の病気を理解してくれ
息子を何かと気にかけてくれた
鍵を開けて家に入ろうとする息子に
よく、おやつを渡してくれた
病気になられてから、たくさんのお見舞いの品
果物などは、いつも玄関の取っ手にぶら下げられてあった
わざわざ、お礼に行くのは返って負担だと思い
顔を合わせた時、お礼を言った
親戚を亡くしたときより、喪失感が強い
かなり落ち込んでしまったワタシ
でも、自分で自分の準備というか、始末をつけて逝く
これはいいな
と思う
暗くてゴメンネ
頸椎ヘルニアの手術をした
手足がしびれ、運転中、アクセル・ブレーキを踏む感覚がなくった時
父は手術をする決心をした
手術前
叔父がお見舞いに来た時の言葉
「50・60・70歳の坂を上るのは大変なんだ」
お隣の奥様が亡くなられた
69歳だった
余命、1年の宣告を受け
2年半頑張られた
薬の影響なのか、脳転移のせいなのか
一時言動がおかしい時期があった
この2か月、話し声が聞こえなかったが
2週間前、車で病院に行くときはまだ、立って歩いていた
顔色が土色だったので、もう厳しのかな
自力でトイレに行かれなくなり
本人の希望で、病院に入院し、わずか4日後だった
生前、私は何度も奥様から
「家族葬にするから、何もしないでくれ」と言われていたので
ご近所さんと、お線香だけあげさせてもらい、お別れをした
建売分譲で同じ時期に入居したので
16年のお付き合いだった
息子が小2のときから、私は働き始めた
旦那の病気を理解してくれ
息子を何かと気にかけてくれた
鍵を開けて家に入ろうとする息子に
よく、おやつを渡してくれた
病気になられてから、たくさんのお見舞いの品
果物などは、いつも玄関の取っ手にぶら下げられてあった
わざわざ、お礼に行くのは返って負担だと思い
顔を合わせた時、お礼を言った
親戚を亡くしたときより、喪失感が強い
かなり落ち込んでしまったワタシ
でも、自分で自分の準備というか、始末をつけて逝く
これはいいな
と思う
暗くてゴメンネ
佐賀に住んでた頃はご近所付き合いが当たり前でした。
今は福岡の街中のマンションで挨拶はするけど誰も知りません。
気楽と言えば気楽ですが。
私も自分が居なくなった後の事はキチンとしておきたいと思います。
父と母を見送って痛切に思いました。
子供達の負担にはなりたくないです。
理解してくれる大切な方がいなくなったら悲しくて落込みますよね。
元気を出して下さい(=^x^=)
悲しいね。
気にかけてくれた近所のおばさんが亡くなって 多感なボクはどうしているのだろう?
悲しんでいるはず。
大丈夫かな。
親しい方の死…寂しくなりますよね
元気、出して下さい
無理はしないでください
少しでも早く気持ちが落ちつかれるよう祈ってます
飲食ができなくなって、2か月、普通は入院して点滴で延命をするのでしょうが、奥様はそれも拒み、トイレの世話が必要になっての入院でした
介護で旦那様は胃潰瘍になられたようです
ご自分の葬儀の形を自分で決めた奥様は、抗がん剤も使用していなかってせいか、とても若々しくお綺麗でしたよ
私も、ああいう風に受け入れることができたらと思います
息子は、見えないものが、見えているらしいので、案外、死に対しての考えが、普通の人と違うのかもしれません。
ご主人とお話をしている間、あらぬ方向をじっと見てましたが、何を見ているのか聞きませんでした。
ぎりぎりまで、家で介護されていたので、胃潰瘍になって、今度はご主人が寝込んでしまいました
この家には、奥様がかわいがっていたパグがいます
15歳で、目の耳も聞こえていません
犬の気配もなくなり、お母さんの不在を悲しんでると思うと、切なくなります
ご家族も犬の様子がおかしくなったと聞きました
病気になられたと聞いたとき、犬の方が先であってほしいと思いました
我が家も母が亡くなったとき、ご近所さま方が悲しんでくれました。
人はいつかこの世から去る日がやってくる。
最近それが不安でたまりません。
「50・60・70歳の坂を上るのは大変なんだ」という叔父様の言葉がよくわかります。
お隣のご主人は寂しいことでしょう。
ひとりで食べる食事は美味しくないですね。
えっ、若いのにと思いました。
あいさつする程度の親しさでしたけど、
それでも、ショックでしたよ。
テニスをされてるほど元気だったのに、
肺がんから脳に転移した、あるいは逆だったかもしれませんが、あっと言う間でした。
マリオ君というワンコがいたのですが、
ある夕方、お勝手口で、その子をいつまでも抱いていた、奥さん・・・
後から思えば、お別れを言っていたのかもしれません。
それを思い出すたびに、涙が出てきます。そのワンコも後を追うように、虹の橋を渡ってしまいました。
旦那さんは、立ち直られて元気に過ごされてます。
時間がすべてを解決するわけではありませんが、元気になられるといいですね。
ワタシ、先日、乳がんと子宮がんの検査しました
まだ結果がでていないので、50歳の坂を無事のぼれるのか心配です
お隣には、独身の息子さんがいるので(40代)
男所帯になりましたが、息子さんがいるので、まだ大丈夫な気がします
心配なのは15歳のパグ犬です
お母さんっ子でした
目と耳は不自由ですが、太っているわんこです
小さいころ、よく息子と遊んでくれたわんこです
まさかお母さんが先になるとは思いませんでした
今週末、お散歩にいくところが見られたらいいなぁ
と、思っています
ご主人は退職後、昼からお酒を飲んでいましたが、
この2年は飲んでいませんでした
奥様が不在になって、また深酒をするのではないかと心配になります
でも、ぎりぎりまで、在宅で介護されて、立派でした
マリオ君はお母さんに会えたんですね