私は東京生まれ、東京育ちですが
東京の端っこで育ちました
農村地帯です
家から見える景色は、畑と点在する農家の家だけでした
実家はそのころ、農業をしていました
どこの家にも犬猫がいました
犬は番犬、猫はネズミ除け
愛玩動物というより、家畜に近い存在でした
犬も猫も残飯を食べていました
予防注射は 狂犬病くらいでした
そのころ 犬猫の寿命は4年くらいでした
犬はフェラリア
猫は何かの感染症で死にました
たまに、10歳を超える 犬猫がいると
たちまち噂になり、おじぃさんおばあさんが、真面目に「あやかりたい」と見に行きました
(昭和ですなぁ)
小学校低学年頃まで、父は犬猫の死体を 私と弟に見せないように気を使っていました
高学年になると、あえて見るよう強制されました
撫でてあげなさい・お線香をあげなさい・土をかけなさい
とても怖かったのを覚えています
弱った猫は、行方をくらます子と家にいる子がいました
行方をくらます猫はたいがい土手で見つかりました
高学年から中学生くらいにかけて、麻疹のように、学校でオカルトブームがあり
そのころから、私は「死」に対して漠然としていながらも、強い恐怖を感じました
その感じは成人する頃まで続きました
家の、犬猫たちが弱っていく様子を見て
不思議で不思議でしかたなく
「どうして怖くないんだろう」と考え込むことがありました
怖くて怖くて仕方ない事象を
こんなに小さい子が「やすやすと越えていく」ことに違和感がありました
私の中で人と動物は同じようなものだと、幼いころからの生活で染み着いてしまったからでしょう
何かの本で
「動物には死の概念がない。人間だけが持っているもので、それが人間の特殊性だ」
ということが書いてあり、
「だから、あの子たちはやすやすと越えられるんだ」と納得した記憶があります
7月16日 11時ころ うららんの瞳孔が開き、口が開き、白い舌が出ました
まだ呼吸はあり、私は職場に電話をしました
現場責任者さんは、犬を飼っていて、猫の状態が悪いと数日前に話してありました
責任者さんは、涙を浮かべ「いつでも休んでいいし、何日休んでもいい 」
と言ってもらっていました
しかし、現場責任者さんは、急病でお休みを取っていました
私が休むと、二人のお嬢さんと、お掃除専門さん の3人です
昨日私が休みを取ったため、責任者さんは、体調が悪いのを我慢して出勤していたこともわかりました
もう、どうにもなりません
電話に出たお嬢さんに「時間通り出勤する」と伝えました
昨日から、短縮授業で、長時間保育が始まってします
そのあと、うららんに声掛けをしました
2度頭を上げ、焦点の定まらない目で私をの方を見ました
「うららん、お願い お母さんが返ってくるまで待ってて」 何度も大きな声で言いました
でもあと、2時間くらいだろうと、経験上わかっていました
息子の方も心配でした
短縮授業でしたが、中学生なのでなかなか帰ってきません
息子宛に手紙をかいていたら、帰ってきました
時間は10分ほどでしたが、これから うららんに起こる変化について話しました
もう昏睡してるからね。痙攣したり、吐いたり、変な声で鳴くかもしれないけど
それは、神経とか脳からくる電気信号で起こることで、苦しんでいるように見えるだけだよ
もう、うららんは何も感じていないからね
怖かったらドアを閉めなさい・勇気があったら看取りなさい
旦那にも電話をしました
旦那は何度か電話を家にかけて、一人で看取る息子と話したようです
仕事が終わり、電話を掛けると
「俺が帰った時はもう・・・」旦那が言いました
家に帰ると、ゲージの前に、旦那お手製の祭壇のようなものがありました
もう、長い事、弱っていく、うららんと距離を置いていた人でしたが、こういうことはきちんとしてくれます
息子に聞きました
う~ん 2時半ころかなぁ
ずっと見てたわけじゃないけど
たまたま行って見てたら、お腹が動かなくなった
聞かないでほしい感が伝わります
うららんは苦しんだ様子はなく、私が家を出るときと同じ体勢でした
おう吐物もなく、きれいでした
でも、もう 開いた目に輝きはなく、閉じることはできませんでした
うららんは 庭に埋めよう ここまでは話し合ってました
このまま埋めるとなると、相当深く掘らなきゃならないし、近所の手前もあるから
日曜まで待って、骨にしてから埋めよう
旦那の意見です
エアコンじゃ無理、冷凍庫にいれないと、どんどん痛むよ
私の意見
旦那と息子で 裏庭を掘りにいきましたが、旦那がすぐ戻ってきました
「裏の奥さんが様子をうかがってた」
でも、息子はまだ掘っています
息子の意思を尊重することにしました
30分かけて、無言で堀づづけた息子は、十分深く掘ってくれました
タオルで巻いて、ひまわりと猫じゃらしを添えました
大きいスコップ掘った息子ですが
小さいスコップで少しずつ土をいれてました
うららんが、苦しくないように 気を使って・・・・
その様子の方が、悲しかったです
私が泣くと、懸命にこらえる男子2名が壊れてしまいそうで、泣くことはできませんでした
私は、慣れているんだから 自分に言い聞かせました
だから、ここに、今の思いを書いています
これまでの、犬や猫たちに感じたように
うららんは「やすやすと越えた」のかどうか、今の私にはわかりません
うららんにも、別れの悲しみがあったように思えてならないのです
この1週間
私はできる限りのことをしたと思います
うららんは13歳 虚弱な子にしては 大往生です
でも、最後の一番辛い時間
14歳の息子を一人にしてしまったことがとても辛く、かわいそうでしかたがないです
その時の息子の気持ちを思うと、やはり涙がでます
この、しんどい ブログにお付き合いくださり
暖かい言葉をかけてくださり、本当にありがとうございました
私は大丈夫です