Tsuki軍団の野望

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立山防空壕

2007-04-16 10:55:29 | 廃墟
 今日,御紹介するのは長崎県防空本部(立山防空壕)でござる。太平洋戦争中,県の防空対策の中心的役割をするところで,空襲警報が出されると,県知事などが集まり,警備や救援等の応急対応の指揮や連絡などを行ったところでござる。

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 入り口は整理され,公園のようになっているでござる。向かって右側が要人が控えた防空壕で,中はE字型をしているでござる。三カ所の出入り口があり,真ん中と左の出入り口が現在使うことができるでござる。
 真ん中から入ってすぐ右が参謀室,その隣が参謀長室(警察部長室),その左が長官室(県知事室)でござる。真ん中の通路から向かって左が通信室,その左が伝令室になっているでござる。
 それから一番左の入り口から入る防空壕は,I字型をしていて,手前から材料室,技師控室,警電交換台,防空監視隊の部屋?になっているでござる。E字型の防空壕と,I字型の防空壕は連絡通路でつながっているでござるが,現在は通ることができないでござる。

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 E字型防空壕の内部は,この狭い通路でつながっているでござる。

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 通信室でござる。仕切りの跡のようなものは,机があったところでござろうか。

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 各部屋は通路だけでなく,部屋自体がつながっているでござる。

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 ここはI字型の防空壕。部屋の仕切りでござろうか,机が置いてあったところでござろうか仕切りの跡がみえるでござる。

 原爆投下時には,ここから被害状況等を国の防空総本部長官等に送ったそうでござる。それから市外各地に救援救護の手配を指令し,県外にも応援を求めたそうでござる。
 原爆投下直後は,被害は軽微と捉えたそうでござるが,被害を連絡することができる警察署と言うもの自体が被害が少ない箇所ということで,大きな被害を受けた警察署は機能していなかったのでござった。

 詳しい写真は,ホームページで紹介するでござる。
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