循環型社会って何!

国の廃棄物政策やごみ処理新技術の危うさを考えるブログ-津川敬

ドイツにおけるガス化溶融炉事故の概要

2007年10月12日 | ガス化溶融炉
◆最初のガス漏れ事故
 この分野では〝先進国〟のドイツでここ数年、ガス化溶融炉がつぎつぎと重大事故を起こし、行政側もその情報を的確に掴んでいる。なぜそれができるのか、ということについてはあとで触れる。
 まず一九九八年八月一二日、ドイツ南部のフュルト(バイエルン州)という小都市で試運転中のごみ処理施設がガス洩れ事故を起こした。
 その施設は世界的な巨大複合企業・シーメンス社が開発した「熱分解型ガス化高温溶融炉」というもので、同年二月、廃棄物処理会社に正式引渡しが行なわれる手筈になっていたが、九七年四月に施設が完成して以来、大小さまざまなトラブルが後を絶たなかった。いわば引渡し不能になっていたものだ。
ちなみにドイツでは自治体が清掃事業を直営するのでなく、多くの場合、民間会社が建設運転を行い、自治体側はそのサービスの対価を払うというシステムになっている。運転を含む一連の許可を出すのは郡政府である。そのガス洩れ事故だが、現地の有力紙「南ドイツ新聞」は翌八月一三日付けで次のように伝えている。
「事故の発生場所は熱分解ドラムの継目周辺と考えられ、有毒ガスはまずプラント内に充満、ついで外部に流れた。施設の近くにある幼稚園に向かう教員はスモッグの海に幼稚園が沈んでいるように見えたという。事故はその朝八時一七分ごろ起きた。黄色のガスを吸引した職員二人と隣接するメルセデス社の従業員六人が病院へ運ばれ、五九人が被害を受けたことが報告されている。被害は呼吸困難、目の炎症など。八時四二分、消防署への連絡が入り、八二人以上の消防隊員が出動した。周辺三キロ以内については外出禁止、戸や窓を閉めて屋内にとどまるよう緊急指示が行なわれた。政府は施設の稼働中止を決め、バイエルン州環境庁、州検察官もこの事故に対し調査を開始した。午前九時半、ガスの噴出は止まった」。

 結局、シーメンス社はこの分野から撤収し、あとに残ったのは厳しいペナルテイだった。そして二〇〇〇年、今度はさらに大きな事故が別の都市で起きた。
 
◆画期的な技術・サーモセレクト
 ドイツのカールスルーエ郡カールスルーエ市はライン河畔にあり、碁盤の目に似た街並みで有名なマンハイム市の南に位置している。その都市でサーモセレクトというガス化溶融炉が予想外に深刻な事故を起こした。この事件は二つの点で重要な意味を持っている。
 ひとつはまったく同じ機能を備えたプラント(実機)が千葉市の川崎製鉄敷地内ほか全国六ヶ所で動いており、連日のように見学者が押し寄せていることである。
 むろんこれらの人々は〝海の向こうの〟重大事故についてはまったく知らない。
 第二点はこれらと対照的なドイツの事情である。すなわち郡政府という公的な機関によって事故情報がいち早く公開され、それを受け止める市民の側が技術検証を含む自由な意見交換を行なうという仕組みになっていることである。
 もともと技術とは権力維持と利潤追求にとって不可欠な要(かなめ)であり、そこには「リスクと危険な誤用」が含まれる。当然のことながら技術を握っている側(行政権力や企業)がそれらマイナス情報を進んで開示する筈はない。その不合理を是正するため、ドイツでは連邦制を選択する以前の百二十年も前からTÜV(テュフ・技術評価委員会)という権威ある第三者機関が機能している。その評価には行政も企業も市民も従わざるを得ない。その重みは「いずれの勢力からも独立し、最善の知識と良心を持った人材を集める」という伝統からきているようだ。
 いわゆるベンチャー企業であるサーモセレクト社は一九九二年一〇月、イタリア・フォンドトチェで一〇〇トン/日の実証プラントを稼働させ、一・ニメガワットのガスエンジンテストを含む七五〇〇時間の実証試験を完了した。その時はTÜVから高い評価を得た、とサーモセレクト側ではいっている。九六年にはドイツ連邦とカールスルーエ郡政府の作業部会が「サーモセレクト方式をドイツに導入する案件を支援」することを公式発表した。
 九九年三月、カールスルーエ市で二四〇トン/日×三基の実用プラントが試運転に入っている。建設費は二億五〇〇〇万マルク(日本円で約一二〇億円)だった。
 サーモセレクトの技術とは以下のようなものである。
①. 受け入れごみはプッシャー(押し込み機)で圧縮され、水分が抜かれる
②. 乾燥されたごみの固まりは、次の工程で純酸素を吹き込まれ、二〇〇〇度の高温で溶融される
③. 熱分解ガスは縦型の高温反応炉内を上昇し、クラッキング(ガスの改質)され、
④. 次の急速冷却塔に入って一二〇〇度から七〇度まで一気に冷却される
⑤. 回収されたガスは脱硫、除湿されて工業用ガスに精製される。  つまり他のガスが熱分解で発生したガスを使って残渣を溶融するのに対し、サーモセレクトは純酸素で溶融、ガスは精製して工業用に使用するという点が特徴である。排ガスは三〇〇度という温度域を一気に飛び越えて七〇度に急冷されるため、ダイオキシンの再合成はないとメーカー側はいう。しかもここでは飛灰が出ないため、バグフィルターも煙突も必要ないという、理論的にはかなりユニークなプラントである。しかしそのユニークさが仇となった。

◆生ガスの逃げ場がない
 最初のトラブルは試運転直後、熱交換器などで発生した。ついで最大の事故が九九年一二月、二〇〇〇度という超高温を出す溶融炉部分で起きた。炉壁の耐火レンガが広い面積にわたって崩落したのである。この部分は一万六〇〇〇時間保つように設計されていたのだが、六〇〇〇時間もたたぬうち、この事故に見舞われたのである。カールスルーエ市広報などによると、鋼鉄で覆われた反応炉の底にもひび割れが起きてそれを交換している。
 事故は別の個所にも起きた。スクラバーを洗浄した後の水を処理する沈澱槽が壊れて再利用水の循環が止まってしまったのだ。クローズドシステムが売り物だから水の循環が止まれば炉の運転も止まる。しかし問題は炉の中で生成途中のガスが滞留してしまうことである。有害重金属やばいじんなどが大量に含まれている生ガスだが、全体が密閉構造のため、その逃げ場がない。ではどうするか。
 実はそのような事態に備えて、ある仕掛けが用意されていた。地上からは見えないが、建屋のてっぺんに高さ数メートルほどの円筒がはめ込まれている。放散塔という緊急避難装置である。炉の内部には窒素が吹き込まれ、残留ガスをバイパスに送りこんだ上、放散塔の下へ導き入れるのである。そこには安全トーチというバーナー設備があり、生ガスを燃やして放散させる仕組みになっている。ただしそこには有害物質除去装置はついていない。重金属類や煤塵はそのまま大気中に揮散してしまうのである。
 前出の技術検査協会(TÜV)は、すでにカールスルーエプラントの建設途中で放散塔の構造に疑問を持ち、建物の脇に高さ五〇メートルの〝本物の煙突〟をつけることを示唆し、サーモセレクト側は多額の費用をかけて追加工事を行なった。ただし日本のプラントにその煙突はない。カールスルーエと同様の事態が起きても重金属類は放散塔からそのまま揮散してしまう、ということである。
 だがカールスルーエプラントの重金属類はその後も自主規制値を超えたまま排出をつづけた。二〇〇〇年三月、許可官庁であるカールスルーエ郡政府は正式な商用運転を認める条件として、①燃焼室の使用時間を著しく下げるか、②適切な時間内で有害物質除去の新しいコンセプトを提出するか、の二点をサーモセレクト側に要求し、同社はそれに応えて「バーナー燃焼に伴う有害ガスや重金属類を清浄にして放散する設計変更を短期間内に実現する」ことを約束した。その年の八月末から運転をやめ、プラント改修に入ったのである。その費用に約一四億円をかけてサーモセレクト側が改修工事を終わったのは二〇〇〇年一一月はじめのことであった。TÜVもその内容を一応了承して、ようやく正式稼働に至った。

◆ルールが違いすぎる
 ここでひとつのキーワードがある。それは「国で決めた基準値ではなく、メーカー自身が出した自主規制値が守られなかった」という事実である。自主規制値とは何か。すなわち自主規制値とは一九九二年に施行されたEUの環境マネジメント・監査スキーム(通称・EMAS)の重要な柱となっている項目であり、日米で取得ブームとなっているISO1400との理念の違いを示すキーワードである。
 ヨーロッパ、とりわけドイツでは国の環境基準値を「単なる平均値・目安」とみており、各企業はその十分の一以下の厳しい自主規制値を自ら課すことで他社との際立った特色を出そうとしている。つまり「国の法規制値をクリアしている」だけでは企業間競争に生き残れないということなのだ。そしていったん公表した自主規制値を緩めたり破ったりすることは許されない。それをやったらルール違反として企業イメージの低下を招くからである。サーモセレクト側が排出した重金属類はたしかに国の規準値以下だった。しかし自ら提出した自主規制値をはるかに超えていたのである。
 
◆望まれる第三者機関
 もうひとつ指摘すべきは、前にも触れたTÜV(技術検査協会)の存在である。TÜVはドイツ連邦共和国における独自の試験・検査・品質保証の専門機関の総称であり、いわば民間の単なる第三者検査機関に過ぎない。だが、ドイツ連邦政府、州以下の公共団体は自分で検査を行なう代わりに多くの関係業務をTÜVの専門家の手に委ねている。その理由はTÜV創設以来一貫して変わらぬ理念にある。
「技術は多くの顔をもっている。技術は権力と企業にとっての要であり得るし、リスクと危険な誤用を常に孕んでいる」というのが理念の根底にある。そこにあるのは「情報を独占する側とまったく持っていない側の間に生ずる社会的不公正を如何に是正するか」というバランス感覚なのである。
 つまりTÜVは行政や企業の紐つきではなく、すぐれた技術的識見を持った専門家の独立集団である。TÜVの出した判断については行政も企業も市民もこれを尊重するルールになっていて、ネガティブ情報を含むすべての情報は行政機関を通じて公開される仕組みだが、とき折り行政側が出し渋りすることもあるようだ。そこで市民側が行政側を追及して公開をさせ、それを分析した上、インターネット等に乗せる。こうして情報が国内はおろか世界中に流れることになる。この稿もその情報がもとになっている。

2002年3月
「ダイオキシン通信」所収



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