Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

農業政策の行方⑤

2009-09-09 12:22:45 | 農村環境
 非正規雇用が批判されて正規雇用へという政権の交代とともに流れが起きるのだろう。しかしである、ここまで触れてきたように農家がサラリーマンへと変化を遂げるに際して、その理由には正規雇用という確約された働き口が農業から足を遠ざけたという事実がある。わたしは既に若くはない。今からでも農業で食い扶持が保てるのなら、あえて農業に踏み込んで行っても良いと思っている。しかし、その踏ん切りがつけられるような選択までは至っていない。定年退職後の余生という言い方は悪いかもしれないが、多くの零細農家は少なからず退職後の働き口として農業に踏み込んでいく。しかし、今後もそうした流れが続くというものではない。もはや退職前に農業をやろうとしっかりその技を教授しようという農家の子どもたちは少ない。とりあえずやってみればできるだろうという程度に始める人もいるだろう。生家でも父がいまだに現役で農業を担い、畑にも多様な野菜を育てている。しかし、米はともかくとして野菜に至ってはほとんど兄は手を出していない。現在では退職したからといってすぐに家に入り自家の農業をやろうという人も少ない。ようは親が継続してきたものを受け入れる間もなく、親が他界してしまうということも珍しいことではない。これはまだ農業をやってみようという場合であって、そもそもその気のない子どもたちも多い。

 定年まで確実に働けるか定かではないわが社において、いかに農業を継続するために自分が今後を生きるか、と考えたとき、そこそこ体が言うことをきくうちに足を踏み入れるという環境があれば、いくらでもそうした決断ができるのに、今の農業にはそうした環境はない。ましてや大規模化されるなか、ますますかけだしの高年齢の農業参入者には関われない背景が作られようとしている。大規模化が現実的ではない地域にあって、どう農業を継続させていくかという視点に立てば、むしろ非正規の農業者が関われる仕事があって、その上で農業も専念できる環境があれば、まだ多くの農家の子どもたちが農業を継いでくれるのではないかとわたしは思う。そしてもはやその最期の段階にきていると思う。

 信濃毎日新聞9/9論壇において学習院大学の岩田規久男教授が民主党の戸別補償制度について、「日本の農業の持続性と自給率を引き上げるためにもっと必要なことは、小規模経営を可能にすることではなく、経営規模を拡大して生産性を引き上げることである」と小規模農家を含めて農業の継続を可能としようとする政策を批判している。農業工場とか企業化とかそして個人であっても大規模化とか、そうした農業に転換すればよいというコメントはこの項を始めたきっかけになったブログの筆者にしても、こうした学識者にしても持っている。かつてあれほど大規模化に向けて施策を打ち出したのに政府の思惑通り実現できなかったことを、いまだに口にする人は多い。もちろん企業参入という面は近年の視点ではあるが、いずれにしても日本の国土のすべてでそういう視点で農業政策を打ち出すのは不可能というより、不採算地域は明らかに見捨てることになる。ここに前回までにも触れたように、何を守るかという基本的なものが関わってくる。岩田氏の持続性と自給率という視点の結論には、自給率の低い農産物の背景改善には必要だろうが、それがすべてではないことは明らかである。いかに零細農家を減らさずに、持続して自らの食料を生産させてくれるかということも必要だと思う。それは強いては農業空間の総体的維持にもつながるわけである。最後にもう一度シュミレーションしてみよう。西天竜幹線水路にかかわる維持費を例えば企業が担って農業を引き継いだとしよう。その莫大な費用を削るためにまず施設は手放すことになるだろう。するとこの地域の景色は一変する。水稲は生産できないから陸稲、あるいは水をあまり必要としない作物に転換せざるを得なくなる。それが経営的に可能なのかどうなのか解らないが、すべての土地を有効利用することは不可能なことになる。無関係な生活者にとってみれば、水の潤いはなくなり、いっぽう降雨時の水の行き場はなくなる。もちろんそれを自治体が整備していくという方法が取られるのだろうが、農家が維持する用水路の視点と生活者が見る排水路の視点は異なる。ますます悪者となる広大な空間が管理しなくてはならない施設は、その維持の責任の所在が問われることになる。いかに零細農家が空間を維持するために小さな力を発揮していたかがよく解るはずである。

 終わり。

農業政策の行方①
農業政策の行方②
農業政策の行方③
農業政策の行方④
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