Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

金曜日の車内

2009-01-30 12:15:46 | つぶやき
 朝いつも乗る電車は3両編成である。ふだんは2両編成のものが多いが、通勤通学時間帯の電車には3両編成のものが多い。もちろん乗客もそれなりに多いわけであるが、昨年毎日乗車していた先頭車両はとくに混雑する。今年度に入ってその混雑を回避するように、同じ車両の同じあたりのポジションというスタイルを変えて、毎日の乗客の様子で座る位置を決めるようになった。わたしの乗車するころは空いていた車内が、それだけ選択しないと混雑するようになったということも言えるだろう。思い出せば確かにわたしが乗ってもちらほらという乗客数だった先頭車両は、半分以上の席はすでに先客がいる。先客と言ってもツーシーターの片方が埋まっているという状態であるから混雑とまではいかない。

 金曜日の車内がいつもとは違うということは今までにも触れてきた。飲み会があるのか一般客の客層がふだんとは異なる。そこへいくと高校生には曜日は関係ない。そして数は少ないこうした一般客が、車内の雰囲気を大きく変える。

 先日ずいぶん空いている日があった。乗ってきた高校生はあまりに空いていて「今日はどうしたの」と口にする。車内の顔ぶれを拝見すると、実はそれほどいつもと違うというわけではない。前述したようにツーシーターのかたわれが空いているような場所に高校生は座らないから、そうした席がどの程度一般客で埋まっているかが、その後増えていく乗客の雰囲気を変える。友達同士で乗ってきた高校生が、ツーシーターが空いていればそこへすんなりと座る。ところが片割れ状態だと、どんどん立ち客が増えていく。このあたりが高校生に「空いている」印象を与えたのである。この日は、いつもなら乗っている一般客が2、3人いなかった。たったそれだけのことなのだが車内の雰囲気はずいぶんと変わる。たとえばその3人がいることで、立ち客は6人となる。その3人がいないことでいきなり立ち客はいなくなる。高校生の場合は高校のある駅で顔ぶれのリセットがある。それもまた一般客の多い空間との違いを見せる。

 さて、そんな一般客のせいか、今日は先頭車両が空いていた。久しぶりに乗ってみようと思ったが、乗ってみると少し戸惑いがあった。乗り込んだドアがいけなかったかもしれない。後部ドアから乗ったからみなあちらを向いている。注目されていなかったから選択しようとしたからいけない。あちらをむいている人たちの座席を覗き込むように歩を進めているうちに、「これは引き返せなくなる」と思い、足が止まった。「引き返せなくなる」とはどういうことかといえば、例えは会議場に時間ぎりぎり入って、席を探しながら前進していくときの気持ちである。一旦前進しながら空席を探していると、振り返ると多くの顔を真正面で対峙することになる。それに戸惑わない人もいるだろうが、わたしはそういう空気は好きではない。前から入って後ろに探していく場合も同じような雰囲気を味わうが、前進し始めて振り返ることは、前ら入って顔を合わせてから後ろに向かっていくのとは明かに違う。

 ということで、一旦前進しかけた足を止めて、後部の車両まで「これは」と思う席を探していく。やはりというように2両目の乗客は、前からやってきたわたしの顔を一度見る。花道を歩いているわけではないが、それほど混雑していない空間にいるから、ますますこちらも顔をあげた客の様子を確かめる。結局最後部まで、わたしは車掌になったような気分で足を運ぶ。

 金曜日ということで、多い一般客は公務員である。いや常も公務員が多い。そしてとくに金曜日は多くなる。前述したような理由からだろう。そういう空間に身を置いていると、いかに一般会社が公共交通に対して認識が低いかということは歴然としてくる。
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