不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

「田舎暮らし」を描いた人のこと

2009-01-19 12:26:10 | 農村環境
 「田舎者」で田舎をさげすんでみていた方は、「田舎」に住み始めての問題点を日記に記している。「過疎が進んでいる集落ほど「意識」が強く、よそ者を受け入れない。Nでは新しい道を作っているが早くも地元では道ができたって新しい人が入ってこれるわけじゃない。なんたってここはNだからね。よそ者に入り込まれちゃ迷惑さ」という言葉をあげて「これでは過疎がとまらない」と批判する。

 「よそ者が入れて欲しいならここの掟に従って当然。郷に入れば郷に従えだ。
至極当然のように聞こえる地元の意見だが、事情をよく理解していない。外部からの移住を拒んでも成り立つ地域ならともかく、よそ者を受け入れなければ過疎に歯止めが掛からない現状を認識していない。地元の事情で外部からの移住者を募っておいて、都合の良いところだけ地元優先では勝手が良すぎる」と言う。本人はそうした地域に入ることを解ってきたから「田舎暮らし」に溶け込もうとするが、なかなか我を通そうとする「田舎」に納得がいかないというのだ。

 果たしてN地区が総意でよその人たちを受け入れようとしたのか、それとも地区ではなくもっと大きな市の方針だったのかは定かでない。本人も言われているようにどこにでもある「過疎の地域の出来事」となるのだろうが、行政の思惑と地区の思惑が異なるのはよくある話で、さらにはどれほどその思惑をあわせたとしても、異論のある人たちがいるから思うようにはいかないものである。そしてここの問題は「田舎暮らし」に溶け込もうとしたと表現しているが、もともとそこに暮らしている人たちはこの人の言うような「田舎暮らし」をしているわけではない。ごくふつうの暮らしを昔からしてきたのである。よく言われることに「この地区はよそから来ても暮らしやすい」などというものがある。その「暮らしやすい」とは人によって捉え方が異なる。しかしわたしの印象では、昔の習慣を強要せず、現代の個の暮らしができる地域を言うように思う。ようは若者にとって住みやすいという場所にもなるだろうか。果たしてそういう空間が古い集落に出来上がっていくことが最良とは言えないのである。

 数年前盛んに足を運んだ中条村では、若い人たちを迎えるなどという政策をとったところでどうにもならない小さな集落があちこちにあった。この方の言葉を借りれば、村の政策が悪いということになってしまうが、そこに住む人たちは、今をしっかりと生きることが大事だと考えていた。もちろんそのうえで人口減少に歯止めがかかればこしたことはないが、すべての点在した集落が活気を取り戻していくということは不可能なのである。

 「過疎を防止するために外部からの移住者を受け入れようとするならば地元の良いところは積極的に発展させるが、改善すべきところは外部の視点に真摯に対応する謙虚さが求められる」という考えも当然のことで、この方の気持ちも十分に理解できる。ただしそのためにはいかに農山村という地域を理解していくかということにもなるだろう。わたしも同じ農村であるがよそから移り住んでいる。その土地の風習に慣れるのに10年はかかる。そしてその際に子どもがいれば地域と接する機会が多くなるが、子どもがいなければそうしたかかわりもなくなる。移り住んで者が古くからの地域で「地元」として生きていくには次世代でないと無理ではないかともともと考えていた。実際は住んでみれば次世代まで待たなくとも良いという印象であるが、それは地区によって異なるだろう。「田舎暮らし」をどういう描き方をしていたかは知らないが、田舎に限らずどこにでも裏と表の問題があるはずである。農事暦というものがあるが、例えば雪形を見て作業の目安にするというものがある。しかし、そんな風情のある都会人好みのものとは別に、隣の作業みながら自らの暦にするというものがある。簡単にいえば「人が始めたから自分も始める」というものだ。世の中の歩調に合わせていくものであって、マチ場とか現代社会の先にやらなければという風潮からいけばまったく笑いものの行動パターンかもしれない。しかし農業と農村の構造はだからこそバランスを保っていた。福澤昭司氏は「ヤマとサトとマチ」(『日本の民俗2』 2008 吉川弘文館)の中でこのことについてこう述べている。「かつて農作業を始める目安では、鳥が鳴くとか花が咲くなど自然の変化への着目と並んで、隣近所仕事の様子を見て始めるという人々も多かった。自分で考えず周りを見て動こうとする人々の傾向性は、事大主義だとか個人で責任を取れない日本人だとか、これまではマイナスの評価がなされてきた。しかし、ヤマ、サト、マチの関係においては、近隣の人々と同じ時期に同じ仕事をするという選択をしたからこそ、集団としての補完関係が生じたのであるから、あながちマイナスの傾向性だったとはいえない」というものである。そうした小宇宙を作り出していたムラに、合理的だからといってマチ場の意識が取り入れられるのがどこのムラにも適正だとは言えないのである。

 もはやそうした小宇宙を描いているムラは無いかもしれないが、単純に外部の目をあてたとしても、そしてその視点に順応したとしても平和なムラが描けるわけではないのである。
コメント


**************************** お読みいただきありがとうございました。 *****