マックス・ヴェーバーの犯罪―『倫理』論文における資料操作の詐術と「知的誠実性」の崩壊ミネルヴァ書房このアイテムの詳細を見る |
『マックス・ヴェーバーの犯罪』は,いわゆる学術論文の書であり,論証部分が多く正直言ってど素人には少々きつかった。(この本を読むきっかけは,副島隆彦『金儲けの精神をユダヤ思想に学ぶ』に刺激されてです。)
でもまあ,よくもこれだけ粘り強く資料を丹念に分析するものよ,と感心させられた。また,”犯罪”という刺激的な表題とは裏腹に,副題にもあるように,M・ヴェーバーの『倫理論文』における資料操作の誤りを指摘すると宣言し,M・ヴェーバーの提示した理念・理論構成を否定するものではないと断っての分析がまた気持ちよい。
研究の端緒を,これまた,素人の奥さんが開いたというのもおもしろい。この奥方,通説(巨匠:大塚久雄)を批判するかの内容ゆえ,論文発表をドイツ語で海外からともサジェスチョンしたらしい。ええ感覚しておるなあ。
羽入さんの指摘どおり,M・ヴェーバーが,資料操作をここまで意図的に行ったとすれば,これはこれですごいことだなあと思う。ここまでできるんだったら,M・ヴェーバーって,すごいおちゃんじゃん。羽入さんもようがんばりんさったが,おっちゃん,一枚上手じゃのおとも言いたくなる。
でもまあ,資本主義の精神がプロテスタンティズムに素をおくというのがM・ヴェーバーさんの主張のキーコンセプト。羽入さんの分析に軍配をあげ,その一角が実は重要なポイントで,この操作は『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の理論構成を揺るがしかねない大発見とでも言ってあげたい気分だ。何のてらいもない真摯な研究に拍手したい。 山本七平賞 なるものも受賞されているし,これぞ,学究の仕事と讃えて良いのではないか。
ただ,羽入辰郎「マックス・ヴェーバーの犯罪」徹底批判 だとか,「羽入ー折原論争」を読む などを見ると,そうすんなりと,羽入さんの主張が受け入れられるわけではなさそうである。
御用とお急ぎでない方!「はじめに→終章→序文」のライトコース読み,想定所要時間:約1時間でお読みになってはどうだろう。社会学の世界の巨匠:M・ヴェーバーさんに,日本の学者が挑んだこととその内容を1時間で概観できるって結構得なことなのではないだろうか。それぐらいの価値はあるように思う。
なお,北海道大学の橋本先生が,マックス・ヴェーバー 羽入ー折出論争の展開で整理をされているので,『犯罪』を斜め読みされたあと,こちらも参照されると,また,楽しいのではないかと思う。(余計なお世話じゃけど)
<『マックス・ヴェーバーの犯罪』の構成>
序文
第1章 "calling"概念をめぐる資料操作-英訳聖書を見ていたのか
~ 犯行現場としての『倫理』論文ヴェーバーの主張とその分析ほか
第2章 "Beruf"‐概念をめぐる資料操作―ルター聖書の原典ではなかった
~ "Beruf"をめぐるアポリアヴェーバーによるアポリアの回避 ほか
第3章 フランクリンの『自伝』をめぐる資料操作―理念型への固執
~ フランクリンの功利的傾向「神の啓示」の謎 ほか
第4章 「資本主義の精神」をめぐる資料操作―大塚久雄の"誤読"
~ 「資本主義の精神」という魔術「資本主義の精神」の構成 ほか
終章 『倫理』論文からの逃走
小林よりのりの『戦争論』を読み,吉本隆明の『私の戦争論』を読むと,その中間に真実が隠されているような気がしてきます。
ヴェーバーの本質は理解できていないので,bellさん,そのうち,卒論のおすそわけをお願いしますね。
広島市立図書館以外にも,尾道市立大学の図書館にもあるらしいとの情報も頂きました。
いつ手元にくるか分かりませんが,楽しみにしています。
また読んだら,感想を投稿します。