「平和の礎」は、太平洋戦争・沖縄戦終結50周年記念事業の一環として、平成7(1995)年に建設されました。
「平和の礎」と書いて「へいわのいしじ」と読みます。この名前は、建物の基礎の「礎(いしずえ)」を、沖縄の方言で「礎(いしじ)」ということに由来しており、ゆるぎない平和への想いを込めて名付けられました。
1945年4月、50万人を超えるアメリカ兵沖縄に押し寄せ、上陸を開始した。
11万にもおよぶ砲弾が撃ち込まれ、その後も約3か月にわたり、<鉄の爆風>と呼ばれた空襲や軍艦からの砲撃が繰り返る返えれたのだ。
島民たちはガマ(自然壕)に隠れる。
そこえ毒弾が撃ち込まれる。
日本軍、軍属9万4136人
一般市民9万4000人(推計)
米軍1万2520人
新たに判明した181人の名が刻まれ、刻銘者は24万2225人になった。
現在、面積で全国の米軍専用施設の7割が沖縄県に集中する。
沖縄戦の「異例の日」は6月23日。
地上戦から今年は79年。
米軍による事件も絶えない悲惨な沖縄の現実である。
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