なんとかしてきてなんとかなった

つれづれなるままに、つぅつぅれろれろ

れいわになる前に。

2019-04-23 22:39:11 | 日記

2月の上旬に書いたっきりだから、かれこれ3カ月くらいほったらかしてる。

何をしてた?といえば、ほとんど仕事してぼーーっとしての繰り返しで、さして本も読んでないし、映画も見ていない。
あ、いや、アマゾンプライムビデオで「Torick」を全部見たか(笑)
最初のシーズンが2000年だったから、かれこれ20年近く前の仲間由紀恵と阿部寛だったわけで、最後の映画が2014年公開だったっけ?なのだが、14才齢を取ってるはずなのに、両者ともあまりお変わりがない。
阿部寛とは同世代なのだけど、こっちの変わり様と言ったら・・・。

にしても、鬼束ちひろのエンディング曲は神懸かりなくらいだと再認識した。



統一地方選挙も終わって街も静かになった、とはいっても自分のところは自治体の選挙は無くって、前半で知事選挙があっただけ。
県議選挙は無投票で、なんかすかされた気分。
こんなにも投票する気満々なのに(笑)

で、やっぱりというか全国的に今回も低投票率だったらしい。
なんだろう?今もそうだけど「平成最後の○○」って煽りまくってるのに、「平成最後の投票」って全然聞こえなかった。
ま、メディア主導の扇動なんて銭金が絡んでないとサッパリなわけで、投票行動に出ると政治そのものにスポットが当たる不都合な事態になるかもしれないしね。選挙権という参政権を放棄するって「人権いらね、奴隷でもオッケー」って言ってるのと同じなんだけどね。

そもそも、政治っていつからアンタッチャブルなことになっちゃってんだ。
なんかクソも味噌もひっくるめて政治的ってしちゃってるけど、政治って利害の調整であり、すり合わせであり、そのために議論を設けるわけであり、当然立場が異なれば対立自体は自然現象だから、そのための政治なわけで、イデオロギーとか主義主張は異なって当たり前だし、もっと根源的な「こう生きたい」とか「こんな社会で暮らしたい」という主張を持つことさえもなんだか忌避されてるような気がしてならない。

本当に不都合な火の粉が降りかからないかぎり、じわじわ焼かれていくわけで、首まで浸かったぬるま湯が煮立つまで気が付かないのかも。

社会を変えるのは野党共闘がカギだと自分も思ってるが、まるで宿題しなきゃならないけど、テレビ見ながらやろうって目の前の問題から目を背ける気満々な中学生みたいな子供じみた連中に、夜更かしは朝がつらくなるとか、集中してしないと頭に入らないとかを説教するくらい前提条件から困難だと思う。

これはこれでキチンと対策しなければ、いまのライト右翼って感じの風潮に流されるばかりで、比喩じゃなくガチで流されちゃって野党の状態は「馬糞の川流れ」なんだから。
金丸信が安部派のことを揶揄したのが「馬糞の川流れ」安部派って親父のほうだけど。
ちなみに意味は何とかくっ付いて一つだった馬のうんこも川に流されたらバラバラになって消えちゃうって事らしい。



ともかくも優しい世界に変えなきゃ、生きづらい世の中じゃ子子孫孫に申し訳がない。
多くの日本人はそれを願ってる筈だと信じたい。

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