なんとかしてきてなんとかなった

つれづれなるままに、つぅつぅれろれろ

うぉ、寝なきゃ

2022-09-27 23:25:57 | 日記
面白くもなんもない一日。まぁ、面白い日々なんて今まで生きてきて数えるほどしかなかったけどさ。
もはや毎日日が暮れてからの帰宅となってて、こんな調子がまだ半月ほど続きそうなのだが明日一日行けば、明後日は娘を送りに鹿児島まで車の運転だ。
そろそろ将来の事を考えなきゃならない訳だけど、実家は田舎で仕事なんかあまりないし、かといって新卒のペーペーが都会で一人暮らしハードワークで時間とお金を削られるってのもアホクサイ。普通に8時間働けば普通に生活ができればいい。実家にいれば食い扶持くらいはナントカなるから世知辛く長時間働かなくてもいいから、自分の時間で生きるスキルをあげてほしいと思う。
傍から見たら下らない事に見える事でも、生きるためには必要ってのは長い目で見ればとんでもない財産になると思う。
今の仕事が忙しくなったのはおよそ15年くらい前、実にハッキリとしてる。現場を知らない管理職に遠隔操作で無駄とされ、責任を過度に現場に押し付けてくるようになった小泉改革あたりの弊害が目立ちだした頃だ。人員はカットされ机上論ばかりが横行して、成功は上司のもの失敗は部下の責任、てな「経営者目線」などというイミフなことを平気で言いだした頃だ。
それから残業が常態化していくわけで、労務管理がメタメタだから、人員と作業のマネージメントなど頭の片隅にもない連中ばかりが上司になってきた。そもそも総務出身の畑違いってのも多かった。
ともかく、あれからこっち自分は何してきたんだろう?って思いが漫然とある。
目も悪くなり、体力も低下するばかりでゴール目前まで来てるのだけど、この15年を本を読んだりギターを弾いたり波乗りしたりバイク乗ったり放浪したりしてたら、出来てたらって思わなくもない。ま、子供もいたからそれほど派手な事は出来なかっただろうけど、仕事が終わってゆっくり本を読んだり映画を見たりできたらよかったのになぁって思う。そんな時間はやはり必要だと思う。
若い頃はそれほどは思わなかったけど、というかほとんどの若い人は思わないだろうけど、人生は短い、その三分の一くらいは生活のためにお金を稼ぐために浪費しなきゃならない。あくまでも生活のためであって、人生のためじゃないし生きるためでも大切な人のためでもない。仕事に人生をささげるなんてあほうの戯言で、仕事は自分のことなどお構いなしなんだって。刀鍛冶に一生を捧げるって言えば聞こえがいいけど、あの人たちは好きな事を突き詰める事が好きな人生謳歌組なんだから、同列にしちゃダメだよ会社勤めと。会社の人はなんか同列っぽくプロてな事を言うけどさ。若い頃不思議だった、なんでプロになりたがるんだろ?自分の時間を切り売りしてるだけなのにさ、まぁ、仕事は普通にできてたし、これ以上何が必要なの?って周りの昭和オヤジが無駄な高説を垂れ流してるのを横で聞きながら思ったものだ。
あと2年半で学校も終わり。
自分の時代は国公立大学の年間授業料は20万円に届かなかったと記憶してる。いまや53万円。ちょっとした私立高校並み。私立高校にも金銭的に行けなかった人もごまんといるわけで、これじゃ優秀な貧乏人はなかなか学究の徒にはなれないだろう。文化や教育のすそ野が狭められると次は格差の固定化と頑張ってもどうにもならない徒労感からく
。まぁ、面白い日々なんて今まで生きてきて数えるほどしかなかったけどさ。
もはや毎日日が暮れてからの帰宅となってて、こんな調子がまだ半月ほど続きそうなのだが明日一日行けば、明後日は娘を送りに鹿児島まで車の運転だ。
そろそろ将来の事を考えなきゃならない訳だけど、実家は田舎で仕事なんかあまりないし、かといって新卒のペーペーが都会で一人暮らしハードワークで時間とお金を削られるってのもアホクサイ。普通に8時間働けば普通に生活ができればいい。実家にいれば食い扶持くらいはナントカなるから世知辛く長時間働かなくてもいいから、自分の時間で生きるスキルをあげてほしいと思う。
傍から見たら下らない事に見える事でも、生きるためには必要ってのは長い目で見ればとんでもない財産になると思う。
今の仕事が忙しくなったのはおよそ15年くらい前、実にハッキリとしてる。現場を知らない管理職に遠隔操作で無駄とされ、責任を過度に現場に押し付けてくるようになった小泉改革あたりの弊害が目立ちだした頃だ。人員はカットされ机上論ばかりが横行して、成功は上司のもの失敗は部下の責任、てな「経営者目線」などというイミフなことを平気で言いだした頃だ。
それから残業が常態化していくわけで、労務管理がメタメタだから、人員と作業のマネージメントなど頭の片隅にもない連中ばかりが上司になってきた。そもそも総務出身の畑違いってのも多かった。
ともかく、あれからこっち自分は何してきたんだろう?って思いが漫然とある。
目も悪くなり、体力も低下するばかりでゴール目前まで来てるのだけど、この15年を本を読んだりギターを弾いたり波乗りしたりバイク乗ったり放浪したりしてたら、出来てたらって思わなくもない。ま、子供もいたからそれほど派手な事は出来なかっただろうけど、仕事が終わってゆっくり本を読んだり映画を見たりできたらよかったのになぁって思う。そんな時間はやはり必要だと思う。
若い頃はそれほどは思わなかったけど、というかほとんどの若い人は思わないだろうけど、人生は短い、その三分の一くらいは生活のためにお金を稼ぐために浪費しなきゃならない。あくまでも生活のためであって、人生のためじゃないし生きるためでも大切な人のためでもない。仕事に人生をささげるなんてあほうの戯言で、仕事は自分のことなどお構いなしなんだって。刀鍛冶に一生を捧げるって言えば聞こえがいいけど、あの人たちは好きな事を突き詰める事が好きな人生謳歌組なんだから、同列にしちゃダメだよ会社勤めと。会社の人はなんか同列っぽくプロてな事を言うけどさ。若い頃不思議だった、なんでプロになりたがるんだろ?自分の時間を切り売りしてるだけなのにさ、まぁ、仕事は普通にできてたし、これ以上何が必要なの?って周りの昭和オヤジが無駄な高説を垂れ流してるのを横で聞きながら思ったものだ。
あと2年半で学校も終わり。
自分の時代は国公立大学の年間授業料は20万円に届かなかったと記憶してる。いまや53万円。ちょっとした私立高校並み。私立高校にも金銭的に行けなかった人もごまんといるわけで、これじゃ優秀な貧乏人はなかなか学究の徒にはなれないだろう。文化や教育のすそ野が狭められると次は格差の固定化と頑張ってもどうにもならない徒労感から社会の衰退だ。
自己責任なんて言い出すクソ政治家が出はじめたのも15年くらい前だったなぁって思いだす。
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