今日はムーチーの日
旧暦12月8日はムーチー(鬼餅)の日です。
沖縄県内では、練った餅粉をサンニン(月桃)やクバの葉などに包んで蒸したムーチーを仏壇や神棚などに供え、厄払いと健康を祈願する習わしがあります。
ムーチー(餅、鬼餅)とは、
「ムーチーと鬼」(ムーチーとは旧暦12月8日子どもたちにもちを作って与える行事のときの餅をいう)。
沖縄県で食される菓子の一種。「餅」の沖縄方言であり、月桃の葉で巻くことから「カーサ(葉)ムーチー」と呼ばれることもある。
餅粉をこね、白糖や黒糖で味付けを行い、月桃の葉で巻き、蒸して作る。
旧暦の12月8日(グレゴリオ暦では概ね1月)に、健康・長寿の祈願のため縁起物として食される。
ムーチーを食べる旧暦の12月8日(新暦の1月下旬から2月上旬)は沖縄では最も寒い時期であり、
この時期を沖縄方言でムーチービーサー(鬼餅寒)と呼んでいます。
由来にはいくつかの説がありますが、中身は大体似たお話です。
★☆★☆ 「鬼餅」の由来、沖縄本島、大里村の民話による。
昔、首里から大里に移り住んだ男が夜な夜な鬼になって人畜を襲うことから、その男の妹が憂いて、鉄釘入りの
ムーチー(鉄の塊とする場合もある)を兄に食べさせ、弱ったところを海に蹴り落として殺したというものである。
このように、鬼退治にムーチーが使われたことから「鬼餅」と呼ばれることとなったようです。
昔、首里金城に妹と兄がいました。
兄はひょんなことから大里村に移り住みました。
その兄が、夜な夜な村を襲いにわとりや山羊、牛を盗み、時には人間までも食べる「大里鬼」になって、洞窟に住みついているという噂が広まり首里金城に住む妹のもとにも聞こえてきました。
妹は噂の実否を確かめようと思い、兄の住む大里の洞窟に行きました。
「兄さん、妹です」と、妹は洞窟の前で大きな声で叫びました。
どうやら、兄である鬼は外に出ていて留守のようです。
そこで、妹は洞窟の中に入っていきました。
すると、思わず鼻をつく悪臭がプンプンしました。
洞窟の中には、牛や山羊の骨が散乱しており、噂通り兄が鬼となって村の牛や山羊を襲い、食べていると悟り、怖くなって帰ろうと外へ出た所に鬼となった兄が帰ってきました。
見ると、兄は筋肉隆々で、口は裂け牙がむき出し目は爛々と輝き、赤黒い毛に覆われた鬼の姿になっていました。
妹は反射的に逃げようとしましたが、「妹か、何故逃げるのだ、一緒に肉でも食べよう」と鬼となった兄に襟元を捕まえられ、洞窟の中のほうへ引っ張られました。
妹はとっさに、「兄さん、ちょっと待って下さい、外で用をたしてきますから」と言いましたが、鬼は逃げられるのを警戒して 「ここでやれ」と言いました。
しかし、妹はいくら兄妹でも兄の前ではできないというので納得し、鬼はその代わりに妹の手首に縄紐(なわひも)を結びつけました。
妹はすぐ外に出て、用をたすふりをして縄紐をほどき、その縄紐を木に縛り、一生懸命逃げました。
洞窟の中にいた鬼は、「遅いな、何しているのかなあ」と外にでました。
縄紐を解き、妹が逃げていることがわかると、「おい、こらー、待て!」と叫びながら妹の後を追いかけましたが妹はすでに逃げていませんでした。
数日して鬼は、今日は恨みをはらし食べてやろうと、首里金城の妹の家へやってきました。
一方、妹の方は、鬼を退治しようと考えて、
自分の餅はあたりまえの餅をつくり、鬼の兄に食べさせる餅は、
餅の中に鉄を入れ、どんな鬼でも食べられないように作った鉄餅を準備して待っていました。
「兄さんこの間はすみません。
今日はお詫びにおいしい餅をたくさん召し上がって下さい。
いっしょに外の景色を見ながら食べましょう」と、妹は言葉巧みに誘い出し、崖の近くまでおびき寄せました。
妹は、「さあ、どうぞ召し上がって下さい」と鉄餅を鬼になった兄に差し出しました。
そして、妹はとてもおいしそうに自分の餅を食べてみせました。
ところが、鉄餅を口に入れた鬼の兄はそれが噛み切れないで困っていました。
鬼の兄でも食べ切れない餅を妹がおいしそうに食べているのを見て、鬼は妹の口の頑丈さにびっくりしていたところ、
餅を食べあぐみながら妹の姿を上から下へと視線を移し見し、股を大開にした妹のホー(陰部)を見つけた鬼はいぶかって、
「お前の下の口は一体なんだ?」と尋ねました。
すると、妹は機転をきかして、「上の口は餅を食べる口、下の口は鬼をかみ殺す口です」と言ったかと思うと、妹は着物をまくりあげて、下をあからさまにして鬼である兄に迫りました。
びっくりした鬼はふいをつかれた思いで飛び上がるや、足を踏み外して崖下に転落して死んでしまいました。
首里金城町の御嶽(ウタキ:拝所)に死んだ鬼の角を葬っており、そこは
「ホーハイウタキ」と呼ばれて鬼餅伝説の拝所と知られているとのことです。
この鬼を退治したのが旧暦の12月8日なので、沖縄ではその日を厄払いの日として鬼餅(ウニムーチー)を作って食べるようになったということです。
また、その年に子供の生まれた家庭では、生まれた子供の健康を願って普通の餅より大きい「力餅(チカラムーチー)」を作って食べる風習もありました。
★☆★☆ 「鬼餅」の由来、ムーチー民話(出典:「沖縄の艶笑譚」より全文引用)
むかし、首里に近いある村に兄と妹が住んでいました。
妹は賢い娘で、年頃になると請われて嫁いでいきました。
兄はまだ独り者でした。
妹が嫁いで何年かしたころ、妹の耳に妙な噂が聞こえてきました。
兄が鬼になって、自分の両親を殺して食べたというのです。
妹は心配になって家へ飛んで帰りました。
そして何気ない様子で家にはいり、兄に会いました。
その時の兄の顔はまさに鬼そのものの顔でした。
髪はぼさぼさになり、目は血走ってつり上がり、口もとには何やら油のようなものがついていて、とても人間の顔には見えませんでした。
兄は妹を見ると、「久しぶりだな、元気でいたか、肉汁を炊いてあるから食べて行かんか」と、鍋をあけました。
鍋の中を見て妹はこしを抜かさんばかりにおどろきました。
鍋の中には、人間の手や足のような肉のかたまりがグツグツと煮えていました。
「やはり世間の噂は本当だった。
兄をこのままにしておくと、たくさんの人が食べられてしまう。
どうにかしなければ。
兄は殺さなければいけない。
このままだったら私まで殺されてしまう、妹は、鬼になった兄に体裁よくことわると、急ぎ足で家に帰りました。
帰り道、兄を殺す方法を考えていました。
家に帰りつくと妹は、早速、餅をつくり始めました。
小石、砂、古くぎなども集めてきました、そして、餅の半分は、小石や砂、古くぎをまぜてつくりました。
餅ができると、ふろしきに包んで、兄の家へと急いで行きました。
「兄さん、今日はいい天気だから、あそこの山へでも行ってみましょう、おいしい餅もたくさん作ってきました」と兄を誘いました。
崖っぷちへ着くと兄を崖のほうに座らせて、自分はその向かい側へ着物のすそをたくし上げ足をひろげ大股を広げて座りました。
そして、用意してきた石や砂、くぎのはいった餅を兄に、おいしい餅は自分で食べました。
兄の鬼は妹が餅をおいしそうに食べるのを見て、自分も餅がほしくなりました。
餅を食べようとして一口かんでみました。石や砂、クギを入れた餅ですから簡単に食べられるはずがありません。
とてもかたくて、歯がたちません。
ところが妹を見ると、とてもおいしそうに食べています。
「妹よ、おまえはこんなにかたい餅を平気で食べられるのか?」
「あら、お兄さん、こんなにやわらかいおいしい餅はないですよ、お兄さんは歯が悪いの」と、平気な顔をして言いました。
兄はますますびっくりしてしまい、自分が喰えない餅を妹は平気で食べているのですから。
兄が妹をよく見ると、兄に向かって足をひろげて大股を広げて座っていました。
妹は着物のしたには何もつけてなくホー(陰部)がまる見えでした。
よく見ると足の付け根に何やらたてに開いた口が見えます。
「妹よ、おまえはなんで口が二つもあるのか。」と聞きました。
すると妹は、
「上の口は餅を喰う口、下の口は鬼を喰う口だよ」
といって、着物のすそを広げて兄の顔の前にホー(陰部)をもっていきました。
兄は、下の口に食べられてしまったら大変と、後ずさりして逃げようとしました。
しかし、うしろは急な崖でした。
そして、とうとう足をすべらせてまっさかさまに落ちて死んでしまいました。
ちょうどその日が旧暦の12月8日でした。
沖縄ではその日を厄払いの日として鬼餅(ウニムーチー)を作って食べるようになり、
それから村には鬼もいなくなり、人々は幸せにすごしたということです。
★☆★☆ 沖縄市のムーチー(鬼餅)由来
お父さんとお母さんを早く失った、兄と妹の二人の兄弟がいました。
年頃になると、妹ウターの方は久高島に嫁ぎましたが、一人残されたお兄さんの方は、投げやりの気持ちからか、鬼になってよその家の山羊や豚を盗んできては、食べていました。
食べるものがなくなると、人間の子供をさらってきて食べているというウワサが広がり、ウターの住んでいる久高島まで伝わってきました。
ウターは『自分のお兄さんがそんなことをしているとは・・・。家畜なら買うこともできるが、人間の子供はそういうわけにもいかない。なんとかしなければ』と、お兄さんの様子を見にいきました。
すると、お兄さんは、「いいところに来たぞ、ウター。
今、薬を煎じているからおまえも食べていきなさい」と言うので、「ああそうですか、お兄さん、どんなご馳走かみてみよう」と鍋を開けてみると、ウワサ通りに、鍋には人間の子供が入っていました。
ウターは自分も子供を連れてきていたのでビックリして『アヒー(兄さんは)私の子供も殺しかねない』と思い、子供を負ぶって、「ねえ、アヒー、ちょっと便所まで行ってこようね」と言うと、アヒーはウターが逃げたらいけないと思い、ウターの手に縄をかけました。
ウターは賢かったので、手にかけられた縄をはずしフールヤー(豚小屋)の石につないで逃げたが、アヒーは縄を引っ張りながら、「ナーマヤミ、ウター。ナーマヤミ(まだか、ウター、まだなのか)」と言っていました。
ウターが船に乗って行こうとする時、アヒーに追いつかれてしまったので、ウターは急いでサバニをひっくり返し、その下に隠れていました。
するとアヒーはそのサバニの上に立ち、「アイヤー、そこまでウターの姿は見えていたのに残念。
せっかくのご馳走を逃してしまったなぁ」と悔しそうに、足をパンパン踏みならしていました。
ウターは『ああ、やっぱり、私たちを食べようとしていたんだなぁ』と、アヒーがいなくなるのを見計らってから、船に乗り島に帰りました。
何日か経ったある日の事、
ウターはお兄さんの大好きな餅をつくり、出掛けました。
アヒーのものには瓦を入れた餅を作り、自分のものは、本物の餅を作って。
そうして、「アヒー、今日はアヒーの好きな餅を沢山作ってきたから、さあ、金城バンタで景色でも眺めながら食べよう」と、おだてて連れていきました。
アヒーは瓦の入っている餅でもパクパク食べるのでウターは『本当の鬼になってしまったんだねえ、アヒーは』と悲しくなりました。
アヒーは、ウターが着物の裾の前をはだけて座っているのに気付き「おまえの下は何か」と聞くので、「ここは、鬼をたべるところだよ」と答えると同時に、金城バンタから突き落として殺してしまいました。
ウニムーチーは、
この話に由来するもので、ウターは村の人々から、「村人全員でかかっても鬼を退治することが出来ないのに、あなたはすごい」と喜ばれ、鬼を退治した餅のこと
【チカラムーチー、ホーハイムーチー、カリームーチー】と呼ぶようになり、
今でもムーチーを炊いた煮汁は、「ウネーフカ フコーウチ(鬼は外、福は内)」といって屋敷の回りにまき、ムーチーを包んだカーサ(サンニンの葉)は十字に結んで、人の出入りする入口や軒先に吊るし、鬼が家の中に入ってくるのを防ぐようになったんだってさ。
★☆★ 追記 ☆★☆
沖縄の方言で「女性の陰部」を「ホーまたはホーミ」と言います。
女性は昔、着物のしたには何も着けて無かったようです。
旧暦12月8日はムーチー(鬼餅)の日です。
沖縄県内では、練った餅粉をサンニン(月桃)やクバの葉などに包んで蒸したムーチーを仏壇や神棚などに供え、厄払いと健康を祈願する習わしがあります。
ムーチー(餅、鬼餅)とは、
「ムーチーと鬼」(ムーチーとは旧暦12月8日子どもたちにもちを作って与える行事のときの餅をいう)。
沖縄県で食される菓子の一種。「餅」の沖縄方言であり、月桃の葉で巻くことから「カーサ(葉)ムーチー」と呼ばれることもある。
餅粉をこね、白糖や黒糖で味付けを行い、月桃の葉で巻き、蒸して作る。
旧暦の12月8日(グレゴリオ暦では概ね1月)に、健康・長寿の祈願のため縁起物として食される。
ムーチーを食べる旧暦の12月8日(新暦の1月下旬から2月上旬)は沖縄では最も寒い時期であり、
この時期を沖縄方言でムーチービーサー(鬼餅寒)と呼んでいます。
由来にはいくつかの説がありますが、中身は大体似たお話です。
★☆★☆ 「鬼餅」の由来、沖縄本島、大里村の民話による。
昔、首里から大里に移り住んだ男が夜な夜な鬼になって人畜を襲うことから、その男の妹が憂いて、鉄釘入りの
ムーチー(鉄の塊とする場合もある)を兄に食べさせ、弱ったところを海に蹴り落として殺したというものである。
このように、鬼退治にムーチーが使われたことから「鬼餅」と呼ばれることとなったようです。
昔、首里金城に妹と兄がいました。
兄はひょんなことから大里村に移り住みました。
その兄が、夜な夜な村を襲いにわとりや山羊、牛を盗み、時には人間までも食べる「大里鬼」になって、洞窟に住みついているという噂が広まり首里金城に住む妹のもとにも聞こえてきました。
妹は噂の実否を確かめようと思い、兄の住む大里の洞窟に行きました。
「兄さん、妹です」と、妹は洞窟の前で大きな声で叫びました。
どうやら、兄である鬼は外に出ていて留守のようです。
そこで、妹は洞窟の中に入っていきました。
すると、思わず鼻をつく悪臭がプンプンしました。
洞窟の中には、牛や山羊の骨が散乱しており、噂通り兄が鬼となって村の牛や山羊を襲い、食べていると悟り、怖くなって帰ろうと外へ出た所に鬼となった兄が帰ってきました。
見ると、兄は筋肉隆々で、口は裂け牙がむき出し目は爛々と輝き、赤黒い毛に覆われた鬼の姿になっていました。
妹は反射的に逃げようとしましたが、「妹か、何故逃げるのだ、一緒に肉でも食べよう」と鬼となった兄に襟元を捕まえられ、洞窟の中のほうへ引っ張られました。
妹はとっさに、「兄さん、ちょっと待って下さい、外で用をたしてきますから」と言いましたが、鬼は逃げられるのを警戒して 「ここでやれ」と言いました。
しかし、妹はいくら兄妹でも兄の前ではできないというので納得し、鬼はその代わりに妹の手首に縄紐(なわひも)を結びつけました。
妹はすぐ外に出て、用をたすふりをして縄紐をほどき、その縄紐を木に縛り、一生懸命逃げました。
洞窟の中にいた鬼は、「遅いな、何しているのかなあ」と外にでました。
縄紐を解き、妹が逃げていることがわかると、「おい、こらー、待て!」と叫びながら妹の後を追いかけましたが妹はすでに逃げていませんでした。
数日して鬼は、今日は恨みをはらし食べてやろうと、首里金城の妹の家へやってきました。
一方、妹の方は、鬼を退治しようと考えて、
自分の餅はあたりまえの餅をつくり、鬼の兄に食べさせる餅は、
餅の中に鉄を入れ、どんな鬼でも食べられないように作った鉄餅を準備して待っていました。
「兄さんこの間はすみません。
今日はお詫びにおいしい餅をたくさん召し上がって下さい。
いっしょに外の景色を見ながら食べましょう」と、妹は言葉巧みに誘い出し、崖の近くまでおびき寄せました。
妹は、「さあ、どうぞ召し上がって下さい」と鉄餅を鬼になった兄に差し出しました。
そして、妹はとてもおいしそうに自分の餅を食べてみせました。
ところが、鉄餅を口に入れた鬼の兄はそれが噛み切れないで困っていました。
鬼の兄でも食べ切れない餅を妹がおいしそうに食べているのを見て、鬼は妹の口の頑丈さにびっくりしていたところ、
餅を食べあぐみながら妹の姿を上から下へと視線を移し見し、股を大開にした妹のホー(陰部)を見つけた鬼はいぶかって、
「お前の下の口は一体なんだ?」と尋ねました。
すると、妹は機転をきかして、「上の口は餅を食べる口、下の口は鬼をかみ殺す口です」と言ったかと思うと、妹は着物をまくりあげて、下をあからさまにして鬼である兄に迫りました。
びっくりした鬼はふいをつかれた思いで飛び上がるや、足を踏み外して崖下に転落して死んでしまいました。
首里金城町の御嶽(ウタキ:拝所)に死んだ鬼の角を葬っており、そこは
「ホーハイウタキ」と呼ばれて鬼餅伝説の拝所と知られているとのことです。
この鬼を退治したのが旧暦の12月8日なので、沖縄ではその日を厄払いの日として鬼餅(ウニムーチー)を作って食べるようになったということです。
また、その年に子供の生まれた家庭では、生まれた子供の健康を願って普通の餅より大きい「力餅(チカラムーチー)」を作って食べる風習もありました。
★☆★☆ 「鬼餅」の由来、ムーチー民話(出典:「沖縄の艶笑譚」より全文引用)
むかし、首里に近いある村に兄と妹が住んでいました。
妹は賢い娘で、年頃になると請われて嫁いでいきました。
兄はまだ独り者でした。
妹が嫁いで何年かしたころ、妹の耳に妙な噂が聞こえてきました。
兄が鬼になって、自分の両親を殺して食べたというのです。
妹は心配になって家へ飛んで帰りました。
そして何気ない様子で家にはいり、兄に会いました。
その時の兄の顔はまさに鬼そのものの顔でした。
髪はぼさぼさになり、目は血走ってつり上がり、口もとには何やら油のようなものがついていて、とても人間の顔には見えませんでした。
兄は妹を見ると、「久しぶりだな、元気でいたか、肉汁を炊いてあるから食べて行かんか」と、鍋をあけました。
鍋の中を見て妹はこしを抜かさんばかりにおどろきました。
鍋の中には、人間の手や足のような肉のかたまりがグツグツと煮えていました。
「やはり世間の噂は本当だった。
兄をこのままにしておくと、たくさんの人が食べられてしまう。
どうにかしなければ。
兄は殺さなければいけない。
このままだったら私まで殺されてしまう、妹は、鬼になった兄に体裁よくことわると、急ぎ足で家に帰りました。
帰り道、兄を殺す方法を考えていました。
家に帰りつくと妹は、早速、餅をつくり始めました。
小石、砂、古くぎなども集めてきました、そして、餅の半分は、小石や砂、古くぎをまぜてつくりました。
餅ができると、ふろしきに包んで、兄の家へと急いで行きました。
「兄さん、今日はいい天気だから、あそこの山へでも行ってみましょう、おいしい餅もたくさん作ってきました」と兄を誘いました。
崖っぷちへ着くと兄を崖のほうに座らせて、自分はその向かい側へ着物のすそをたくし上げ足をひろげ大股を広げて座りました。
そして、用意してきた石や砂、くぎのはいった餅を兄に、おいしい餅は自分で食べました。
兄の鬼は妹が餅をおいしそうに食べるのを見て、自分も餅がほしくなりました。
餅を食べようとして一口かんでみました。石や砂、クギを入れた餅ですから簡単に食べられるはずがありません。
とてもかたくて、歯がたちません。
ところが妹を見ると、とてもおいしそうに食べています。
「妹よ、おまえはこんなにかたい餅を平気で食べられるのか?」
「あら、お兄さん、こんなにやわらかいおいしい餅はないですよ、お兄さんは歯が悪いの」と、平気な顔をして言いました。
兄はますますびっくりしてしまい、自分が喰えない餅を妹は平気で食べているのですから。
兄が妹をよく見ると、兄に向かって足をひろげて大股を広げて座っていました。
妹は着物のしたには何もつけてなくホー(陰部)がまる見えでした。
よく見ると足の付け根に何やらたてに開いた口が見えます。
「妹よ、おまえはなんで口が二つもあるのか。」と聞きました。
すると妹は、
「上の口は餅を喰う口、下の口は鬼を喰う口だよ」
といって、着物のすそを広げて兄の顔の前にホー(陰部)をもっていきました。
兄は、下の口に食べられてしまったら大変と、後ずさりして逃げようとしました。
しかし、うしろは急な崖でした。
そして、とうとう足をすべらせてまっさかさまに落ちて死んでしまいました。
ちょうどその日が旧暦の12月8日でした。
沖縄ではその日を厄払いの日として鬼餅(ウニムーチー)を作って食べるようになり、
それから村には鬼もいなくなり、人々は幸せにすごしたということです。
★☆★☆ 沖縄市のムーチー(鬼餅)由来
お父さんとお母さんを早く失った、兄と妹の二人の兄弟がいました。
年頃になると、妹ウターの方は久高島に嫁ぎましたが、一人残されたお兄さんの方は、投げやりの気持ちからか、鬼になってよその家の山羊や豚を盗んできては、食べていました。
食べるものがなくなると、人間の子供をさらってきて食べているというウワサが広がり、ウターの住んでいる久高島まで伝わってきました。
ウターは『自分のお兄さんがそんなことをしているとは・・・。家畜なら買うこともできるが、人間の子供はそういうわけにもいかない。なんとかしなければ』と、お兄さんの様子を見にいきました。
すると、お兄さんは、「いいところに来たぞ、ウター。
今、薬を煎じているからおまえも食べていきなさい」と言うので、「ああそうですか、お兄さん、どんなご馳走かみてみよう」と鍋を開けてみると、ウワサ通りに、鍋には人間の子供が入っていました。
ウターは自分も子供を連れてきていたのでビックリして『アヒー(兄さんは)私の子供も殺しかねない』と思い、子供を負ぶって、「ねえ、アヒー、ちょっと便所まで行ってこようね」と言うと、アヒーはウターが逃げたらいけないと思い、ウターの手に縄をかけました。
ウターは賢かったので、手にかけられた縄をはずしフールヤー(豚小屋)の石につないで逃げたが、アヒーは縄を引っ張りながら、「ナーマヤミ、ウター。ナーマヤミ(まだか、ウター、まだなのか)」と言っていました。
ウターが船に乗って行こうとする時、アヒーに追いつかれてしまったので、ウターは急いでサバニをひっくり返し、その下に隠れていました。
するとアヒーはそのサバニの上に立ち、「アイヤー、そこまでウターの姿は見えていたのに残念。
せっかくのご馳走を逃してしまったなぁ」と悔しそうに、足をパンパン踏みならしていました。
ウターは『ああ、やっぱり、私たちを食べようとしていたんだなぁ』と、アヒーがいなくなるのを見計らってから、船に乗り島に帰りました。
何日か経ったある日の事、
ウターはお兄さんの大好きな餅をつくり、出掛けました。
アヒーのものには瓦を入れた餅を作り、自分のものは、本物の餅を作って。
そうして、「アヒー、今日はアヒーの好きな餅を沢山作ってきたから、さあ、金城バンタで景色でも眺めながら食べよう」と、おだてて連れていきました。
アヒーは瓦の入っている餅でもパクパク食べるのでウターは『本当の鬼になってしまったんだねえ、アヒーは』と悲しくなりました。
アヒーは、ウターが着物の裾の前をはだけて座っているのに気付き「おまえの下は何か」と聞くので、「ここは、鬼をたべるところだよ」と答えると同時に、金城バンタから突き落として殺してしまいました。
ウニムーチーは、
この話に由来するもので、ウターは村の人々から、「村人全員でかかっても鬼を退治することが出来ないのに、あなたはすごい」と喜ばれ、鬼を退治した餅のこと
【チカラムーチー、ホーハイムーチー、カリームーチー】と呼ぶようになり、
今でもムーチーを炊いた煮汁は、「ウネーフカ フコーウチ(鬼は外、福は内)」といって屋敷の回りにまき、ムーチーを包んだカーサ(サンニンの葉)は十字に結んで、人の出入りする入口や軒先に吊るし、鬼が家の中に入ってくるのを防ぐようになったんだってさ。
★☆★ 追記 ☆★☆
沖縄の方言で「女性の陰部」を「ホーまたはホーミ」と言います。
女性は昔、着物のしたには何も着けて無かったようです。