日本政府による沖縄県・尖閣諸島の国有化に端を発した中国の「9・18」大規模反日デモから一夜明け、現地の日系企業が受けた傷跡の深さがより鮮明となってきた。略奪の限りを尽くされたスーパーや破壊されて、火が放たれた工場。惨状が映し出したのは「チャイナリスク」という難しい現実だった。この事態を受け、「脱中国」に舵を切る日系企業も出始めている。
尖閣諸島の領有権問題に端を発した反日デモは、満州事変のきっかけとなった柳条湖事件から81年の18日、北京の日本大使館前や上海の日本領事館近くなど少なくとも125都市に拡大。尖閣周辺の接続水域では、海上保安庁の巡視船と中国の監視船とのにらみ合いが続いている。
そんな状況に日本の経済界では懸念が広がっている。現地工場や店舗が被害にあったイオンやイトーヨーカドー、トヨタ自動車、パナソニックなどは巨大市場を背にはできないだけに態度を保留するものの、ある日系企業の駐在員は「中国撤退を本格的に視野に入れ始めた企業もある」と明かす。
杭州に生産工場を持つ日系企業の営業マン(35)は「実は、2年ほど前から『中国脱出』が会社の大きな課題になっていた。すでにインドネシアに新工場を移す計画が持ち上がっていますが、今回のデモでその動きが早まる可能性もある」と危機感をあらわにする。
この営業マンによると、中国に進出した日系企業の多くが、ベトナムやタイなどアジア隣国に生産拠点を移す計画を模索しているとし、「朝令暮改の政府方針や中国人労働者との摩擦などの『チャイナリスク』はなくならない。今回の反日デモもしかりです」。
すでに中国撤退に踏み切った企業もある。大手ゼネコンの大林組は昨年、現地法人の「大林組上海建設」を閉鎖。電気機器メーカーのユニデンも05年に生産拠点をフィリピンに移転させた。
「大林組は外資規制によって思ったほどの収益を上げられなかったのが撤退の主因。ユニデンはさらなる生産コストの低減を目指したためで、反日運動が撤退の直接のきっかけになったわけではないが、頻発する労働争議やデモも撤退の理由のひとつになっていたはずです」(中国事情に詳しいアナリスト)
企業に中国離れを決意させる背景には「世界の工場」の変化もある。日系メーカーの現地工場で長年勤務し、『中国コピー商品対抗記』(日経BP社)などの著書があるコンサルタント、遠藤健治氏はこう説明する。
「急激な経済成長を遂げた中国では、人件費や部品代が高騰し、日系企業にとって昔ほどのメリットは得られなくなっている。中国はすでに『世界の工場』としての役割を終えています」
経済特区として早くに発展を遂げた広東省深●(=土へんに川)市では、1995年の労働者の月額最低賃金が約300元(約3750円)だったが、昨年には10倍の約3000元(約3万7500円)に高騰したという。
「中国人従業員の中には、技術力の上積みや能力向上がないままに地位が向上した“にわか管理職”が大量に生まれ、待遇に不満を抱えた新規雇用者との間で衝突が繰り返されている。こうした摩擦など、反日デモ以外にもさまざまな『チャイナリスク』が潜んでいる。(日本の企業が)中国企業への委託生産に切り替えるという手もある。今回のデモは中国との関係を見直すいい機会です」(遠藤氏)
厄介な隣人との付き合い方を再考する時期に来ているのかもしれない。