巨匠 ~小杉匠の作家生活~

売れない小説家上がりの詩人気取り
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10月の雹

2018-10-08 19:53:10 | 
「10月の雹」

君が僕に手渡した真新しい一冊の本。その装丁は星空から舞い降りてきたような光を放っていた。君の処女作。1ページずつパラパラとめくると虹色の文字列が踊る。僕の微笑みに君の瞳が瑠璃色に染まった。

僕は茶色の鞄を小脇に抱えて、しばし足を止めて目を瞑った。そして、少し不思議そうな顔をした君のもとからダッシュして満天の夜空を360度見渡した。

実はちょっと失望したんです。
否、かなり失望したんです。

生きるとは紡ぐことだから。
生きるとは失うことだから。
君が綴った言葉には未来がなかった。
君が綴った言葉には過去がなかった。

もっと寛容でありたかった。
もっと鈍感でありたかった。
君の感性を共有したかった。
君と同じ風景を見たかった。
大人の理屈で片付けたくない。
子供の君を赦せる自分でいたかった。
いつまでもずっと弄ばれる子供のままでいたかった。

時は果てまで流れてゆく。
僕が、君が、辿ってきた軌跡を思う。君がようやく立った表舞台。僕は君を称えるでもなく単なる批評家気取り。
こんなふたりでも人生なんてどうにかなるものさ。別々の道が用意される。

10月の雹がバラバラと降る。
この指の先端から放つ閃光が君に未来を指し示す。穏やかにみえて、頑なな性格の君に送るよ。今、ふたりの心に映った道しるべ。二股に裂かれた未来。

銀杏並木の匂いが徒らに鼻腔をくすぐる。僕の千鳥足は風に揺れる樹木の音を辿る。夜の灯は傾いて、暗闇に媚びを売る。ひとり道行く僕は失望をも失くす。君を赦す術もなく、身勝手な僕は赦されず、生き続けてまた何かを失う。

未来行きの列車が僕の肩口を乗り越えていった。