気になる写真!

このブログはその時々の好奇心で、気になった被写体を切り取り、・・・チョットだけ考えてみようと

聖書のPRがやってきた

2011-09-15 | 日記・エッセイ・コラム

ピンポーン!・・・セールスはお断り!「聖書の配布が目的」といわれる団体の方のようでした。

キリスト教に入会する予定もないのでお断りをしたら、パンフレットを置いて行かれた。

・・・どんな文言で聖書をPRされているのでしょうか。(団体名は伏せましょう)

表紙に大きく 「聖書の福音」 とあります。福音(フクイン)とは良い知らせらしい。

神の御子(ミコ)イエス・キリストによる救い

「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい」 マルコの福音書1・15

「キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれ、また葬られ、また聖書に従って三日目によみがえられた」 コリント人への手紙 第一15・3~4

・・・今年、ヴァチカンでお会いしたローマでは有名な日本人某女史、筋金入りのカトリック教信者の言葉が思い出された。

”イエスが預言通り三日目に復活された! これが重要なことなんですね” と言われたことが・・・、復活を固く信じていらっしゃるの?

さて、パンフレットの中身を見てみると、見出しが15項目、順番に見て行こう。

1.唯一の神

唯一の神は天におられます。神は、天地万物を創られ、人をも創造されました。人の命とあらゆる恵みは神から来ています。「わたしは、あなたの神、主である。あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」

世界は大昔から多神教でした。夜の闇から抜け出した太陽(朝日)に祈り、狩猟や収穫の後には無事を感謝し山の神に祈り、食べ物がまた収穫できるようにと各方面に感謝の気持ちで祈る。

これはごく自然の成り行きでしょう。無事日々生きるには感謝の気持ちで・・・、不安な時には超常現象の主に静まるように祈った。

多神教を認めず、我が神のみを崇拝する!・・・一部の宗派間で争いが起こる最大の要因は、一神教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)にあると考えます。同類の他の神を認めない、尊敬も、感謝もしない、異教と敵対する・・・困ったものです。

なぜ、洗礼が必要なのか?団結の証か?判断もつかない年少の子供を洗脳して・・・世の中を広く知り、改宗しようとすると結構大変らしい。・・・親にも責任はあるのでしょうが・・・、

2.人の罪

人間の祖先が神に背いたため、人はすべて罪あるものとなりました。そして、死んだ後に罰を受けることが決まっています。

これは、ユダヤ人の神がユダヤ人に対して話していることなので、ユダヤ人とキリスト教を信じる人以外は関係ないことですが、

しかし、身近にいるキリスト教の信者の印象は、心根が優しく、素直で、善人ばかりだが、このような聖書の物語を疑う気持ちは皆無なのでしょうか?

少し聞いてみました。・・・よく中身を知らないが、小さい時から信者という人が多かった。

人は皆悩んで大きくなった! しかし悩み事から逃れるために判断を教会に預ける。

悩みの根源は、生を受けた時から罪を負っている? 懺悔し、自分で判断することを返上し、神の教えに従い、精進し天国に行けますように? そうなの? ・・・ 暗い xxx。

縁あって生を受け、縁あって人々と出逢い、社会の構成員として歴史に登場している。

現世で、生きがいを見つける、生きていることは素晴らしいことだ、社会に貢献する喜び・・・

を説くのは間違い?

聖書の教えは、・・・死んだ後に罰を受ける!・・・ これって、弱者(信者)に対する脅迫ですよね。

3.降誕

神は、人間を深く愛しておられるので、ご自分の独(ヒト)り子イエス・キリストを人類の救い主として世に遣(ツカ)わされました。イエスは、神でありながら人間となって、この世界にお生まれになられました。

イエスが磔刑になり、その後数十年たった頃、口伝を文書化し新しい聖書を編集するに当たり知恵者が考えた。

イエス・キリストを神聖化するには、イエスの母も一般人では困る、罪人になる、どうするか。

(イエスの母は罪があってはならない)→だから、人であってはならない→人でないとすると母はどうしてこの世に?生誕が問題になる→話が難しくなる、母は特別な妊娠をした・・・しかし相手は?・・・神は簡単に人を創れるから除外、人間でなく、神そのものでもない→また新規に創作しよう・・・精霊? 次々に良く考えつきますねー。他には、天使も登場させよう。

神の使い 天使の登場!・・・神と人間の間に、新しく天使を創作し登場させることにより、物語の展開は好きなようにできる。

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「受胎告知」 ウフィツィ美術館 レオナルド・ダ・ヴィンチ作 1472年頃 「ルカ福音書」をベースに、

左の天使ガブリエル、右手の2本指:祝福のVサイン、左手、見にくいが白いユリの花:純潔

宗教画を描くのにも、いつしか約束事が出来ていたようで・・・マリアの純潔・処女懐妊

物語は、マリアを説得したとして、婚約中の夫にも手を打たないと不自然と追及される・・・そこで、この部分は、「マタイ福音書」でフォローしましょう。

大工の夫「ヨセフ」も重要な役割として、ダビデの血を引く家系図に登場させましょう。

神が天地創造の後、アダムを創った。アダムは930年生きた、家系図はこの後18代でダビデとなる。

ダビデからまた18代で大工ヨセフとなったそうだが、血筋の良いヨセフもイエス生誕前後しか話題にならないようです。

いずれにしてもダビデの血統となったヨセフにも天使ガブリエルがマリアの妊娠を知らせる。

納得しないヨセフ、そこでヨセフの夢の中にも再度ガブリエルが現われ「マリアの相手は聖霊と言う」・・・物語を単調にしないで、良くできた話です。

当時はこれでよかったのでしょう。

イエスの死後、新ユダヤ教の普及にはイエス・キリストを人間を超越した存在にする必要があり、そして関係者も神話になるように苦労された・・・。

そして時が過ぎ、ベツレヘムでイエス誕生、飼い葉桶のシーンに続く。

聖書には、イエスの誕生日12月25日と書いてある?・・・これ程詳しく、見てきたかのように書いてあるのに、イエスの誕生日はどこにも書いてないそうですよ。

神イエス・キリストの誕生日、弟子たちが勝手に決めるには・・・そこまでは越権行為で勇気がなかった?

12月25日としたのは4世紀中~末頃のようです。

ベツレヘムに長くいるとイエスの物語を延々と展開しなければならない。

面倒だから、時のヘロデ王が東方から来た学者に「ユダヤ人の王として生れた方はどこですかと聞かれ、王は自分の地位が危なくなると思い「2歳以下の男の子をすべて虐殺する命令」を出す。

物語的には、この命令が出る数日間前が、イエスの生まれた日ですよ、宿屋が満室でそんなに長くここにはいないでしょう。

急いでヨセフ、マリア、イエスの家族はベツレヘムから逃避行する。

生誕の痕跡は残したからエジプトへ向かう。そしてイエスの物語は途絶える。

イエス生誕の状況は、あれこれ物語にされているが、その後これだけ有名な人の消息がほとんど残っていない。(ルカ福音書に12歳の過越祭の話が1件)

・・・弟子たちが色々想像したが、自慢できるイベントが思いつかなかった?

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「聖母子と天使」ウフィツィ美術館 フィリッポ・リッピ作 1465年

ルネッサンス初期、このような自由な聖母子像が描かれ始めた。

大工の嫁は、ファッションも最先端、宗教画も変わり始めた。

モデルは修道女、そしてリップは修道僧、その後二人は駆け落ちし、困難があったが妻とする。

4.福音(フクイン)

イエスは、およそ30歳になってから、ユダヤの国の町や村を弟子たちと巡り、人々に天の国について話されました。また、権威ある言葉を持って悪霊どもを追い出し、病人たちを癒し、死んだ人を生き返らせました。

残念ですね、他の物語には何年何月どこで誰と誰がと詳細に書かれているのにイエスは、およそ30歳になってから、? 

やはり、新約聖書を書かれた当時、イエスの出生がハッキリしていなかったのでしょうね。

イエスは、突如現れた無名の修行僧だと思いませんか・・・

Photo

「イエスの洗礼」 ウフィツィ美術館 アンドレア・ヴェロッキオ作 左端の天使と背景の制作は、弟子レオナルドとされる。

イエスは、荒野で断食など修業をした後、生まれ故郷ナザレの近く、ガラリア地方で布教を始めます。

キリスト教の布教? No もちろんユダヤ教

当時のユダヤ教は、エルサレムにおいてラビ達が多い「パリサイ派」は厳しい律法厳守主義を主張し、祭司や貴族が多い「サドカイ派」はそれらを信者に押し付けていた。

律法に背く人も多く、また底辺の人々はユダヤ教から見向きもされず、病気や飢えに苦しむ人、罪人、迷える人こそ救われると説いたイエスは、安息日にも働くことを許した。

イエスは、神の子と名乗り、神の国の到来は近い、人々を励ましたのでまたたく間に信奉者(シンポウシャ)が広がった。

エルサレムを支配しているパリサイ派にも名声が届き、イエスの名は天下に知られるようになり、権力者から迫害を受ける予感がしたが、エルサレムに乗り込み布教をする決断をする。

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「イエスの変容」 この絵は、サン・ピエトロ大聖堂の祭壇画、但しモザイク画です。

原画はヴァチカン美術館 ラファエッロ・サンティ作 1520年

タボル山で神に出合ったとされる、死と復活を予言した6日後のこと。

マルコとマタイの福音書で続けて語られている2つのエピソードが描かれている。

上部は法悦の場面、中央がイエス、両脇はあの十戒のモーセと預言者エリア、イエス変容の姿、光り輝く場面が普通のようですが、この絵は浮揚している、下部は、悪霊に取り付かれた子を癒す場面。

当時のエルサレムのイラストが下記。現在は旧市街で、金のドームから聖墳墓教会

11093

雑誌ネイチャーから

最後の晩餐、イエスの磔刑・・・そして復活を別途考えてみようと思います。

コメント
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