李白ー13
蘇台覧古 蘇台覧古(そだいらんこ)
旧苑荒台楊柳新 旧苑(きゅうえん) 荒台(こうだい) 楊柳新たなり
菱歌清唱不勝春 菱歌(りょうか)の清唱(せいしょう) 春に勝(た)えず
只今惟有西江月 只 今は惟(た)だ西江(せいこう)の月有り
曾照呉王宮裏人 曾(かつ)て照らす 呉王宮裏(ごおうきゅうり)の人
⊂訳⊃
古い苑(にわ) 荒れた楼台 芽吹く柳は新しく
菱摘む娘(こ)らの歌声が 春の愁いをかき立てる
いまはただ 西の川面に照る月も
かつて呉王の宮殿の 美女を照らした月なのだ
⊂ものがたり⊃ 金陵の渡津から潤州(江蘇省鎮江市)の渡津まで70kmほどしかありません。ここから大運河が南の呉越の地へ通じています。李白がまず足を止めたのは平江(江蘇省蘇州市)でしょう。ここは春秋呉の都城があった地で、みるべき遺跡はたくさんあります。
李白は後年、金陵や呉越の地を幾度も訪れていますので、金陵や呉越の詩のほとんどは制作年が特定できません。しかし、若くて古代の浪漫、懐古に限りない愛着を抱いていた李白が、春秋呉越の戦争に心を動かされないはずはありません。「蘇台」は姑蘇台(こそだい)の略称で、春秋時代に呉の宮殿があったところです。呉王夫差(ふさ)は越王勾践(こうせん)が献じた美女西施(せいし)におぼれて政事をかえりみず、滅亡への道を歩みました。
李白ー14
越中覧古 越中覧古(えつちゅうらんこ)
越王勾践破呉帰 越王勾践(こうせん) 呉を破って帰る
義士還家尽錦衣 義士 家に還りて尽(ことごと)く錦衣(きんい)す
宮女如花満春殿 宮女は花の如く春殿(しゅんでん)に満ち
只今惟有鷓鴣飛 只 今は惟(た)だ鷓鴣(しゃこ)の飛ぶ有り
⊂訳⊃
越王勾践は 呉を破って凱旋し
忠義の士は 家に帰って恩賞に浴した
春麗らか宮殿に 宮女は花と溢れていたが
いまはただ あたりに鷓鴣の飛び交うばかり
⊂ものがたり⊃ 呉地をめぐった李白は、さらに運河を南下して銭塘(浙江省杭州市)から銭塘江を渡り、越州(浙江省紹興市)にはいります。ここでも越王勾践の旧蹟を訪ねますが、かつて華やかな宮殿のあったあたりに飛んでいるのは「鷓鴣」ばかりと嘆きます。鷓鴣は「うずら」に似たキジ科の鳥で、江南ではありふれた鳥であったようです。
李白ー15
採蓮曲 採蓮曲(さいれんきょく)
若耶渓傍採蓮女 若耶(じゃくや)の渓傍(けいぼう) 採蓮の女(じょ)
笑隔荷花共人語 笑って荷花(かか)を隔てて人と共に語る
日照新粧水底明 日は新粧(しんしょう)を照らして水底(すいてい)明らかに
風飄香袖空中挙 風は香袖(こうしゅう)を飄(ひるがえ)して空中に挙がる
岸上誰家遊冶郎 岸上(がんじょう) 誰(た)が家の遊冶郎(ゆうやろう)
三三五五映垂楊 三三五五 垂楊(すいよう)に映ず
紫騮嘶入落花去 紫騮(しりゅう)は嘶(いなな)き 落花に入りて去る
見此踟蹰空断腸 此(これ)を見て踟蹰(ちちゅう)して空しく断腸す
⊂訳⊃
若耶渓のあたりで 蓮の花摘む女たち
笑いさざめき 花を隔てて語り合う
陽に照らされ 顔は明るく水面に映り
風に吹かれて 袖は軽やかに舞い上がる
どこの邸の若者だろうか
堤の上で三々五々 しだれ柳に見え隠れする
栗毛の駒の嘶きが 柳絮のなかに消え去ると
何だか訳もわからずに 乙女心は切なく揺れる
⊂ものがたり⊃ 「採蓮曲」は本来、蓮の根を採る秋の労働歌だったそうですが、李白はそれを柳絮(りゅうじょ)の舞う晩春の艶情の歌に変化させています。「若耶渓」はいま平水江といい、紹興の街の近くを流れています。昔、越の美女西施(せいし)が紗を洗い、蓮の花を採ったという伝承のある有名な川です。
馬をいななかせて垂楊(しだれやなぎ)の葉陰に消えていった若者たちのうしろ姿を目で追いながら、急におしゃべりを止めて「踟蹰」(ためらい)がちに顔を赤らめている乙女たちの姿を、李白はういういしく描いています。とても若々しい繊細な作品であり、名作といっていいでしょう。もっと後年の作とする説もありますが、若々しさに注目してここに置きました。
李白ー16
淥水曲 淥水曲(りょくすいきょく)
淥水明秋日 淥水 秋日(しゅうじつ)に明らかに
南湖採白蘋 南湖 白蘋(はくひん)を採る
荷花嬌欲語 荷花(かか) 嬌(きょう)として語らんと欲す
愁殺蕩舟人 愁殺(しゅうさつ)す舟を蕩(うご)かすの人
⊂訳⊃
清らかな水が 秋の日に明るく映え
南湖では 白蘋摘みがはじまる
蓮の花は ささやくように艶めいて咲き
乙女心は たゆたう舟とともに切なくゆれる
⊂ものがたり⊃ この詩も「採蓮曲」と同じ趣旨の詩でしょう。白蘋摘みがはじまっていますが、蓮の花も咲いていますので、秋のはじめころの作品でしょうか。「南湖」という名の湖は江南のあちこちにあって、どこと場所を特定できません。舟に乗って白蘋(浮き草)を採る娘たちを眺めながら、李白は青春のひとときを楽しんでいますが、二年に及ぶ東遊の旅も終わりに近づこうとしています
蘇台覧古 蘇台覧古(そだいらんこ)
旧苑荒台楊柳新 旧苑(きゅうえん) 荒台(こうだい) 楊柳新たなり
菱歌清唱不勝春 菱歌(りょうか)の清唱(せいしょう) 春に勝(た)えず
只今惟有西江月 只 今は惟(た)だ西江(せいこう)の月有り
曾照呉王宮裏人 曾(かつ)て照らす 呉王宮裏(ごおうきゅうり)の人
⊂訳⊃
古い苑(にわ) 荒れた楼台 芽吹く柳は新しく
菱摘む娘(こ)らの歌声が 春の愁いをかき立てる
いまはただ 西の川面に照る月も
かつて呉王の宮殿の 美女を照らした月なのだ
⊂ものがたり⊃ 金陵の渡津から潤州(江蘇省鎮江市)の渡津まで70kmほどしかありません。ここから大運河が南の呉越の地へ通じています。李白がまず足を止めたのは平江(江蘇省蘇州市)でしょう。ここは春秋呉の都城があった地で、みるべき遺跡はたくさんあります。
李白は後年、金陵や呉越の地を幾度も訪れていますので、金陵や呉越の詩のほとんどは制作年が特定できません。しかし、若くて古代の浪漫、懐古に限りない愛着を抱いていた李白が、春秋呉越の戦争に心を動かされないはずはありません。「蘇台」は姑蘇台(こそだい)の略称で、春秋時代に呉の宮殿があったところです。呉王夫差(ふさ)は越王勾践(こうせん)が献じた美女西施(せいし)におぼれて政事をかえりみず、滅亡への道を歩みました。
李白ー14
越中覧古 越中覧古(えつちゅうらんこ)
越王勾践破呉帰 越王勾践(こうせん) 呉を破って帰る
義士還家尽錦衣 義士 家に還りて尽(ことごと)く錦衣(きんい)す
宮女如花満春殿 宮女は花の如く春殿(しゅんでん)に満ち
只今惟有鷓鴣飛 只 今は惟(た)だ鷓鴣(しゃこ)の飛ぶ有り
⊂訳⊃
越王勾践は 呉を破って凱旋し
忠義の士は 家に帰って恩賞に浴した
春麗らか宮殿に 宮女は花と溢れていたが
いまはただ あたりに鷓鴣の飛び交うばかり
⊂ものがたり⊃ 呉地をめぐった李白は、さらに運河を南下して銭塘(浙江省杭州市)から銭塘江を渡り、越州(浙江省紹興市)にはいります。ここでも越王勾践の旧蹟を訪ねますが、かつて華やかな宮殿のあったあたりに飛んでいるのは「鷓鴣」ばかりと嘆きます。鷓鴣は「うずら」に似たキジ科の鳥で、江南ではありふれた鳥であったようです。
李白ー15
採蓮曲 採蓮曲(さいれんきょく)
若耶渓傍採蓮女 若耶(じゃくや)の渓傍(けいぼう) 採蓮の女(じょ)
笑隔荷花共人語 笑って荷花(かか)を隔てて人と共に語る
日照新粧水底明 日は新粧(しんしょう)を照らして水底(すいてい)明らかに
風飄香袖空中挙 風は香袖(こうしゅう)を飄(ひるがえ)して空中に挙がる
岸上誰家遊冶郎 岸上(がんじょう) 誰(た)が家の遊冶郎(ゆうやろう)
三三五五映垂楊 三三五五 垂楊(すいよう)に映ず
紫騮嘶入落花去 紫騮(しりゅう)は嘶(いなな)き 落花に入りて去る
見此踟蹰空断腸 此(これ)を見て踟蹰(ちちゅう)して空しく断腸す
⊂訳⊃
若耶渓のあたりで 蓮の花摘む女たち
笑いさざめき 花を隔てて語り合う
陽に照らされ 顔は明るく水面に映り
風に吹かれて 袖は軽やかに舞い上がる
どこの邸の若者だろうか
堤の上で三々五々 しだれ柳に見え隠れする
栗毛の駒の嘶きが 柳絮のなかに消え去ると
何だか訳もわからずに 乙女心は切なく揺れる
⊂ものがたり⊃ 「採蓮曲」は本来、蓮の根を採る秋の労働歌だったそうですが、李白はそれを柳絮(りゅうじょ)の舞う晩春の艶情の歌に変化させています。「若耶渓」はいま平水江といい、紹興の街の近くを流れています。昔、越の美女西施(せいし)が紗を洗い、蓮の花を採ったという伝承のある有名な川です。
馬をいななかせて垂楊(しだれやなぎ)の葉陰に消えていった若者たちのうしろ姿を目で追いながら、急におしゃべりを止めて「踟蹰」(ためらい)がちに顔を赤らめている乙女たちの姿を、李白はういういしく描いています。とても若々しい繊細な作品であり、名作といっていいでしょう。もっと後年の作とする説もありますが、若々しさに注目してここに置きました。
李白ー16
淥水曲 淥水曲(りょくすいきょく)
淥水明秋日 淥水 秋日(しゅうじつ)に明らかに
南湖採白蘋 南湖 白蘋(はくひん)を採る
荷花嬌欲語 荷花(かか) 嬌(きょう)として語らんと欲す
愁殺蕩舟人 愁殺(しゅうさつ)す舟を蕩(うご)かすの人
⊂訳⊃
清らかな水が 秋の日に明るく映え
南湖では 白蘋摘みがはじまる
蓮の花は ささやくように艶めいて咲き
乙女心は たゆたう舟とともに切なくゆれる
⊂ものがたり⊃ この詩も「採蓮曲」と同じ趣旨の詩でしょう。白蘋摘みがはじまっていますが、蓮の花も咲いていますので、秋のはじめころの作品でしょうか。「南湖」という名の湖は江南のあちこちにあって、どこと場所を特定できません。舟に乗って白蘋(浮き草)を採る娘たちを眺めながら、李白は青春のひとときを楽しんでいますが、二年に及ぶ東遊の旅も終わりに近づこうとしています
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます