王維ー91
臨湖亭 臨湖亭(りんこてい)
軽舸迎上客 軽舸(けいか)もて上客(じょうかく)を迎え
悠悠湖上来 悠悠(ゆうゆう) 湖上に来(きた)る
当軒対尊酒 軒(けん)に当たって尊酒(そんしゅ)に対するに
四面芙蓉開 四面(しめん) 芙蓉(ふよう)開く
⊂訳⊃
軽やかな舟で 大事な客を迎え
悠然として 湖上に浮かぶ
窓に向かって 酒樽を開くと
あたり一面 蓮の花の花ざかり
同前 前に同じ [裴迪]
当軒弥滉漾 軒に当たって弥々(いよいよ)滉漾(こうよう)たり
孤月正徘徊 孤月 正(まさ)に徘徊(はいかい)す
谷口猿声発 谷口(こくこう)に猿声(えんせい)発し
風伝入戸来 風は伝えて戸(こ)に入り来(きた)る
⊂訳⊃
窓に当たって 光はゆらぎ
空には月が ひとりさまよう
谷あいで 猿の鳴く声がし
風に乗って ここまで聞こえてくる
⊂ものがたり⊃ 臨湖亭は欹湖の岸辺の水上に建っていました。王維は久し振りに「上客」を迎えて嬉しそうです。この詩では舟で臨湖亭に来たと言っているのか、舟上で客をもてなしているのかあいまいです。「軒」は日本では「のき」ですが、中国では「のき」の場合と「窓の手すり」の場合があります。ここでは「窓の手すり」でしょうが、「軽舸」に窓はないでしょうから、やはり臨湖亭で客をもてなしているのでしょう。池は蓮の花の花ざかりでした。
これに対して裴迪は臨湖亭の夜景を詠っています。中国の猿は日本猿と違って手長猿の一種で、極めて哀調を帯びた声で啼くといいます。
王維ー92
南 垞 南 垞(なんだ)
軽舟南垞去 軽舟(けいしゅう)もて南垞に去(ゆ)く
北垞難即 北垞(ほくだ)は(びょう)として即(つ)き難し
隔浦望人家 浦(ほ)を隔てて人家を望めど
遥遥不相識 遥遥(ようよう)として相い識(し)らず
⊂訳⊃
早舟で南垞に行けば
湖(うみ)は広々として 北垞は遠い
入江の向こうに 人家を望むが
遥かに遠くて 見分けがつかない
同 前 前に同じ [裴迪]
孤舟信風泊 孤舟(こしゅう) 風に信(まか)せて泊す
南垞湖水岸 南垞は湖水の岸
落日下崦茲 落日 崦茲(えんじ)に下り
清波殊漫 清波(せいは) 殊に漫(びょうまん)たり
⊂訳⊃
風にまかせて小舟をつなぐ
南垞は 湖水の岸にあり
夕日は 西方の山に沈み
広々とひろがる湖(うみ)に清らかな波
⊂ものがたり⊃ 「南垞」は欹湖の南岸にある建物で、臨湖亭から小舟で湖を渡って行ったのでしょう。王維は湖が広くて奥深いことを描いています。
裴迪の詩中の「崦茲」の茲には実は山偏がついています。これは屈原の『離騒』のなかに出てくる語で、西方の山、日の入る山の意味です。山偏のつく茲はパソコンの漢字辞書にはいっておらず、外字ソフトで作る必要があります。わたくしのパソコンには作って入れてありますが、外字ソフトで作った字は他のパソコンには送れませんので、茲で代用しました。裴迪は南垞の落日のようすを楚辞の言語を用いて描いていることになります。
王維ー93
欹 湖 欹 湖(いこ)
吹簫凌極浦 簫(しょう)を吹いて極浦(きょくほ)を凌(しの)ぎ
日暮送夫君 日暮(にちぼ)に夫(か)の君を送る
湖上一回首 湖上 一たび首(こうべ)を回(めぐ)らせば
青山巻白雲 青山(せいざん)に白雲(はくうん)巻けり
⊂訳⊃
笛を吹きながら 遠い水辺を越えてゆき
夕暮れに 君を見送る
湖上で うしろを振りかえると
緑の山に 白い雲がかかっていた
同 前 前に同じ [裴迪]
空闊湖水広 空闊(そらひろ)くして湖水広く
青熒天色同 青熒(せいけい)として天色(てんしょく)に同じ
艤舟一長嘯 舟を艤(ぎ)して一たび長嘯(ちょうしょう)すれば
四面来清風 四面(しめん)より清風(せいふう)来(きた)る
⊂訳⊃
空はひらけて湖水は広く
青く光って 天上の色と等しい
舟を留めて 歌声をひびかせると
まわりから 清々しい風が吹いてきた
⊂ものがたり⊃ 輞川荘のほぼ中央部に位置するのが「欹湖」で、湖岸の南に南垞、北に北垞があったようです。北が輞川の入口に近いので、長安から来た客は北から南へ奥まってゆくことになります。王維の詩は「上客」を見送る作品でしょう。舟には裴迪も同乗していたらしく、転結句において、王維は周囲の山の姿を描き、裴迪は吹いて来る風を描いて唱和の妙を発揮しています。
王維ー94
柳 浪 柳 浪(りゅうろう)
行分接綺樹 行(こう)分かれて綺樹(きじゅ)接し
倒影入清漪 倒影(とうえい)して清漪(せいい)に入れり
不学御溝上 学ばず 御溝(ぎょこう)の上(ほとり)
春風傷別離 春風に 別離を傷(いた)むことを
⊂訳⊃
二か所に分かれて 美しい柳が茂り
さざ波に 逆さの影を映している
宮城の堀の柳をまねたりはしない
春風のなか 別れを悲しむ風景を
同 前 前に同じ [裴迪]
映池同一色 池に映(えい)じて同一の色
逐吹散如糸 逐吹(ちくすい)して散ずること糸の如し
結陰既得地 陰(かげ)を結びて既に地を得(う)る
何謝陶家時 何ぞ 陶家(とうか)の時に謝(ゆず)らんや
⊂訳⊃
柳は池に映って同じ色
吹く風に散りゆく柳絮(りゅうじょ)は糸のようだ
影を落とせば そこが生まれた土地
陶淵明に 遠慮などはいらないのだ
⊂ものがたり⊃ 北垞と臨湖亭は流れを隔てて向かい合う位置にあり、それぞれの岸辺に柳が生えていたようです。王維の詩の「行分」は、そのことを言っています。さざ波に柳が逆さに影を映しているというのは王維の好む表現であったようです。世を離れた山荘の柳だから、長安の城の堀端の柳のように左遷や転勤で別れを悲しむ必要もないと、山居の気楽な暮らしを肯定しています。
裴迪の詩は、以前の詩で王維が「狂歌す 五柳の前」と裴迪をからかったのに対して、影を落とせば、そこが生まれた土地、遠慮などはいらないと、裴迪の心意気が示されていて気持ちのいい詩です。
臨湖亭 臨湖亭(りんこてい)
軽舸迎上客 軽舸(けいか)もて上客(じょうかく)を迎え
悠悠湖上来 悠悠(ゆうゆう) 湖上に来(きた)る
当軒対尊酒 軒(けん)に当たって尊酒(そんしゅ)に対するに
四面芙蓉開 四面(しめん) 芙蓉(ふよう)開く
⊂訳⊃
軽やかな舟で 大事な客を迎え
悠然として 湖上に浮かぶ
窓に向かって 酒樽を開くと
あたり一面 蓮の花の花ざかり
同前 前に同じ [裴迪]
当軒弥滉漾 軒に当たって弥々(いよいよ)滉漾(こうよう)たり
孤月正徘徊 孤月 正(まさ)に徘徊(はいかい)す
谷口猿声発 谷口(こくこう)に猿声(えんせい)発し
風伝入戸来 風は伝えて戸(こ)に入り来(きた)る
⊂訳⊃
窓に当たって 光はゆらぎ
空には月が ひとりさまよう
谷あいで 猿の鳴く声がし
風に乗って ここまで聞こえてくる
⊂ものがたり⊃ 臨湖亭は欹湖の岸辺の水上に建っていました。王維は久し振りに「上客」を迎えて嬉しそうです。この詩では舟で臨湖亭に来たと言っているのか、舟上で客をもてなしているのかあいまいです。「軒」は日本では「のき」ですが、中国では「のき」の場合と「窓の手すり」の場合があります。ここでは「窓の手すり」でしょうが、「軽舸」に窓はないでしょうから、やはり臨湖亭で客をもてなしているのでしょう。池は蓮の花の花ざかりでした。
これに対して裴迪は臨湖亭の夜景を詠っています。中国の猿は日本猿と違って手長猿の一種で、極めて哀調を帯びた声で啼くといいます。
王維ー92
南 垞 南 垞(なんだ)
軽舟南垞去 軽舟(けいしゅう)もて南垞に去(ゆ)く
北垞難即 北垞(ほくだ)は(びょう)として即(つ)き難し
隔浦望人家 浦(ほ)を隔てて人家を望めど
遥遥不相識 遥遥(ようよう)として相い識(し)らず
⊂訳⊃
早舟で南垞に行けば
湖(うみ)は広々として 北垞は遠い
入江の向こうに 人家を望むが
遥かに遠くて 見分けがつかない
同 前 前に同じ [裴迪]
孤舟信風泊 孤舟(こしゅう) 風に信(まか)せて泊す
南垞湖水岸 南垞は湖水の岸
落日下崦茲 落日 崦茲(えんじ)に下り
清波殊漫 清波(せいは) 殊に漫(びょうまん)たり
⊂訳⊃
風にまかせて小舟をつなぐ
南垞は 湖水の岸にあり
夕日は 西方の山に沈み
広々とひろがる湖(うみ)に清らかな波
⊂ものがたり⊃ 「南垞」は欹湖の南岸にある建物で、臨湖亭から小舟で湖を渡って行ったのでしょう。王維は湖が広くて奥深いことを描いています。
裴迪の詩中の「崦茲」の茲には実は山偏がついています。これは屈原の『離騒』のなかに出てくる語で、西方の山、日の入る山の意味です。山偏のつく茲はパソコンの漢字辞書にはいっておらず、外字ソフトで作る必要があります。わたくしのパソコンには作って入れてありますが、外字ソフトで作った字は他のパソコンには送れませんので、茲で代用しました。裴迪は南垞の落日のようすを楚辞の言語を用いて描いていることになります。
王維ー93
欹 湖 欹 湖(いこ)
吹簫凌極浦 簫(しょう)を吹いて極浦(きょくほ)を凌(しの)ぎ
日暮送夫君 日暮(にちぼ)に夫(か)の君を送る
湖上一回首 湖上 一たび首(こうべ)を回(めぐ)らせば
青山巻白雲 青山(せいざん)に白雲(はくうん)巻けり
⊂訳⊃
笛を吹きながら 遠い水辺を越えてゆき
夕暮れに 君を見送る
湖上で うしろを振りかえると
緑の山に 白い雲がかかっていた
同 前 前に同じ [裴迪]
空闊湖水広 空闊(そらひろ)くして湖水広く
青熒天色同 青熒(せいけい)として天色(てんしょく)に同じ
艤舟一長嘯 舟を艤(ぎ)して一たび長嘯(ちょうしょう)すれば
四面来清風 四面(しめん)より清風(せいふう)来(きた)る
⊂訳⊃
空はひらけて湖水は広く
青く光って 天上の色と等しい
舟を留めて 歌声をひびかせると
まわりから 清々しい風が吹いてきた
⊂ものがたり⊃ 輞川荘のほぼ中央部に位置するのが「欹湖」で、湖岸の南に南垞、北に北垞があったようです。北が輞川の入口に近いので、長安から来た客は北から南へ奥まってゆくことになります。王維の詩は「上客」を見送る作品でしょう。舟には裴迪も同乗していたらしく、転結句において、王維は周囲の山の姿を描き、裴迪は吹いて来る風を描いて唱和の妙を発揮しています。
王維ー94
柳 浪 柳 浪(りゅうろう)
行分接綺樹 行(こう)分かれて綺樹(きじゅ)接し
倒影入清漪 倒影(とうえい)して清漪(せいい)に入れり
不学御溝上 学ばず 御溝(ぎょこう)の上(ほとり)
春風傷別離 春風に 別離を傷(いた)むことを
⊂訳⊃
二か所に分かれて 美しい柳が茂り
さざ波に 逆さの影を映している
宮城の堀の柳をまねたりはしない
春風のなか 別れを悲しむ風景を
同 前 前に同じ [裴迪]
映池同一色 池に映(えい)じて同一の色
逐吹散如糸 逐吹(ちくすい)して散ずること糸の如し
結陰既得地 陰(かげ)を結びて既に地を得(う)る
何謝陶家時 何ぞ 陶家(とうか)の時に謝(ゆず)らんや
⊂訳⊃
柳は池に映って同じ色
吹く風に散りゆく柳絮(りゅうじょ)は糸のようだ
影を落とせば そこが生まれた土地
陶淵明に 遠慮などはいらないのだ
⊂ものがたり⊃ 北垞と臨湖亭は流れを隔てて向かい合う位置にあり、それぞれの岸辺に柳が生えていたようです。王維の詩の「行分」は、そのことを言っています。さざ波に柳が逆さに影を映しているというのは王維の好む表現であったようです。世を離れた山荘の柳だから、長安の城の堀端の柳のように左遷や転勤で別れを悲しむ必要もないと、山居の気楽な暮らしを肯定しています。
裴迪の詩は、以前の詩で王維が「狂歌す 五柳の前」と裴迪をからかったのに対して、影を落とせば、そこが生まれた土地、遠慮などはいらないと、裴迪の心意気が示されていて気持ちのいい詩です。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます