白居易ー170
哭崔児 哭崔児
掌珠一顆児三歳 掌珠(しょうじゅ)一顆(いっか) 児(じ)三歳
鬢雪千茎父六旬 鬢雪(びんせつ)千茎(せんけい) 父六旬(ろくじゅん)
豈科汝先為異物 豈(あに)科(はか)らんや 汝先ず異物と為(な)らんとは
常憂吾不見成人 常に憂う 吾(われ) 人と成(な)るを見ざらんことを
悲腸自断非因剣 悲腸(ひちょう) 自ら断(た)つは剣に因(よ)るに非(あら)ず
啼眼加昏不是塵 啼眼(ていがん) 加々(ますます)昏(くら)きは是れ塵ならず
懐抱又空天黙黙 懐抱(かいほう) 又た空しくして 天 黙黙たり
依然重作攸身 依然(いぜん)として重ねて攸(とうゆう)の身と作(な)る
⊂訳⊃
掌中一粒の真珠 三歳の児
鬢毛千本の白髪 六十歳の父
汝が先に死ぬなど 思ってもおらず
汝が成人するまで 生きておれるかと心配していた
剣は使わなくても 悲しみで腸は千切れ
塵が入らないのに 流れる涙であたりは暗い
心はうつろ 天に尋ねても黙して答えず
またしても 老いて子のない攸になった
⊂ものがたり⊃ 耳順の年を迎え、無事に過ぎてゆくかに見えましたが、秋になって七月二十二日、元稹が任地の鄂州でわずか一日の病で亡くなりました。元稹の柩は洛陽を通って長安に運ばれたらしく、白居易は棺の上に手を置いて哀悼の辞を捧げています。
自分より若い親友の突然の死に、白居易は深い悲しみを覚えますが、それに劣らない不幸が白居易を襲います。長男阿崔がわずか三歳で死んだのです。この児が成人するまでは生きていなければならないと思っていた大切な嗣子が死んで、白居易の希望は打ち砕かれます。
天の非情を恨み、晋の攸と同じように老いて子のない身になったと嘆くのでした。白居易は四人の女児を得ていますが、女児も生きて成長しているのは阿羅ひとりでした。
白居易ー171
秋 遊 秋 遊
下馬間行伊水頭 馬より下りて間行(かんこう)す 伊水(いすい)の頭(ほとり)
涼風清景勝春遊 涼風 清景(せいけい) 春遊(しゅんゆう)に勝(まさ)る
何事古今詩句裏 何事ぞ 古今 詩句の裏(うち)
不多説著洛陽秋 多く洛陽の秋を説著(せっちゃく)せざる
⊂訳⊃
馬を下りて 伊水のほとりをぶらぶら歩く
涼しい風や清らかな陽は 春の遊びに勝る
どうしたことか 古今の詩句のなかで
洛陽の秋を詠うものが少ないのは
⊂ものがたり⊃ 中隠の生活といっても、それは政事的な立場を中心とする処世観であり、人生の不幸や別れの悲しみはつぎつぎに訪れてきます。友を喪い、つづいて愛児を失った白居易を慰めてくれるのは、気の合う友との詩の交換です。劉禹錫との交流は以前にまして頻繁になります。掲げた詩は劉禹錫に「秋思」という詩があって、それに応える作品と思われます。
白居易ー172
晩秋閑居 晩秋の閑居
地僻門深少送迎 地は僻(かたよ)り 門は深くして送迎少(まれ)なり
披衣閑坐養幽情 衣を披(き)て閑坐(かんざ)し 幽情(ゆうじょう)を養う
秋庭不掃携藤杖 秋庭(しゅうてい)掃(はら)わず 藤杖(とうじょう)を携え
閑蹋梧桐黄葉行 閑(かん)に梧桐(ごとう)の黄葉(こうよう)を蹋(ふ)みて行く
⊂訳⊃
辺鄙なうえに奥まった家 訪れる客も稀だ
上着を着て静かにすわり 閑雅な心にひたる
秋の庭を掃くこともなく 藤の杖を手にして
ゆっくりと 桐の落ち葉を踏んでゆく
⊂ものがたり⊃ 悲しみの秋も、やがていつものように暮れてゆきます。庭の落ち葉を掃くこともせずに、孤独に堪えている白居易ですが、冬になって劉禹錫が蘇州刺史になって江南に行くことになりました。劉禹錫は赴任の途中、洛陽の白居易のもとに立ち寄って、酒を交えて歓談します。蘇州は白居易がかつて在任した地でもあり、話がはずんだことでしょう。
白居易ー173
初入香山院対月 初めて香山院に入って月に対す
老住香山初到夜 老いて香山(こうざん)に住せんとして初めて到る夜(よ)
秋逢白月正円時 秋 白月(はくげつ)の正(まさ)に円(まどか)なる時に逢う
従今便是家山月 今より便(すなわ)ち是(こ)れ家山(かざん)の月
試問清光知不知 試みに問う 清光(せいこう)知るや知らずや
⊂訳⊃
老いて香山に住もうと 初めてきた夜
白い秋の月が まるく輝いていた
今からこの月は わが家の月となる
清らかな月の光は そのことを知っているだろうか
⊂このがたり⊃ 翌太和六年(832)に、白居易は元稹の遺族から元稹の墓碑銘を書いてほしいと頼まれ、喜んでそれに応じました。元稹の家族は銘文の謝礼を贈ろうとしますが、白居易は受け取ろうとしません。親友の墓碑銘を書くのは当然のことと思っていたのです。
ところが元稹の家族は、どうしても受け取ってほしいと言って聞き入れません。そこで白居易はその金を香山寺に喜捨することにし、寺院の再建費用に充てることにしました。こうしたことから、白居易は香山寺の僧と親しく交わるようになりました。
香山寺は龍門東山にあり、石窟のある西山とは伊水を隔てて向かい合っています。龍門東山は現在でも緑の美しいなだらかな丘で、白居易はこの地の風光を愛して、しばしば香山寺に通うようになりました。
白居易ー174
香山寺二絶 其一 香山寺 二絶 其の一
空門寂静老夫間 空門(くうもん) 寂静(せきせい)にして 老夫間(かん)なり
伴鳥随雲往復還 鳥に伴(ともな)い雲に随って往き復(ま)た還る
家醞満瓶書満架 家醞(かうん)は瓶(へい)に満ち 書は架(か)に満つ
半移生計入香山 半ばは生計を移して香山(こうざん)に入る
⊂訳⊃
人けのない門はひっそりとして 老夫の心も静か
鳥を追い雲に随って 散歩する
手造りの酒は瓶に満ち 書物も書架に満ちている
生活の半ばを移して 香山寺に入る
⊂ものがたり⊃ 秋になると、白居易は香山寺に自室を設け、院内に住むことも考えるようになります。河南尹の職にありますので、生活のすべてを寺に移すことはできませんが、蔵書なども寺院に移し、別荘のようにしたようです。
哭崔児 哭崔児
掌珠一顆児三歳 掌珠(しょうじゅ)一顆(いっか) 児(じ)三歳
鬢雪千茎父六旬 鬢雪(びんせつ)千茎(せんけい) 父六旬(ろくじゅん)
豈科汝先為異物 豈(あに)科(はか)らんや 汝先ず異物と為(な)らんとは
常憂吾不見成人 常に憂う 吾(われ) 人と成(な)るを見ざらんことを
悲腸自断非因剣 悲腸(ひちょう) 自ら断(た)つは剣に因(よ)るに非(あら)ず
啼眼加昏不是塵 啼眼(ていがん) 加々(ますます)昏(くら)きは是れ塵ならず
懐抱又空天黙黙 懐抱(かいほう) 又た空しくして 天 黙黙たり
依然重作攸身 依然(いぜん)として重ねて攸(とうゆう)の身と作(な)る
⊂訳⊃
掌中一粒の真珠 三歳の児
鬢毛千本の白髪 六十歳の父
汝が先に死ぬなど 思ってもおらず
汝が成人するまで 生きておれるかと心配していた
剣は使わなくても 悲しみで腸は千切れ
塵が入らないのに 流れる涙であたりは暗い
心はうつろ 天に尋ねても黙して答えず
またしても 老いて子のない攸になった
⊂ものがたり⊃ 耳順の年を迎え、無事に過ぎてゆくかに見えましたが、秋になって七月二十二日、元稹が任地の鄂州でわずか一日の病で亡くなりました。元稹の柩は洛陽を通って長安に運ばれたらしく、白居易は棺の上に手を置いて哀悼の辞を捧げています。
自分より若い親友の突然の死に、白居易は深い悲しみを覚えますが、それに劣らない不幸が白居易を襲います。長男阿崔がわずか三歳で死んだのです。この児が成人するまでは生きていなければならないと思っていた大切な嗣子が死んで、白居易の希望は打ち砕かれます。
天の非情を恨み、晋の攸と同じように老いて子のない身になったと嘆くのでした。白居易は四人の女児を得ていますが、女児も生きて成長しているのは阿羅ひとりでした。
白居易ー171
秋 遊 秋 遊
下馬間行伊水頭 馬より下りて間行(かんこう)す 伊水(いすい)の頭(ほとり)
涼風清景勝春遊 涼風 清景(せいけい) 春遊(しゅんゆう)に勝(まさ)る
何事古今詩句裏 何事ぞ 古今 詩句の裏(うち)
不多説著洛陽秋 多く洛陽の秋を説著(せっちゃく)せざる
⊂訳⊃
馬を下りて 伊水のほとりをぶらぶら歩く
涼しい風や清らかな陽は 春の遊びに勝る
どうしたことか 古今の詩句のなかで
洛陽の秋を詠うものが少ないのは
⊂ものがたり⊃ 中隠の生活といっても、それは政事的な立場を中心とする処世観であり、人生の不幸や別れの悲しみはつぎつぎに訪れてきます。友を喪い、つづいて愛児を失った白居易を慰めてくれるのは、気の合う友との詩の交換です。劉禹錫との交流は以前にまして頻繁になります。掲げた詩は劉禹錫に「秋思」という詩があって、それに応える作品と思われます。
白居易ー172
晩秋閑居 晩秋の閑居
地僻門深少送迎 地は僻(かたよ)り 門は深くして送迎少(まれ)なり
披衣閑坐養幽情 衣を披(き)て閑坐(かんざ)し 幽情(ゆうじょう)を養う
秋庭不掃携藤杖 秋庭(しゅうてい)掃(はら)わず 藤杖(とうじょう)を携え
閑蹋梧桐黄葉行 閑(かん)に梧桐(ごとう)の黄葉(こうよう)を蹋(ふ)みて行く
⊂訳⊃
辺鄙なうえに奥まった家 訪れる客も稀だ
上着を着て静かにすわり 閑雅な心にひたる
秋の庭を掃くこともなく 藤の杖を手にして
ゆっくりと 桐の落ち葉を踏んでゆく
⊂ものがたり⊃ 悲しみの秋も、やがていつものように暮れてゆきます。庭の落ち葉を掃くこともせずに、孤独に堪えている白居易ですが、冬になって劉禹錫が蘇州刺史になって江南に行くことになりました。劉禹錫は赴任の途中、洛陽の白居易のもとに立ち寄って、酒を交えて歓談します。蘇州は白居易がかつて在任した地でもあり、話がはずんだことでしょう。
白居易ー173
初入香山院対月 初めて香山院に入って月に対す
老住香山初到夜 老いて香山(こうざん)に住せんとして初めて到る夜(よ)
秋逢白月正円時 秋 白月(はくげつ)の正(まさ)に円(まどか)なる時に逢う
従今便是家山月 今より便(すなわ)ち是(こ)れ家山(かざん)の月
試問清光知不知 試みに問う 清光(せいこう)知るや知らずや
⊂訳⊃
老いて香山に住もうと 初めてきた夜
白い秋の月が まるく輝いていた
今からこの月は わが家の月となる
清らかな月の光は そのことを知っているだろうか
⊂このがたり⊃ 翌太和六年(832)に、白居易は元稹の遺族から元稹の墓碑銘を書いてほしいと頼まれ、喜んでそれに応じました。元稹の家族は銘文の謝礼を贈ろうとしますが、白居易は受け取ろうとしません。親友の墓碑銘を書くのは当然のことと思っていたのです。
ところが元稹の家族は、どうしても受け取ってほしいと言って聞き入れません。そこで白居易はその金を香山寺に喜捨することにし、寺院の再建費用に充てることにしました。こうしたことから、白居易は香山寺の僧と親しく交わるようになりました。
香山寺は龍門東山にあり、石窟のある西山とは伊水を隔てて向かい合っています。龍門東山は現在でも緑の美しいなだらかな丘で、白居易はこの地の風光を愛して、しばしば香山寺に通うようになりました。
白居易ー174
香山寺二絶 其一 香山寺 二絶 其の一
空門寂静老夫間 空門(くうもん) 寂静(せきせい)にして 老夫間(かん)なり
伴鳥随雲往復還 鳥に伴(ともな)い雲に随って往き復(ま)た還る
家醞満瓶書満架 家醞(かうん)は瓶(へい)に満ち 書は架(か)に満つ
半移生計入香山 半ばは生計を移して香山(こうざん)に入る
⊂訳⊃
人けのない門はひっそりとして 老夫の心も静か
鳥を追い雲に随って 散歩する
手造りの酒は瓶に満ち 書物も書架に満ちている
生活の半ばを移して 香山寺に入る
⊂ものがたり⊃ 秋になると、白居易は香山寺に自室を設け、院内に住むことも考えるようになります。河南尹の職にありますので、生活のすべてを寺に移すことはできませんが、蔵書なども寺院に移し、別荘のようにしたようです。