発行人日記

図書出版 のぶ工房の発行人の日々です。
本をつくる話、映画や博物館、美術館やコンサートの話など。

「横道世之介」試写会

2013年02月12日 | 映画
「横道世之介」試写会 ユナイテッドシネマ福岡
 ホークスタウンモールへ行く。本数が少なくて若干遠回りだけど家から直通で行けるバス路線がいつのまにかできていて、雨ふりなので迷わず使う。
 映画のチラシは、太陽のかぶりものをしてサンバを踊る高良健吾だった。
 高良健吾といえば、初めて映画でみたのは、劇場版「ハゲタカ」の自動車工場派遣工。その次は「蟹工船」の工員。「ボックス!」の努力型高校生ボクサー。あとテレビでは、「白洲次郎」の不良中学生時代とか、「おひさま」の和さんとか。
 これまでは、あまり明るくておちゃめな役にはついてなかったような。
 原作は読んでないから、元のお話からはずれた勝手な解釈があっても御容赦を。
 この映画では、横道世之介くんの大学の最初の1年間と、それに関わった人々の現在が描かれている。バブル直前(グリコキスミントガムの新発売キャンペーンが映画冒頭に出て来るので、1987年春、正確にはバブル期に入ったところから映画は始まる)の懐かしの80年代と、21世紀の間を行ったり来たりしながら物語は進む。
 長崎から進学のために上京してきた彼は、天然パーマで、人懐っこくて、汗っかきで、ちょいとダサくて、器用ではなくて。つまりどこにでもいる普通の大学生で、大学生にありがちな日常以上のことは起こらないまま80年代の1年が過ぎる。事件といえば、長崎の漁港にボートピープルが上陸するくらいで。
 それでもあとからきらきらと輝きだす瞬間がたくさん切りとられて貼りつけられている。

↓(以下、多少ネタバレがありますが、なんといっても普通の日常であるため、読んでも映画鑑賞のさまたげにはならないと思います)
 中学生の娘が若いガソリンスタンドの男と結婚すると言い出して慌てる両親は、自分たちの出会いに関わった世之介のことを思い出していた。
 ゲイの男は、恋人とワインを飲みながら、学生時代の友人世之介のことを話す。
 ラジオDJの女性は、ニュース原稿から世之介を思い出す。
 アフリカで難民支援の仕事をする女性は、久々に帰国し家に届いた郵便物のなかに、世之介の撮った写真の包みを見つける。
 
 自動車学校に行ったことがきっかけで知り合った令嬢(パパは成金趣味、虎の剥製のインテリアとか)与謝野祥子と世之介との、ゆっくり進行する交際が、物語の中心である。
 クリスマスの夜、彼女が雪の中で目を閉じ、胸の前で指をからめていたのは、あれはキスを待っていたからではなく、この幸せな時間が止まってほしいと心から祈っていたからなのだと私は思った。
 その後どんな出来事が彼らを離ればなれにしたのか。「さん」抜きで呼び合うことに決めた幸せなふたりを見て涙していたメイドさん(たぶんここが泣き所だと観客に教えてくれてるのだと思うけど)は、おそらくは自分が若い時のそんな瞬間を思い出していた。それと同時に目の前のカップルの現実を知る彼女は、きっとその先の予測がついていたんだと思う。まあ、10代のカップルのおおかたは、成長とともに別れてしまうものなのだけどね。
 長い間誰にも知られずに大切にされていた思い出について。守られていた約束について。あるいは、ニュースで心にふと引っかかった見知らぬ他人の名前の向こうにどんな人生があったかということについて。
 ああ、人生の味がするわ。幸せだわ、ちょっと泣きたくなるわ。そんな映画で、160分が、あっというまに終わってしまいました。