みちのくの放浪子

九州人の東北紀行

雨のお盆とニーチェ

2017年08月14日 | 俳句日記

学生時代に読めと言われて読んでみたが
とんと理解がいかなかった。
その後、大病をして10ヶ月も病棟に隔離
されていた時も、枕元にあったが、落語
の本に夢中になっていた。

「ツァラトゥストラ」が解り始めたのは
二度目の大病の際に、佛教に触れてから
である。
あら⁈似てるよね、対比させれば。

「末人」と「衆生」、
「永劫回帰」と「輪廻転生」、
「ルサンチマン」と「貪瞋痴」、
「運命愛」と「悟り」、
「超人」と「ブッダ」。

三度目の大病のあと、俳句を行じ始めて
森羅万象と向き合うことの楽しさを知る
ようになると、ニーチェ先生に俳句を教
えたくなった。

《 石山の 石より白し 秋の風》芭蕉

もし、ニーチェ先生がこの俳聖の境地を
楽しんでいたならば、心を病まずに済ん
だのではなかろうか?

〈運命の 愛は悟りの 秋の風〉放浪子
季語・秋の風(秋)

8月14日〔月〕雨
雨に降られて、すっかり予定が狂った。
手持ちの傘が、雨のたびに母の元に貯ま
って、必要な日に傘がない。
行かなくちゃ・・と思えども、である。
しかたなく、ひっくり返ってニーチェを
読み返した。
若い人は、知るためにではなく、感じる
為に読んでみたら良い。
郡山では、花火大会の日だそうだ。
そう言えば、花火の句を詠んでない。