みちのくの放浪子

九州人の東北紀行

五月(皐月)から六月(水無月)へ

2018年05月31日 | 俳句日記


十日ほど前に、福島県から送られて来た
五月晴れの那須塩原高原の画像である。
あちらはまだ大気の光が増し、空の蒼が
ますます脳髄まで入り込む気候だろう。

五月も今日で終わる。
四・五月と今年も季節の恵みを愉しませ
て頂いた。






生き物の世界も賑やかであった。


仔鴨がいた。


ゴールデン・カープも見た。


大濠公園の主も現れた。

無論、子雀たちも。


福岡城址で、


湖畔で、


雨あがりの舗道で、

子雀たちの百態は、飽きることが無い。



皆んな元気で大きくな〜れ❗️

五月ついでのお気に入り、

藤沢五月さん、「いつき」と呼ぶんだっ
たっけ。
爽やかな準決勝をありがとう。

明日から六月。
世界史的な転換点を迎える月だ。
来シーズンも、皆様が平和にご活躍出来
ますように祈ります。


〈うつせみの 惜しみて余る 皐月哉〉放浪子 季語・皐月(夏)

5月31日〔木〕曇り
三日後に南へ飛ぶ。
何かと忙しい。
現地でのスケジュールも整い始めた。
体調の管理だけは万全にしなければ先様
に失礼だ。
明日、明後日は現地の勉強をしておく。




望月と百合の花

2018年05月30日 | 俳句日記


昨晩は本稿を早めにアップしたので、夕
食のあと散策に出た。
梅雨入り後のこと、満月を拝む望みの持
ち合わせも無い処へお出ましなさった。

流れる雲の隙間から、思わせぶりに出た
り入ったり、まろいお姿を朧に見る間も
なくお隠れになる。
それも今日という日の「一期一会」。

この分なら、明日の朝は大濠公園に行け
るだろうと思いながら床に着いた。
起きてみれば無情にも、今に降るかと梅
雨の雲、なんとつれないお月様。

それでも昼から薄日が差して、傾き出し
た日差しの中に、見目麗しき百合の花。
こいつは違わず望月の、与えた賜わる縁
なれば、画像捉えて送ります。





百合は総じて夏の季語である。
秋咲きのものも有るが、数は少ない。
画像は、日本原種の鉄砲百合に他の品種
が加えられた園芸種であろう。

《百合の花 朝から暮るる 景色なり》一茶

う〜む!と唸る一句である。

日本原種の鉄砲百合は白色であった。
その大輪の真白の花の、上を向かずにや
や首を傾げた立ち姿は、どう見ても朝の
花とは言えない。

夕陽が似合うどころか、朝の景色を百合
が夕景に変えてしまう、と詠っている。
その強い主張を詠嘆の「哉」ではなく、
断定の「なり」で切って捨てる。

達人の感性に圧倒されながらも、凡夫は
良からぬことを考えていた。
百合の品種に「カサブランカ」と言うも
のがある。

映画カサブランカと言えば、そうイング
リット・バーグマン、お若い人は分から
ないでしょうが往年の大女優である。
戦後の映画界は女優の花盛りであった。

まだ子雀だった私は、母の影響を受けて
洋画に関心を持たされた。
その頃の記憶が蘇り、妄想が始まる。
題して「花と女優」(独断と偏見)。

洋花の代表は薔薇=ビビアン・リー
品格と言えばカトレア=グレース・ケリー
清楚な輝きシクラメン=ヘップバーン
日本の美、鉄砲百合=原節子

そして、百合の女王「カサブランカ」は
イングリット・バーグマンに行き着くの
である。
花の名と映画のどちらが先かは不明。

いずれにせよ、美しい花も、女性の美も
見ているだけで気持ちがいい。
傍に居ると煩わしいけれども。

〈百合の花 ひねもす想ふ 夕日哉〉放浪子
季語・百合の花(夏)

5月30日〔水〕曇り のち 晴れ
日が落ちると、雲が厚くなった。
明日も大濠公園は無理か⁈
是非とも、台湾への旅立ち前に、公園に
は行っておきたいのである。

百合を調べてみて分かった事がある。
日本の原種と琉球百合、台湾の高砂百合
は同族であった。

チベット、福建、台湾、琉球、日本への
種の流れは、今に生きている。
ますます台湾にシンパシーを感じる。

いま台湾が苦境にある。
お役に立てば良いのだが?












梅雨入り宣言に天竺葵

2018年05月29日 | 俳句日記


昨日の本稿で「梅雨入りはまだだが…」
と書いていたところ、きのうの時点で、
宣言がなされていたらしい。
通年で8日、昨年より23日早くなんて。

これは長雨に注意をしなければ。
夏の暑さ対策もしっかり備えよう。
そんなこんなで、今日も朝からどんより
と雲が垂れ込めていた。

そんな中で、昨日の紫陽花に次いで、葵
(あおい)の赤が目に付いた。
真紅の花が、他の鉢植えの花を制して目
に差し入って来る。

天竺葵という奴だ。
園芸区分では、ゼラニウムと言われる。
葵はなにせ属の多い品目で、芙蓉、山葵
、オクラやハイビスカスも仲間である。

一般に、俳句に詠まれる葵は立葵だ。


開花季節は天竺葵と同じで今時からであ
るから、至る所で楽しむ事が出来る。

《明星に 影立ちすくむ 葵かな》一茶

明けか?宵か?
いずれの時・方角でも、花を美事に付け
た立葵がすっくと立つ姿は絵になる。

〈桐よりも 尚役に立て 立葵〉放浪子
季語・立葵(夏)

5月29日〔火〕曇りのち 晴れ
現在午後7時、まだ空は暮れなずむ。
このぶんだと、明日は梅雨晴れ間なの
かも知れない。
目覚めが良ければ、大濠公園へ出掛け
てみようか?






紫陽花

2018年05月28日 | 俳句日記


まだ梅雨入り宣言は為されていないが、
九州の南には前線が長く伸びて、終日ど
んよりと曇った一日であった。
時よりの薄日の中、紫陽花が美しい。

紫陽花は日本の原産種の花だ。
土壌の性質によって花の色を変える。
酸性は青、アルカリ性は赤い花と知られ
ている。

人も育った環境の中で、様々な色を見せ
るが、花のようにそれぞれの色が自由に
妍を競って咲き誇っている内は美しい。
まだ天地宇宙の理にかなっているから。

だがこれが、例えば赤一色に染められる
となるとややこしくなる。
地平の先までただ一色のお花畑に立った
自分を想像してみれば良い。

多分気持ちが悪くなって、逃げ出したく
なるに違いない。
まして、そこにいることを強制されると
なると生きる意味さえ無くすだろう。

一茶の句に、

《紫陽花の 末一色と なりにけり》

というものがある。

梅雨の長雨で、土壌の性質が均一化され
て、紫陽花の七変化が失われていく事を
嘆いた句だろうか?
何にせよ、お花畑は様々がいい。

〈紫陽花に 心奪われ 昼歩道〉放浪子
季語・紫陽花(夏)

5月28日〔月〕曇り
昨晩は、うだうだと長文のブログを書い
ていたので、寝るのが朝になった。
お蔭で一日のリズムが狂ってしまった。
無益な拘りを、お釈迦様は諌めている。

海軍記念日(日本とロシア)

2018年05月27日 | 俳句日記

日露戦争当時のニコライ2世

兎に角、長いお付き合いなのである。
米国より75年も前の安永7年(1778年)か
ら北海道をうかがっていた。
そのことが「赤蝦夷風説考」(工藤兵助)
を生み、林子平に「海国兵談」を書かせ
ることになる。

その頃、米国はまだ独立戦争を始めたば
かりで国では無い、一植民地であった。
欧州はというと、神聖ローマ帝国の残影
に辟易しながら、まだ大航海時代の夢(植民地主義)を追っていた。

そんな時ロシアでは、1682年ロマノフ朝
を立てたピョートル大帝が、英仏の先進
性を学び独自の帝国路線をひた走り、遂
に極東シベリアまで国域を広げた。
江戸、綱吉の時代である。

日本と接点を持ったのは約100年後、女帝エカテリーナ2世の頃であった。
この女帝の拡張主義も凄かった。
南へ南へ、最初にオスマントルコ帝国と
事を構えたのがこの人だ。


エカテリーナ2世

プーチンさんは、ピョートル大帝に憧れ
、この女帝をも尊敬している。
多くの白系ロシア人のDNAの中には如実
にこの血が流れている。



かくして、ロシアはナポレオンにも勝利
し大帝国となる。
以降、露国の存在は国際的な一極をなし
、今日に至っているのだ。
ソビエト時代も単に政権交替時代だ。

そのロシアが、この頃から目をつけたのが、極東の小国日本であった。
維新までに最も渡来しているのは、ロシ
アである、何としても北海道に不凍港が
欲しかった。

ロシアの極東に於ける動きに欧米は敏感
に反応して、日本に開国を迫った。
英はパークス、仏はロッシュ、米国はペ
リーを、のちにハリスを送り込む、米は
南北戦争の旧式銃を売込みたかった。

明治維新も事の起こりはロシアなのだ。
日清戦争の原因も、半島を狙うロシアの
策動があり清もその策動に乗ったが、そ
の実、日清の覇権争いではなく、北支の
軍閥李鴻章軍団と日本の戦いだった。


李鴻章

露は清の力で日本を潰したかった。
豈図らんや李鴻章軍閥が負けた。
そこで、独仏を誘い三国干渉を始める。
これも又裏目となる、まだ未熟な国民国
家日本のナショナリズムに火を付けた。

そして、その時を迎える。
明治37年(1904年)、日露開戦である。
旅順、奉天の激戦を制して、最後の一撃
明治38年5月27日、バルチック艦隊を日本海で全滅させる。

この戦いを戦った将兵、政治家、言論人
は皆、親子三代にわたりロシアを意識し
て戊辰、西南、日清、北京の55日を戦った人達であった。
1戦1戦が日本及び日本人を強くした。


柴五郎中佐

北京に於ける柴五郎中佐の功績無かりせ
ば、日英同盟も無かったであろう。
この人は、会津での親兄弟の遺訓に従い
士魂を発揮した。
それが世界の目に焼き付いた。


戦艦 三笠、戦艦 富士

日英同盟が無かったならばヤコブ・シフ
も日露戦争の戦費を出さなかった。
英国も世界的最新鋭艦三笠以下を売って
くれなかったであろう。
かくして日本は世界の列強に序列した。

そのことが僅か40年後、日本に悲劇をも
たらす。
秋山真之が起した「連合艦隊解散の辞」
を忘れたからである。
真実の歴史と謙虚さを忘れない事を。

ここに今を測るエピソードがある。
天明2年(1782年)、伊勢の商人、大黒屋
光太夫達がロシアに漂着してエカテリナ
に謁見した史実を井上靖氏が書いた
「おろしあ国粋夢譚」が映画化された。

ソビエト崩壊直後のサンクトペテロブル
クの協力で大規模なロケが行われたが、
その時の対外関係委員長がプーチンさん
であった事に機縁を感じてしまう。
5月27日に日露は今後の協定を結んだ。



さて、これをトランプ、近平さん、南北
は、どう受け止めたか?
明日からの展開を期待を持って見つめま
しょう。
子雀たちの未来の為に。




〈八紘を 宇と拓いて 豆ご飯〉放浪子
季語・豆ご飯(夏)

5月27日〔日〕晴れ
ここ3日間は世界中が極東に耳目を奪わ
れていただろう。
安倍内閣は兎に角、世界平和に全力を注
いで欲しい。

モリカケは守旧派の最後のあがきだ。
マハティールさんも、李登輝さんも、中
曽根さんも、最後のご奉公に動き出され
たようだ。さん付けで申し訳無し!

極東の安定が中東にも波及する。
それが、世界中の望みだ。