みちのくの放浪子

九州人の東北紀行

銀杏枯る

2017年11月30日 | 俳句日記

週末のしぐれ雨と、昨日今日の寒さで、
黄金色に輝いていた銀杏並木がすっかり
葉を落とした。

明日からは師走、今年も色々とあった。
四季の移り変わりと同じように、毎年巡
り来るものと、二度と戻らぬ出来事と。

この歳になると、もしも正月が来ないと
宣言されたならば、残りの三十一日をど
う過ごすだろうと考えてみたりする。

考えてみたところで、詮無いことなのだ
が、そう考えることが楽しみな処が歳の
功と言えるのかもしれない。

もう充分生きて来て望むものは無い。
智に働けば角が立つし、情に竿させば流
されるし、意地を通せば窮屈なものだ。

だからといって退屈することは無い。
葉を落とさず頑張っている楓や、

キンカンの実や、

トキワサンザシの彩りを見付けると、

飽きることは無いのである。
自然はいつも一緒に居てくれる。

〈銀杏落つ 舗道に名残の 別れ文〉放浪子
季語・銀杏落つ(冬)

11月30日〔木〕雨のち曇り
一昨日は、母の郷里飯塚の空自がPAC
3の発射訓練をやった。
明日は、大都市では初のミサイル避難訓
練が福岡市内で行なわれる。
時間が合えば参加してみようと思う。
なるほどと思えば、イザという時の一助
になるかも知れない。
それにしても「クソ‼️」である。
幼な子を胸にした若い母親や、子雀達の
登校風景を見るたびに武装したくなる。

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弾道ミサイルと難民

2017年11月29日 | 俳句日記

北鮮は、また撃ってきた。
今度の奴は、大陸間弾道弾だという。
これで、明らかにテイラーソンが言った
60日の停止条件付き対話は無くなった。

既に、一旦去った空母打撃群が再び極東
に集結しているとの報道もある。
米国が一挙に北鮮軍を壊滅させることは
簡単なことだと皆知っている。

但し、民間人の犠牲を最小限にするのが
難しいのである。
どのレベルかと言うと、あくまでも作戦
行動に於いての直接的被害に止まる。

つまりは、難民の発生によりもたらされ
る被害等は想定していない。
かかる場面は、韓国、中共、ロシア、そ
して日本が対応しなければならない。

そのことの根回として、トランプは歴訪
しながら了解を取り付けて行った。
韓国では、文在寅を蚊帳の外にして、軍
関係者とのみ会話したらしい。

中・ロは、既に軍の国境配備を終わって
いると言う。
我が国の自衛隊は?というと、各方面軍
内部で独自に想定し検討している。

だが、ここからだ。
春の緊張時にも書いたが、我が自衛隊は
正規軍同士の戦いには強いが、内乱、ゲ
リラ戦、武装難民への対応は、頗る弱い
らしいのだ。

そもそも、国内の工作員、侵入ゲリラ、
武装難民の数の予測すら立っていない。
政府に於いて統一された予測が立たなけ
れば、軍も警察も計画すら立つまい。

ならば我々国民はどうすればよいのか?
既に、難民らしき者が漂着しつつある。
国の指針がなければ、自らの自衛の為に
武装しなければなるまい。

野党は何をしている?
こんな時に、尚、モリカケか?
我々がどう心積もりしなればならないか
政府を質せと言いたい。

武装難民が百人上陸した場合、普通科の
自衛官が三十人いれば、立ちどころに殲
滅出来るそうだ。
但し、一般の市民や難民が居なければ。

一般人を守りながら戦うには、人の数の
五倍の兵員が必要なのだそうだ。
福岡市民は、百五十万人存在する。
全国民は一億三千万人である。

陸上兵力は十七万、内、普通科は九万。
ならば、二万人の工作員、在日ゲリラ、
武装難民が暴れ出したら一体どれだけの
市民が犠牲になるのか?

国際法上、非戦闘員をむやみに殺害した
場合は、戦時法廷で裁かれる。
ところが、ゲリラ、武装難民は軍人では
ないところが怖いのだ。

因みに、自動小銃で武装した相手に警察
の所持する短銃で対抗することは、日本
刀に果物ナイフで抵抗する様なものなの
だそうだ、銃器の世界での常識らしい。

百万とも二百万とも推測される難民は、
命からがらパニクって逃げてくる。
シリアの難民とは違う、徹底的に反日的
教育を受けた人達だ。

繰り返す、政府はどう対応するのか?
野党は、なぜ質問しない⁈
口にするのも恐ろしいのならば、我々は
只では手を上げない、武装する!

〈神籬や 神降ませ 忘れ花〉放浪子
季語・忘れ花(冬) 神籬(ひもろぎ)

11月29日〔水〕時雨れる
「和の国」日本には、もう一つの対応策
がある。
明治人に倣って、外人を親身に手厚く保
護することだ。
無論、多くの犠牲が払われる事になるで
あろうが、数百万の人々を救い、世界の
人々から尊敬されれば、日本が世界平和
を牽引する有難い国になるであろう。
陛下が、その先頭にお立ちになるかも知
れない。
その時は、その辺に居たいものだ。







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親鸞忌

2017年11月28日 | 俳句日記

「報恩講」「御正忌」「お七夜」とも呼
ばれる親鸞聖人の忌日法要の日である。
東本願寺は新暦、西本願寺は旧暦で営ま
れるが、聖人様はどうでもいいと思って
いらっしやることだろう。

法然上人が開かれた「専修念仏」に惹か
れて、お互いに法難に遭遇しながらも、
お二人がただひたすらに念仏仏教の布教
に努められ、衆生救済の道を歩まれた事
は、聖徳太子が目指された国体の本義を
具現なされたことに他なら無い。

しかも、お二人とも、自らが開祖となり
教団を設ける意思などもうとうお持ちで
なかったところが尊いのである。
浄土宗も真宗も、お弟子さん達が教団と
して組織し立ち上げたものだった。

最澄と空海の時代の仏教は、あらゆる学
問の府であり、政を補佐する所だった。
また小乗の教へは、仏の戒律を守り事績
の追体験から悟ものと信じられていた。

いち早く法門から下山して、衆生救済の
実践に努めたのが、行基や空海のような
学びの具象化を図る勧進聖たちである。
然し、大衆を度するには至らなかった。

世が乱れ、末世思想が蔓延する中で山を
下りたのが法然であり、親鸞であり、日
蓮である。
彼らは常に衆生と共に悩み、道を説く。

かくして仏の道は、我々日本人の血とな
り肉となった。

古い俳句にこんなのがある。

《野に山に 報恩講の あかりかな》普羅

親鸞聖人が配流された越後あたりでは、
数百年ののちも、こうした光景が見られ
たのであろう。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

〈敷島の 弥陀の教えや 報恩講〉放浪子
季語・報恩講(冬)

11月28日〔火〕晴れ
書くという事は、頭の中を整理すること
であると高校時代に教わった。
漸く今、実践していることが有難い。
飯を喰う為に書くのは当たり前のことで
誰にでも出来る。
鴨長明や吉田兼好も楽しく書いていたに
違い無い。
ま、程度の差はあるが。



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爾霊山(203高地)

2017年11月27日 | 俳句日記

「坂の上の雲」は、昭和43年から47年迄
産経新聞に連載された。
私の多感な高校・大学の時代である。
影響されない筈がない。

日教組の活動家であった高校の担任と、
良く口喧嘩をした。
どうも左翼思想を持つ人間とは、ウマが
合わない、今でも合わない。

だいたい、自分の生まれ育った国の歴史
を全否定する国民が、世界にどれ程存在
するのだろうか?
ソビエトだって、中共だって、都合よく
取捨選択しているではないか‼︎

あの当時は、そこら中そんな風が吹いて
殺し合いまで起こっていた。
私は、忽ち司馬史観に夢中になった。
今でも基本それは変わらない。

ところが、あの旅順攻略についての記述
については、戦史研究家の間で司馬氏の
誤解あるいは曲解が指摘されている。
203高地を巡る戦いについてである。

戦場は、明確な目的意識のもとでの理数
系の頭脳の総力戦である、感情を差し挟
むと戦は負けだ。
その点、乃木将軍に誤謬はなかった。

司馬氏が書いた秋山真之の意見具申や、
児玉源太郎のてこ入れは脚色だと言われ
ている、さもありなん。
小説の主人公は秋山兄弟と子規である。

にしても、乃木将軍を愚将の儘にして置
いてよいのか?
彼らはそう主張してやまない。
歴史雑誌を読んで成る程と思った。

数学者の岡潔先生は、高等数学は情緒で
解くと述べておられる。
つまりは、エジソンの言う1%の閃きだ。
人事を尽くした上での運とも言える。

海軍大臣の山本権兵衛は、連合艦隊司令
長官に東郷平八郎大将を選んだ。
明治天皇の御下問に「あいつは運の強い
奴ですから」と答えたという。

乃木・東郷という閃きと運を持った二人
のエポックメーカーによって、日本は植
民地に成らずに済んだのかも知れない。
113年前の今日、203高地の攻防が始る。

話は変わるが、スピリッチャルな世界で
は、運の強い先人が祀られた神社には、
運の強い霊魂が集まると言われている。
東郷神社も乃木神社もある。

もうすぐ正月、初詣のひとつに加えては
いかがだろう。
ただ近代の歴史上、最上級の運気がお集りになるのは、明治神宮で間違いはない。

〈寒復習 歴史に学ぶ 爾霊山〉放浪子
季語・寒復習(冬)

11月27日〔月〕晴れ
冬晴れの暖かさは有難い。
寒中での修行の辛さは、経験しないと
理解出来ない。
歴史の寒暖は時代の運命だが、修行すれ
ば多少なりとも理解が出来る。
有り難さが分かろうというものだ。


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寒湖水

2017年11月26日 | 俳句日記

春の湖面は、もじどうり「水ぬるむ」に
象徴されるように、どこかぬめりを持っ
て緩やかにうねる風情がある。

夏は、銀紙をくしゃくしゃにして伸ばし
て太陽の照り返しを受けたようなさざ波
のまぶしさが嬉しい。

秋は、澄み渡る空気と競うように澄み切
った水が、湖底まで懐を開いて小魚の生
態までのぞかしてくれる。

冬の湖面は寂しい。
特に今日のような水鳥の少ない日は、静
かな湖面に彼らが長く曳く波紋ばかりが
広がり、寂しさを増幅する。

珍しい光景を写真に収めた。

オナガガモの雌と思しき鳥に、ホシハジ
ロの雌が、つがいのように連れ立って行
動している。

先日、ホシハジロは迷鳥だと紹介した。
あの数百の群れはもういない。
逸れたのだろうか?
それとも女どうしの友情が芽生えたか?

寂しさが募る冬の湖にも、様々なドラマ
が生まれる。

〈シベリアの 思い出語れ 寒湖水〉放浪子
季語・寒湖水(冬)

11月26日〔日〕曇り しばし時雨れる
早朝は、殊の外寒かった。
ソフトバンクホークスには気の毒な天気
だったようだ。
なんでもいい、みんなが元気になるイベ
ントが、次から次と行われる社会は平和
で健全な証拠である。
すべての人が、無意識の内に幸せが欲し
い、嬉しい、楽しいと思えば、必ずそう
なるようにこの世は創られている。
ひとりが疑うと全てが失われる。

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