みちのくの放浪子

九州人の東北紀行

初音

2017年02月28日 | 俳句日記

 ここ連日の快晴ですな。とりわけきょうは雲一つ浮かんではおりませんで、いっぱいの青空。

さしもの西風もこのごろは息切れしちまいましてね、そよとも吹いてこないんです。

 南の方に目をやれば、春霞のむこうに蓬莱山かと見まがうばかりに、那須のお山が幽然と

お座りで、西には安達太良山が雪の肌のふくよかな両のお乳を見せつけなさる。

 

 こんな景色の中で銭勘定なんぞ出来る奴はいやしねぇでしょうな。出来る奴はまずこんな処で、

弁当なんか開いちゃいませんよ。それが人の世の道理だってもんです。分かっちゃいるんです。

 でもね、身も心も洗われるってぇのはこんな時じゃございませんかね。行き合わせたらラッキー

と思っても誰も怒りはしませんよ。機会があればどんどんお勧めしたいものです。

 

 んなこと考えていましたら、あろうことか突然ヒバリが那須を背景にひょいと立ち上がりまして、

あのきぜわしい鳴き声をあげながら螺旋状に昇り始めました。これを「揚げ雲雀」と申しますな。

 一年ぶりのお目見えです。え!こんなに早くってな調子で、慌てましたね。そうこうしてる内に

今度は、川向うからウグイスが啼くではありませんか。いやはや驚きです。いちどきでしょ!?

 

 ひょっとして、鳥にも組合ってぇのがありまして、美声部会かなんかで「今年は二月二十八日を

もって初音の日とします。みなさんよろしく」てな具合で活動が始まっちまったんじゃないかなんて

思いましたね。現にね、オペラ歌手のように音域の広いクロツグミも唱和していましたしね。

 こいつはこないだフライングしていましたけど。

 

 兎にも角にも、春告鳥(うぐいす)が啼き始めればいよいよ長閑(のどか)な春本番です。

 借金のあることを忘れることができるのです。漱石先生ばんざい!

 さあみなさん、火の酒を酌み交わし、ともに喜びましょう!!

 

 アイはどうなったかって?

 

 いましたよ。餌も与えました。ツグミもセキレイもスズメも来ましたよ。

 いつも以上に賑やかな朝食会でしたよ。

 ノスリは電線でこちらをじっと物欲しそうに見ていました。

 お天道様も、にこにことみんなを温かく包んでくれていました。

 

 でもね、アイの野郎がたらふく食べて満足しやがったら、

 さっさと私たちを残して帰っちまいやがんの。

 薄情な奴だってぇのが分かりましたね。

 

 そういえばカルガモの群れの方へまっすぐ行きましたんで

 そのなかに彼女でも出来たのかもしれませんけどね。

 それならそれで言いやいいのにね、みんな喜んでくれるのにさ。

 

 だけどきょうのところは許してやることにしました。

 と申しますのもね、アイが川の真ん中あたりに差し掛かった時、

 ちょうど、お天道様との反射角がこちらの位置と一致しましてね。

 あいつが起こす波紋が急にきらきらと輝きはじめたんですよ。

 

 まるで、奴が法輪に包まれているようでしてね、このまま天に

 召されるんじゃないかと思うぐらいに神々しい情景が現れちまった。

 ああ、あいつは今喜びの真っ最中なんだなと思うと、なんだか

 おい、色男うまくやれよ、なんて気分になっちまいやがったんでさぁ。

 

 と言う訳で、きょうは川の出来事に終始しました。あまりにも春がくれた情景が

アタシの物ではないような気がしたもんですから、悪しからず。=お後がよろしいようで=

 

     < をちこちに 風騒(ふうさう)惑はす 初音かな >  放浪子

 

二月二十八日(火)  快晴 微風

           これぞ春、ひばり立ち、うぐいす啼く

           那須は春霞、安達太良の白き頂

           大宇宙の正しき波動天に満つ

           シラーの「歓喜の歌」とこしえに


千代田のお城(江戸城)

2017年02月27日 | 俳句日記

 お江戸も春の日の日本晴れ、ただこの時期、北西からのからっ風が吹くのがたまにきずの

南関東でして、江戸名物の火事の多くは一月から四月のあいだに起こっているそうですな。

 263年間の江戸時代に、49回の大火事があったそうですが、7割がこの時分だそうでして、

あまり起こるもんで、この時期に婦女子を近在に疎開させるてなこともやってたそうですよ。

 

 八つぁんと熊さんの時代も御託にもれず、なんども火事が発生していたようです。

 

「きょうもえらく吹いていやがんなぁ、火でも出たひにゃたまったもんじゃないぜ」

「ああ、明和の『目黒行人坂の大火』の時にゃ俺っちも焼け出されちまったもんな」

「あれは酷かったな、九百三十町だぜ燃えちまったのは。亡くなったのが一万五千人だ」

「それも二月二十九日ときてらぁ。くわばらくわばら」

 

「今年の一月十日にも、去年の十月にも、おと年の七月にもあったじゃねぇか」

「なんでこんなに起こるのかね!? お前さんは大工だから儲かるかも知れねえが」

「言ってくれるね。度々起こるからよ、ご公儀が手間賃を限ぎっちまったんだぜ」

「そうだったのかい、知らなかった。すまねぇな」

 

 実際当時の物価水準に応じて、その時代、時代で木材や米、手間賃の統制などに

幕府も腐心してきたようでして、橋や奉行所、番所なんかの公共財の再築、さらには

武家屋敷や寺社の再築への助成金等の出費は半端なものではなかったそうですな。

財政難の幕府は、明暦の大火で焼け落ちたお城の天守も再建出来ずじまいでした。

 

「それはそうとよ、今晩でもこないだの話でご隠居のとこに行ってみねぇか?」

「そうだな、引力と摩擦だ」

「それによ、外国の情勢だ。あれは工藤さまがおもに話されてたろ、仏だの蘭だのって」

「それにエゲレスだ。ロシアも危ねぇってんだろ?」

 

「あんまり長い話だったんで、こちとら憶えていねぇからよ」

「今夜行こうぜ。きっとご隠居は憶えていなさる」

「千代田のお城の中で、いってぇどんな風に話し合いがされてるのかも知りてぇよな」

「ご隠居で分かるのかなぁ、あんまり詮索するとお縄になっちまいそうで怖えぇな」

 

 どんな時代でもことの事情が少しでも分かると、私ども下々は、お上がどうして居なさるか

気になってくるものでございます。そんなときに、時代の壁が少しづつ下々の風と共に開て

くることを忘れてはいけません。気付かないでいると大変なことになりますよ!

      =お後がよろしいようで=

 

      < 累卵の 危うき春や 千代田城 >  放浪子

 

二月二十七日(月)  快晴 風強し

           快晴なれど風強く川は断念

           断捨離のゴミを五袋出す

           朝食後ランドリーに向かう刹那

           立て続けに三本の電話、出鼻痛し

           洗濯待ちの間、大池公園で鳥観察

           こちらにも餌付け人あり 

              


新月

2017年02月26日 | 俳句日記

 毎度のお運び感謝申し上げます。今夜は新月でございますな。

 新月に願かけ致しますと願いが叶う、な~んて申されておりやす。たしかに月齢ってぇのは

新月から始まりますし、上弦の月が日に日に満ちてきやしてね、満月に至るってんですから、

験(ゲン)がいいことはいいような気が致しますな。

 

 ところがね、アタシのスピリチャルな友人が申しますには、日と月がピタッと重った瞬間の後

でないと願掛の効き目が無いんだそうです。と申しますのも今夜だからいいだろうじあゃ、月が

消えつつある時かもしれませんからな。満ち始めてなければいけない。そんなこと言ったって・・、

じゃあ効き目はないんですよ。ですんでね、次の日の早朝が良いんだそうです。お試しください。

 

「八つぁん、あの地球儀ってのかい、あれほんとかね?」

「ほんともなにも、菊池様がおっしゃっていたじゃねぇか、あれが世界だって」

「だけどよ、火の見櫓に登ってみねぇ、江戸の町はまっ平だぜ。お城の天守でも同じだと思うよ」

「だからよ、でっけぇんだよ。とにかくでっけぇんだってば。みねぇ、江戸なんてのは楊枝のさき程

もなかったろ。どころか日本があんなにちいせぇ島なんぞ思いもしなかったぜ」

 

「ほんとだよな。だけどよあの裏側の人たちは生きた心地はしねぇよなぁ」

「なんで?」

「下へこぼれっちまうだろ、海の水といっしょに」

「俺っちもそこのところは、どうにも腑に落ちねぇのさ。引力とかなんとか言ってなさったよな」

 

「そう、引力って言ってた」

「見えねぇ糸で引かれているんだとかなんとかおっしゃっていたけどよ、いったいどんだけの

糸がどこでこさえられているのかねぇ。それによ、マサ・・マサ、何とか言ってたな」

「マサツ」

 

「そうそう、そのマサツ。そいつがなければ鋸も鉋も挽けなきゃ、柱も立たねぇなんて

言ってたけどよ、じょうだん言っちゃいけねえぜ。鋸には目があるから挽けるんで、鉋にゃ

刃があるから削れるんじゃねぇか。マサツって野郎が働いているとこなんか見たこともねぇ」

「そうだそうだ」

 

「おまけに釘も立たねぇときてやがる」

「俺っちにも言わせてくんねぇか、そいつが働かなきゃ、まな板の上の鯉も捌けねぇだと!?

板の上から滑り落ちるんだったら、こちとらには目打ちって方法が昔からあるってもんだ」

「そうだそうだ、言ってやれえ!」

 

「まだあるぜ。オランダやエゲレスってえぇのは一万余里もあるってぇじゃねぇか。ほんとに

日本に来れるのかね。しかも海路だぜ、今来てるのは、たまたま流れ着いた船じゃねぇのか」

「千石船じゃ無理だとか言ってたよな」

「ああ、千石船は隅田川に入ってこれねぇと言うじゃねぇか、屋形舟でもあんなにデカイのに」

 

 どう考えてみても、まだまだ二人の悩みは尽きません。そこで、

 

「おい、ご隠居さんのとこへ行ってみようか」

「それがいいな。ご隠居は目を丸くしながらも頷いてなさったからよ」

「読み書きが出来なさるだけでも、俺っちとは月とすっぽんだ。分かり易く話してくださるぜ」

「そうだよ、ご隠居は俺たちの幟提灯だ」

 

 と、いうことで相談がうまくまとまりました。では続きはまた =お後がよろしいようで=

 

  < ぬばたまの 闇夜を照らすか 春灯(あかり) >  放浪子

 

二月二十六日(日)  晴 微風

           鳥とあそぶ、那須の峰々霊妙に聳える

           電話の多い一日、いささか疲れる

           2・26の日、

           大正時代の政治家の人の好さ、

           犠牲者に哀悼の意を捧ぐ

           獅子身中の虫に注意。

 

 

 

 

 


旬の春

2017年02月25日 | 俳句日記

 晴れた日のあさぼらけってぇのはいいもんですなぁ。

 「春は曙・・・」なんて王朝の女官が書き物にして残しておいでだとかで、昔の人でも

今の私たちでも変わらないのが天地自然のありがたみなんでしょうね。

 

 私は毎朝、神棚には祝詞、仏壇には般若心経を一巻唱えて、一日を始めることにして

おりますけど、今朝は、あんまり夜明けが綺麗なもんで旭日を拝もうってんで、神仏には

ちょっとお断りをして、先に阿武隈川へ出かけちまったんですよ。

 

 河原の水たまりには氷が張っていましてね、でも、ひところのような寒はございません。

手袋をぬいでいても、これが平気なんですな。霜柱はすこしは立っていましたよ。靴底を

とうして沁みてくるような冷たさは一向に感じません。橋の下なんかには根雪も残って

いるんですよ。でもね、ほんとに冬がどこかに行っちまったような心持でしたね。

 

 そうこうしておりますうちに、阿武隈高原の上の空がパーッと白く輝き始めると、稜線の

一点からろうそくの先っぽみたいに光が立ち上がり始めて、みるみるお天とうさんの丸い

お顔が覗きはじめましてね、ご来光と言いますけれど元旦だけじゃありませんな。この何

ともいえない有難さは、今日も生きてるってつくづく思い知らされましたよ。

 

 人間様がそうなんですから鳥も獣も同じようなもんで、彼らは何も言いやせんけど

心の内じゃとんでもなく喜んでいると思いますな。とにかく元気がいいんです。

 現に今日の川岸じゃ、コジュケイやクロツグミが啼くし、雉子はケンケーンと啼いて

川を渡り、カワセミは目の前を矢のように横切って、水門の奥に消えていきましたよ。

 

 川面には、いつものカモの群れやカイツブリに加えて、カワウが沢山いまして大賑わい。

でね、カワウってぇのは泳ぐ時に、どうしてああいうふうに同じ方向をむいてシンクロするん

でしょうかね?しかも、申し合わせたように一様に仰角35度位でくちばしをあげてるんです。

なんででしょうかね。こないだも書きましたけど。

 

 それはさておいて、もうじきヒバリは空高く鳴き上がり、トンビが天空高く舞いあそび、

川の土手にはたんぽぽや菜の花が黄色い絨毯をしきつめることになりますなぁ。

 平和で安心安全な旬の春が来るといいですね。 =お後がよろしいようで=

 

        < 良寛も 庵(いほり)をいでて 若菜摘み >  放浪子  

 

二月二十五日(土)  晴天 気和む一日         

           朝のお勤めもせずに川へ

           蒼天の旭日(きょくじつ)を拝む

           岸の氷は五ミリ、鳥の賑わい嬉しい

           春菊、大根、白菜を買う

           夕刻の気温は急落

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


梅一輪

2017年02月24日 | 俳句日記

 巷では二軒隣りの国で将軍様の兄上が暗殺されたの、遠国では戦さが続いているだのと

物騒な話ばかりですな。まだ海のむこうのことですので他人事のように思ってしまいますが

八つぁん熊さんの時代も同じようなもので、ほんの一握りの知識人だけが他人事ではないと

気付いておいでだったようです。

 

 もう早々と一仕事終えて、八が熊公をさそってご隠居さんのお宅におじゃまをしております。

 

「てなわけでしてね、菊池様がこんど築地の工藤様のお屋敷に案内してくださるんだそうで」

「それはよかったな。私もその地球儀というものを見てみたいものだ」

「ご隠居もご一緒なさいませんか?熊を連れて行くのはもうお許しをいただいているんです」

「へぇ、あっちも今から楽しみにしてやす」

 

「じゃがな、そう大勢でおしかけてもな」

「いえねそれが、その工藤平助さまと言うお方は偉い学者さんにもかかわらずあけすけで

らっしゃいましてね、芸者や太鼓持ちまでお呼びになるんだそうです」

「ほー、変わったお方じゃな」

「構わないからおしかけましょうぜ」

 

ということでそれから三、四日の後、三人は築地の工藤邸までやってきました。

「そこもとがご隠居であるか?」

「はい、左様でございます。田辺信行と申します」

「もともとは、どこぞの藩に出仕なされていたとか聞いておるが」

 

「はい、肥前島原の松平様の馬廻りでございましたが、寛延二年(1749年)に宇都宮藩に

入部されました際にお供いたしまして、安永三年(1774年)にお世継ぎの松平忠恕様が、

元の肥前に転封なされましたので江戸づめのままお暇を賜りました」

「左様であったか。宇都宮といえば蒲生君平という元気者が内に出入りしておる」

「ひょっとして新石町の油屋の蒲生でございますか?」

 

「そうじゃ、存じておるのか」

「宇都宮と申しましてもそうそう広い街ではございません。まして油屋となると限られます」

「そうだろうな。それは楽しみだな、かの君が来たときには紹介しよう」

「ああ懐かしいですね、もう二十年も前のことでございます」

 

「工藤先生、この者たちが大工の八と、板場の熊でございます」

「そち達が感心な町人どもか、菊池殿がそう申しておったぞ」

「へい、厚かましく参上いたしまして申し訳ありません。なにせ世界が知りたくなりやして」

「いや、一向に構わぬ。日本の現状は皆が知っておかねばならぬ」

 

 ここでまた、新たな出会いがありました。さあ、これからが楽しみになってまいります。

春はこれからという時分でございます。お屋敷のお壺(中庭)には一輪の白梅がポツンと

花を咲かせておりました。 =お後がよろしいようで=

 

      < 千早ぶる 神の御壺の 梅一輪 >  放浪子

 

二月二十四日(金)  早朝より小雪 一時晴れるも夕刻より雪

           終日風強く川へ行けず

           晴れたすきに買い物へ

           熊野神社の中庭に一輪の梅をみる