ここ連日の快晴ですな。とりわけきょうは雲一つ浮かんではおりませんで、いっぱいの青空。
さしもの西風もこのごろは息切れしちまいましてね、そよとも吹いてこないんです。
南の方に目をやれば、春霞のむこうに蓬莱山かと見まがうばかりに、那須のお山が幽然と
お座りで、西には安達太良山が雪の肌のふくよかな両のお乳を見せつけなさる。
こんな景色の中で銭勘定なんぞ出来る奴はいやしねぇでしょうな。出来る奴はまずこんな処で、
弁当なんか開いちゃいませんよ。それが人の世の道理だってもんです。分かっちゃいるんです。
でもね、身も心も洗われるってぇのはこんな時じゃございませんかね。行き合わせたらラッキー
と思っても誰も怒りはしませんよ。機会があればどんどんお勧めしたいものです。
んなこと考えていましたら、あろうことか突然ヒバリが那須を背景にひょいと立ち上がりまして、
あのきぜわしい鳴き声をあげながら螺旋状に昇り始めました。これを「揚げ雲雀」と申しますな。
一年ぶりのお目見えです。え!こんなに早くってな調子で、慌てましたね。そうこうしてる内に
今度は、川向うからウグイスが啼くではありませんか。いやはや驚きです。いちどきでしょ!?
ひょっとして、鳥にも組合ってぇのがありまして、美声部会かなんかで「今年は二月二十八日を
もって初音の日とします。みなさんよろしく」てな具合で活動が始まっちまったんじゃないかなんて
思いましたね。現にね、オペラ歌手のように音域の広いクロツグミも唱和していましたしね。
こいつはこないだフライングしていましたけど。
兎にも角にも、春告鳥(うぐいす)が啼き始めればいよいよ長閑(のどか)な春本番です。
借金のあることを忘れることができるのです。漱石先生ばんざい!
さあみなさん、火の酒を酌み交わし、ともに喜びましょう!!
アイはどうなったかって?
いましたよ。餌も与えました。ツグミもセキレイもスズメも来ましたよ。
いつも以上に賑やかな朝食会でしたよ。
ノスリは電線でこちらをじっと物欲しそうに見ていました。
お天道様も、にこにことみんなを温かく包んでくれていました。
でもね、アイの野郎がたらふく食べて満足しやがったら、
さっさと私たちを残して帰っちまいやがんの。
薄情な奴だってぇのが分かりましたね。
そういえばカルガモの群れの方へまっすぐ行きましたんで
そのなかに彼女でも出来たのかもしれませんけどね。
それならそれで言いやいいのにね、みんな喜んでくれるのにさ。
だけどきょうのところは許してやることにしました。
と申しますのもね、アイが川の真ん中あたりに差し掛かった時、
ちょうど、お天道様との反射角がこちらの位置と一致しましてね。
あいつが起こす波紋が急にきらきらと輝きはじめたんですよ。
まるで、奴が法輪に包まれているようでしてね、このまま天に
召されるんじゃないかと思うぐらいに神々しい情景が現れちまった。
ああ、あいつは今喜びの真っ最中なんだなと思うと、なんだか
おい、色男うまくやれよ、なんて気分になっちまいやがったんでさぁ。
と言う訳で、きょうは川の出来事に終始しました。あまりにも春がくれた情景が
アタシの物ではないような気がしたもんですから、悪しからず。=お後がよろしいようで=
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二月二十八日(火) 快晴 微風
これぞ春、ひばり立ち、うぐいす啼く
那須は春霞、安達太良の白き頂
大宇宙の正しき波動天に満つ
シラーの「歓喜の歌」とこしえに