みちのくの放浪子

九州人の東北紀行

年惜しむ

2018年12月12日 | 俳句日記


12月12日〔水〕晴れ 木枯し吹く

ここ暫くの冬曇りと昨日の冷たい雨が街路のイチョウの葉を一斉に落としてしまった。
冬晴れだった今日は、木枯しが吹いて枯葉をカサカサと吹き寄せていた。

もう日中でもマフラーが離せない。
小学校の低学年までの子雀たちは、寒雀のように
皆着膨れして、それがまた可愛らしい。
可愛らしいと言えば、写真の姉弟の姿が撮れた。

イオンの食品売り場での事。
母親がレジ袋に買物品を詰めている間、この姉弟
はじゃれ合って遊んでいたが、弟がおんぶをせがむとお姉ちゃんが実に自然体で背負った。

昔は兄が妹を、姉が弟妹をおんぶする姿をよくみかけたものだ。
兄が弟を背負うのは滅多に見かけなかったように
思う。

私にも六歳離れた弟がいる、そう言えばおぶった記憶はない、同じ年の従妹は背負った。
年下の女の子はいたわるものだとの思いがあったような気がする。

女の子が弟妹を背負うのは、やはり母性の現れなのかも知れない。
いずれにせよ背負うという行為は情操教育上悪いものでは無い。

双方の記憶に残るものは、いたわりの温もりであるからだ。
この二人にもいつまでも残って、仲良く人生を歩んでいく事になるだろう。

「ちょっとこっちを向いて」
といきなり声を掛けたので二人ともビックリ顔で写ってしまった。
「仲が良いね〜、お姉ちゃん好き?」
とたたみかけたら
「うん!」と笑顔になった。

安心すると同時に遠い記憶が甦り、別の意味で歳を惜しんでしまった。

〈子雀に 重ね来たりし 年惜しむ〉放浪子
季語・年惜しむ(冬)

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“冬はつとめて。‥‥”

2018年12月11日 | 俳句日記

清少納言イメージ

12月11日〔火〕終日の雨

“冬は、つとめて。‥‥”(つとめて=早朝、翌朝)
副詞の「つとめて」ではなく古語の名詞である。
あとはこう続く。

“冬は、つとめて。雪の降りたるはいふべきも
あらず。
霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、
火など急ぎおこして、炭もて渡るも、いとつき
づきし”

「冬は、早朝がいい。
雪が積もっている様は言うまでもない。
霜が白々と降りている朝でも、そうでなくても、
たいそう寒い朝に、炭火を急いでおこして、炭壺を持って行き来するのは似つかわしい光景だ」

広い宮中で、女官たちが炭火を部屋ごとに配って
いる様子を書き起こしたのだろうが、独り身には
その様な感慨は無い。
今朝はただひたすら寒かった。

急ぎストーブに火をつけたのは“つきづきし”かっ
たであろう。
が、直ぐにまた布団に潜り込んだ。
お湯が沸く迄はいつもそうする。

「枕草子」の第一段“春はあけぼの”の冬である。
因みに春夏秋冬を並べると、

春は、あけぼの。
夏は、夜。
秋は、夕暮れ。
冬は、つとめて。

となる。
学生時分に返ったつもりで、それぞれ検索をしてみると心が豊かになりますよ。

俳句を詠む女性は、やはり清少納言の観察眼を学んでおられるようだ。
諧謔に力点を置くと「徒然草」が愉しい。
男性は漢詩や古典随筆を読んでおられる。
どなたも、和歌はさらなりである。

つらつらと、そんな事を考えているうちに二度寝
をしてしまった。
登校する子雀たちのはずんだ声に起こされた。
彼らの声を聴くと元気が出る。



〈登校の はずむ命や 冬の朝〉放浪子
季語・冬の朝(冬)


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世界人権デーとチベット・ウイグル問題

2018年12月10日 | 俳句日記

習近平主席

12月10日〔月〕晴れ

習主席のテロ未遂があったらしい。
日本のマスコミには一切書かれないが、海外メディアはトランプ大統領の関税攻勢に関連づけて報道しているとか。

米国は、ペンス副大統領の九月の大演説以来、貿易関税に加えて、ウイグル民族に対する人権弾圧を中共弾劾の国内世論形成に加えた。
これで五つの矢が揃った形だ。

①.南シナ海の不法領有
②.貿易不均衡
③.知財侵害
④.チベット・ウイグル人に対する人権侵害
⑤.北鮮に対する国連決議違反、である。

特に今回のウイグル問題は人権にうるさい米国民
にとっては有無を言わさぬ弾劾の矢となる。
国内ばかりでは無く国際的にも合意形成を得易い要素だ。

こうなると習近平主席は身動きが取れなくなる。
主席としての資質を問われることにもなる。
被弾圧民族からの矢と、中国共産党内の矢に狙われる状況が生じても宜なる哉である。

今日は世界人権デー。
国際情勢は緊迫の度を増しつつある。

〈数へ日の 穏やかなれと 祈る哉〉放浪子
季語・数へ日(冬)
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ヴェノナ文書とコミンテルンの戦略

2018年12月09日 | 俳句日記

スターリン

12月9日〔日〕冬曇り

昨日は、アッケラカンとした開戦当日のことを耳にした儘に書きましたが、あれは母の郷里、福岡県飯塚市のその日のことです。
他の県や地域ではもっと違っていたでしょう。

特に、軍人を多く輩出した城下町等では、辻々で万歳が叫ばれていたのかも知れません。
軍港や駐屯地のある街も違っていたはずです。
ただ、誰も四年後のことは知りませんでした。

もう一つのエピソードがあります。

戦後間もない頃、母は編物教室に通ってました。
そこの生徒さんの中に、他県から嫁に来た人が居らして、その人は日本が去年まで戦争をしていた事を知らなかったそうです。

何でも大分県の山奥の育ちだったとか。
多分電気は通って無い、まして、新聞など贅沢なシロモノは届かない、そんな山村なのでしよう。
アメリカの映画にもそんなシーンがありました。

ことほど左様に、私たち庶民は日常生活以外の事には関心を示さないのが普通です。
そこにある日、突然米軍が上陸して来た沖縄や、原爆が落ちた広島や長崎の人々は本当に気の毒でした。

大衆にとって戦争は突然目の前に現れるもの。
その昔は領土や富を巡って、次に宗教が火種となり、百年ほど前から思想が火種となりました。
第二次大戦は主義主張の戦いでもありました。

資本主義対共産主義、自由主義対全体主義、民主主義対絶対主義、植民地主義対民族自決主義等、
そしてさらに、人種差別、宗教などが複雑に絡みあった戦争でした。

本来私達の日常には関係の無いことです。
私達は私達の日常が自由で、豊かで、安全であれば主義主張などどうでもいいこと。
その事を保証してくれればどんな主義でも良い。

ところが国や、民族や、地域の垣根を越えて自説を押し付けてくる主義者が現れました。
それがヒットラーであり、レーニン、スターリン
毛沢東、そしてルーズベルトです。

そのことによりあの大戦がますます分かりにくく
なりました。
結果はスターリンの独り勝ちになったのです。
日本は負け組に入りました。

それから米ソの二極構造が長く続きます。
そして、ソビエトが崩壊し中共の台頭。
米中の覇権争いに見える今の状況は、実は第二次大戦の後始末なのです。

そんな中で“ヴェノナ文書”が注目されています。
米国が1995年に開示した諜報に関する公文書で、第二次大戦の原因が読み解ける資料です。
4、5年前から専門家の間では一部書籍として発刊
されていますが、翻訳本として出るようです。

ネットで検索すれば概要が分かります。
このブログをお読みになっておいでの方はレベル
が高いので直ぐにお判りになると思います。

「えっ!何でこんなことに?」
となる前にご自分の日常を少し離れて、歴史を振り返り真実を知っておきましょう。
皆様の将来の対策を講じる為に。

〈慌し 師走にさらに ヴェノナ哉〉放浪子
季語・師走(冬)






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ヴェノナ文書と日米開戦

2018年12月08日 | 俳句日記

開戦を告げる大本営発表

12月8日〔土〕晴れのち曇り

その日は晴れだったようです。
母の記憶は少し定かではありません。
開戦の大本営発表も聴いてはいないそうです。
両親は夜が明けぬ内から作業場に出ています。

三ちゃん営業の食品製造を営んでいたからです。
いつもの様に自分で弁当をこしらえると、明けやらぬ内に商店街を抜けて銀行に向かいました。
母は下っ端の女子行員でした。

「満智子ちやん、おはよう」
「あっ、お早う御座います」
「今度はアメリカと戦争になったね」
「えー、そうですか⁈」

毎朝店の前を掃いている顔見知りのおばさんとの
会話です。
銀行に着くと早速掃除をして、窓口業務の準備をしていると男の上司達が出勤して来ます。

普段から謹厳で無口だったそうです。
その日も無口で開戦の事など話は無かった。
六十を超えた幹部となると日露戦争の従軍経験者ばかりでした。

それだけで10代の母達は畏怖をしていました。
このおじ様達も母達も、生まれた時から戦争のさ
中に人生を送っている人達なのでした。
だから全てが日常なのです。

死んでいく人は気の毒なのだけれども、それがこの世だと思っているのです。
だって比較するものがありません。
世界中がそんな時代でした。

どうやら戦争と言うものはそう言うものです。
死んだ人々は運が悪かったと思うのです。
当時の日本の人口は約8000万、軍人・軍属・民間合わせて310万人の犠牲でした。

欧州では各国数千万単位で亡くなっています。
中共も一千万以上が犠牲になったと言ってますがあれは日本の敗戦後の国民党と共産党の戦いの犠牲者を加えているらしい。

その後も毛沢東は「もし核戦争で中国人民が5億人死んだとしても、あと3億人は残る」と豪語していたそうです。
為政者の考える戦争とはなんなのでしよう。

明日は、ヴェノナ文書で明かされ始めたソビエト
共産党の策謀の一端を書いていきます。
戦争とは何か、思想とは何か?
これからの世界を考える上で、人類共通の認識として知って置くべき事柄だからです。

パールハーバーにて

〈恥じるべき 歴史では無し 真珠湾〉放浪子
季語・真珠湾(冬)




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