85歳になる伯父が骨折し、入院していると聞き、お見舞いに行ってきた。
その途中で、昼食を食べに秩父市内の「ポエトリィカフェ武甲」に寄って来た。
このカフェは、詩をテーマにしたカフェで、店内には詩を中心とした本を始め、数多くの文芸関連の
本が置いてある。
また、店内の中には地域の画家の作品を展示できるようなコーナーもあり、いつ来ても落ち着いた、
気品溢れる空間と時間が流れている。
半年振りに訪ね、マスターとおのずと今回の震災の話になった。
店のすぐ近くにある、秩父市役所は老朽化のため、かなり被害が出たので心配したが、この店は特に
被害はなく、太宰治の『人間失格』の本が数冊落ちただけですんだとのことだった。
今回の震災が、これまでの戦後日本の歩んできたあり方を、大きく変える契機になるということでは
共通の認識だった。
自然の恩恵や驚異、日常の平和や電力などの文明の享受が当たり前ではないこと、大震災という悲劇を
通して、私達は多くの事に気づかされた。
たった昨日、さっきまで、当たり前のように生活し生きていた家族や友達、故郷が一瞬にして失われて
しまう。これは、紙一重で命が助かった人にとっても、「私が私であること」の喪失(剥奪)である。
人は一人では生きられない。このような体験をした方が孤立していたら、完全に発狂してしまうであろう。
恐らく、被災し避難所に今現在避難している人10万人以上、また家に戻れても多くの被害を受けて、
これまでとは異なる生活を余儀なくされている人達は更にそれ以上の人数である。
「私が私であること」を取り戻し、これからも生きてかなければならない私達は、この震災を共通の
体験とし、人々がつながっていくことが必要なのだ。
谷川俊太郎などを呼んで朗読会などを開催している、この「コミュニティ・カフェ」の「発信力」の
事を以前にブログにも書いた。
8月6日の長崎原爆の日には秩父在住のイスラエル出身の方を囲んで、平和を考える集いをカフェの
イベントで行なう予定との事。
「ポエトリィカフェ武甲」では、大震災を契機に、これからも新たな発信をしていくであろう。