今回のツアーでは、被災者の話をいくつか聞くことができた。
ツアーの中に、石巻出身で18歳まで石巻で過ごしたNさんがいた。
また、三宅島が噴火し全島避難した時に、三宅島で小学校の先生をやっていたAさんがいた。
女川では、被災体験の語り部として、バスツアーに協力している人の話を耳にした。
大川小学校では母子像の式典に出会い、多くの保護者が参加していた。
南三陸では、遠藤未希さんのご両親の話を、偶然聞く . . . 本文を読む
23日(日)は、牡鹿半島から南三陸にかけて、バスによる被災地の視察研修をさせていただいた。
牡鹿半島は、東北地方太平洋岸で有名な、リアス式海岸の一番南端に当たる。
リアス式海岸の地形は、湾の奥に行けば行くほど、津波を大きく増長させる。
私の記憶では、最高到達点が38メートルとなった、岩手県の場所があったかと思う。
牡鹿半島から南三陸町までは、湾の入り江毎に小さな漁村が軒並み津波の被害を受けてい . . . 本文を読む
10月21日(金)~23日(日)にかけて、宮城県牡鹿半島の鮎川に震災ボランティアに行ってきた。
鮎川はホエールランド等があり、かつては捕鯨の町として有名だった。
元は牡鹿町、合併後は石巻市に編入されており、東日本大震災の震源地である、宮城県東方沖に
最も近い。この辺りは、地震により、東へ5キロ移動したとのことだ。
この鮎川も東松山震災ボランティアの会のツアーなのだが、東松島便と異なるのは、埼玉 . . . 本文を読む
本日、東松山市の松山中学校体育館で「つながろう!絆(きづな)」というテーマで、
宮城県東松島市の菅原節郎さんをお招きして、被災体験談を聞いた。
この企画は、東松山市地域性か粒地域づくり支援課と人権推進課の主催。
協力として、もちろん東松山震災ボランティアの会も一枚噛んでいる。
菅原節郎さんは、合併前の鳴瀬町議会議員から、合併後の東松山市議会議員2期目の議員さんである。
東日本大震災で被災、避難所 . . . 本文を読む
富山県氷見の甥の結婚式が、昨日10月9日あり、家族で参列してきた。
妻の姉が氷見に嫁いでおり、その長男という事もあり、遠くから従姉妹も含め親戚一同が勢ぞろいした。
相手の奥さんは、岡山県の出身。そちらの親族も遠くから集まった。
連休中好天で、一年でも一番過ごしやすい最高の天気だと、父に当たる義兄が言っていた。
大学時代のサークルの先輩後輩ということもあり、また地元の友人や職場の同期が会を盛り上 . . . 本文を読む