出版屋の仕事

知識も経験もコネもないのに出版社になった。おまけに、すべての業務をたった一人でこなす私。汗と涙と苦笑いの細腕苦労記。

慣れ

2009年08月06日 | 出版の雑談
5月に新刊を出してから、自社の本の仕事を全然していない。納品や営業などの日常業務ではなくて、原稿を読むとかコメント送るとかそういうことなんだが、タイミングの関係でパッタリ。著者サイドで進んでいる段階なので、別に問題はない。が、しばらくそういう状態が続くと、遊んでいるような気分になる。

組版用のパソコン環境(こないだアップデートしたので、普通の編集プロダクション並みではなかろうか)を休ませている状態なので、ちょっと他社の手伝いなんかをするようになった。休耕田を利用して…みたいな話だが、出版業もなかなか難しいので、タイミングさえ合えば請けていこうと思っている。

その絡みでつき合っている人がすごい。

再販制度がない(緩い?)国での出版の経験しかないそうで、取次口座はない。これからとりたいとは言っていたが、日本での慣習を知らない人がよくやるように、出版者コードはとってあった。将来、書店流通できるようになったときのために、普通に流通する本のようにバーコードやスリップをつけることにした。で、そのへんのアドバイス(とデータ制作)をしてくれという話であった。

業界内で取次口座の話が出ると、必ず「実績」や「出版業を続けていける証明」の話になる。最近「出版社になりたい」人たちと会う機会が多かったので、私もそういう話を結構した。まずはきちんとした計画を作って取次にコンタクトしてみて、ダメなようなら「実績を積む」ために発売元を探すのか直接取引していくのか…とか、そういう話である。

ところが、この人はそんな話にはまったく興味がない。「委託販売のありがたみはわかっているが、口座がとれたらの話」というスタンスで、納品はどうするかとか新刊登録はどうするかなど、どこ吹く風である。普段、流通関係など(編集以外のこと)でいろいろ教わっている人間としては、話を聞いていてその辺りが不安でたまらない。

が、博物館にくっついたグッズショップみたいなところでの販売とか、今まで関わってきた人たち(結構な著名人もいた)からの「本が出たら10冊買う」などの応援をベースに、まずは5000部刷ると言う。

他の人なら、無謀だとかイマドキの出版情勢を知らないなどと思ってしまうところである。実際、同じようにノリノリで始めて死んでしまった会社も、いくつか知っている。

ところがこの人の話を聞いていると、「あんたならできるかもしれない」と思えてくるのである。それも、書店との直接取引とか読者へ直接売れるコアな本とかそういうことではなく(それもあるが)、単純にこの人のパワーなら…と思わせられるのである。

この人が5000部売り切るのか、あのノリで取次口座も獲得するのか、そして出版社として発展していくのか、それはわからない。

が、「素人には難しい業界」なんていう縮こまった常識や小姑みたいなうるささをモノともせず突き進んでいくパワーがある。そういうものに久しぶりに接して、自分は何かを忘れてしまっていたような気になった。実際は、うちは押しの強い知人に助けられて取次口座をとれたのだし、私自身「なりふり構わず」的な積極性には縁がない性格だ。が、よくわからなくても何とかやっていた頃には、「ちょっと違うけど似たような」パワーはあったような気がする。

業界に知り合いも増えてきてみっともないことはしたくないが、慣れのせいで縮こまっていてはいけない。少なくとも精神的には、こういうパワーを持ち続けないといけないなと反省した。

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