MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『ミッドナイト・イン・パリ』 60点

2012-06-11 23:51:56 | goo映画レビュー

ミッドナイト・イン・パリ

2010年/スペイン=アメリカ

ネタバレ

脚本と小説の不明瞭な違い

総合★★★☆☆ 60

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ☆☆☆☆☆0点

ビジュアル ☆☆☆☆☆0点

音楽 ☆☆☆☆☆0点

 主人公のギル・ペンダーはハリウッドで売れっ子の脚本家であるが、簡単に消費されていく娯楽作品の脚本の執筆に嫌気がさしており、小説家になるべく婚約者のイネズを連れてパリのやってくる。いつものように主人公のギル・ペンダーとは本作の監督であるウディ・アレンの分身であり、アレンは映画よりも小説の方が高級と見做しているために芸術の都であるパリで修行するという企みなのであろうから、ここでは既に語り尽くされたようなことではなく、「脚本と小説」というテーマに絞って書き記しておきたい。
 ギルの処女小説のタイトルの「Out Of The Past」は‘思い出’を売っている店の名前であるり、実際に、ギルは1920年代や1890年代のパリにタイムスリップすることになり、著名な芸術家たちと邂逅することになる。アーネスト・ヘミングウェイの紹介で、ギルは自身の処女小説を、パリで画家や詩人たちのためにサロンを開いていたガートルード・スタインに見てもらうことになる。スタインはギルの小説を褒めた上で「何故、主人公は彼のフィアンセが知識をひけらかすような男と浮気をしていることに気がつかないの?」と疑問を呈する。つまり本作『ミッドナイト・イン・パリ』はギルが執筆している小説であることが明かされ、映画の脚本よりも小説の方が高尚と考えているギルを装ったアレン自身が、本作の‘ハードル’を一気に高めてしまうのであるが、その志とは裏腹に、例えばパリという舞台設定ならばアレンでなくても、良い画は撮れるであろうし、有名人の偽者を次々と登場させれば画面が映えることは間違いなく、他方で、ギルがルイス・ブニュエルに新作の脚本のヒントになるプロットを与えたりしており、明らかに『皆殺しの天使』(1962年)を観ているギル自身が何故ただの娯楽映画にならない高尚な脚本を執筆しないのか疑問が残る。
 さらに問題だと思われる点は、ギルが書いた小説をなぞってストーリーが展開されている本作のラストシーンにおいて、フィアンセのイネズと婚約を解消することになったギルが、偶然橋の上で再会したガブリエルと、‘雨が降るパリ好き’という点で意気投合するという平凡なオチで終わらせているところで、確かに小説のタイトル「Out Of The Past」は「過去を越えて」という意味ではあるが、これではギルが嫌っていた娯楽映画のワンパターンのオチと変わらず、高い志が本作に全く反映されておらず、実はアレンはギルではなく、衒学趣味のポール・ベイツの方ではないのかと疑ってしまう。それとも‘この程度’でアカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の両方の脚本賞を受賞したということで、皮肉屋アレンは内心「してやったり」とほくそ笑んでいるのだろうか?


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青い大型バックの謎

2012-06-11 18:07:17 | Weblog

寮からタクシーで逃走か=長距離避け、神奈川東部に潜伏?―高橋容疑者・警視庁(時事通信) - goo ニュース

 スーパー近くで青い大型バッグを持ちタクシーに乗り込む高橋克也の姿が写っていた防犯

ビデオの映像がテレビで流されていたのであるが、映されていたものは高橋の足元と買った

青い大型バックだけだった。高橋の部屋からは防犯カメラの性能を特集した雑誌が残されて

おり、かつてオウム真理教の諜報省に在籍し、その後は防犯カメラに映っていないところから

察するならば、これは防犯カメラに青い大型バックだけを故意に映させた可能性が高い。

青い大型バックというイメージだけを人々の記憶に残させて、実は高橋はこのような場合の

ためにあらかじめ買っておいた別のバックを使用して逃走しているように思われる。


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