私達は、日本人である事をどう思って、日々生活しているのだろうか。
「血」はまぎれもなく日本人である。
先祖がいて、守護霊もまたそれを叫ぶ。
言い逃れの出来ないこの事実を、心でどう受け止めているのだろうか。
「日本人であること」が、嬉しいのかあるいは嫌なのか・・・
好き嫌いを言う前に、私達は「日本人」を知っているのだろうか。
そして、「日本の心」を知っているのだろうか。
私は、ほんの一端ではあったが、この守護霊の言葉、一つ一つの
中に、日本人の心をみたと思っている。
彼らの語る一言一言に、これだけ違う時代を生きている我々の魂に
なぜこれほどまで深く響くのだろうか。
そして、なぜ納得できるのだろう。そして、なぜ分かるのだろう。
「大和魂」といえば、あまりにも古めかしすぎるだろうか。
武士道に生きた人であれ、王道、帝王学にのっとった人であれ、
「人の生き方」や、「道」は、こうであるといわれた事には、違いを
感じない心がある。日本人だからだろうか。
それもある。しかし、それをはるかに越えて等しく「人」であったという心の
琴線にふれるのではないだろうか。
現代に、武士道は似合わないかもしれないが、「武士道」に人の道が
ある限り、今のわれわれをも、引きつけてあまりある内容が充ちていると
思える。
時代を越え、立場を越え、日本人の魂の叫びを真っ向から受けるべきは
日本人のわれわれである。
とりわけ、血統圏の誰かであろうことは、当然の理である。
同じ血が流れているその人の心には、必ず同じ思いが伝わり、
分かり合えるはずである。
言葉を選びに選んで語ろうとする、霊界人達の思いは、わかってもらえるための
最大の愛の表現であり、努力であろうと思われる。
やさしさも、情緒も、思いやりも、覚悟も、全部なくした現代のわれわれに
それでも分からせようと、切々と訴える彼らの想いに、ただただ手を
合わせる。わかってあげられなかったら、許してください・・・と。
すこし前に読んだ本の中で、次の一節があった。
『日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でただ一つ、
どうしても生き残って欲しい民族をあげるとしたら、
それは日本人だ。』
大正末期から昭和の初めにかけて、駐日フランス大使を務めた
詩人のポール・クローデルの言葉だそうである。
(「国家の品格」から)
感激の言葉でもあり、恥ずかしい言葉でもある。
その当時の日本の心は、かくあったのだろうか。
そして、今日は・・・。
守護霊とともに二人三脚をして生きる暁には、きっと堂々と
胸を張って、「日本の心」を表わし、「ポール・クローデル」氏の言葉を
身に受けてあまりある日本人となって、真理を携えて、この世界を
本格的に救える民族となりたいものである。
そして、私は声を大にして、言う。
「霊界は最後の望みを、今あなたに託した」と。
日本の将来が、輝かしい希望に満ちたものであることを
切に願っています。
「血」はまぎれもなく日本人である。
先祖がいて、守護霊もまたそれを叫ぶ。
言い逃れの出来ないこの事実を、心でどう受け止めているのだろうか。
「日本人であること」が、嬉しいのかあるいは嫌なのか・・・
好き嫌いを言う前に、私達は「日本人」を知っているのだろうか。
そして、「日本の心」を知っているのだろうか。
私は、ほんの一端ではあったが、この守護霊の言葉、一つ一つの
中に、日本人の心をみたと思っている。
彼らの語る一言一言に、これだけ違う時代を生きている我々の魂に
なぜこれほどまで深く響くのだろうか。
そして、なぜ納得できるのだろう。そして、なぜ分かるのだろう。
「大和魂」といえば、あまりにも古めかしすぎるだろうか。
武士道に生きた人であれ、王道、帝王学にのっとった人であれ、
「人の生き方」や、「道」は、こうであるといわれた事には、違いを
感じない心がある。日本人だからだろうか。
それもある。しかし、それをはるかに越えて等しく「人」であったという心の
琴線にふれるのではないだろうか。
現代に、武士道は似合わないかもしれないが、「武士道」に人の道が
ある限り、今のわれわれをも、引きつけてあまりある内容が充ちていると
思える。
時代を越え、立場を越え、日本人の魂の叫びを真っ向から受けるべきは
日本人のわれわれである。
とりわけ、血統圏の誰かであろうことは、当然の理である。
同じ血が流れているその人の心には、必ず同じ思いが伝わり、
分かり合えるはずである。
言葉を選びに選んで語ろうとする、霊界人達の思いは、わかってもらえるための
最大の愛の表現であり、努力であろうと思われる。
やさしさも、情緒も、思いやりも、覚悟も、全部なくした現代のわれわれに
それでも分からせようと、切々と訴える彼らの想いに、ただただ手を
合わせる。わかってあげられなかったら、許してください・・・と。
すこし前に読んだ本の中で、次の一節があった。
『日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でただ一つ、
どうしても生き残って欲しい民族をあげるとしたら、
それは日本人だ。』
大正末期から昭和の初めにかけて、駐日フランス大使を務めた
詩人のポール・クローデルの言葉だそうである。
(「国家の品格」から)
感激の言葉でもあり、恥ずかしい言葉でもある。
その当時の日本の心は、かくあったのだろうか。
そして、今日は・・・。
守護霊とともに二人三脚をして生きる暁には、きっと堂々と
胸を張って、「日本の心」を表わし、「ポール・クローデル」氏の言葉を
身に受けてあまりある日本人となって、真理を携えて、この世界を
本格的に救える民族となりたいものである。
そして、私は声を大にして、言う。
「霊界は最後の望みを、今あなたに託した」と。
日本の将来が、輝かしい希望に満ちたものであることを
切に願っています。