霊界の門 ・見えないものの力

霊界や因縁から、現在の自分をみつめ、「見えないものの力」を味方にしましょう。

パラオが再び騒がしくなる日

2015年03月30日 | 心霊現象
あんなに寒かった冬もようやく終わり、春がきたようです。
靖国の桜の花の「開花」をもって宣言されるほどに、日本の国は「春」と「桜」を待ち焦がれて今日まできました。
そしてそんな「今日」という日を待ちわびた「人達」が、他にもあることを忘れてはなりません。


昭和で言えば、今年は90年。戦後で数えれば「70年」となる。
その区切りからなのでしょうか、天皇皇后が来月4月8日から「あのパラオ」を訪問されるという。
待ちに待った「彼ら」(玉砕した兵士の霊達)が、どれほど喜んでいるかがうかがえるというもの。
その報道を兼ねて、大勢の報道陣がパラオの地を踏むであろうし、さらにまた野次馬をも兼ねて心ある者無い者がわんさと訪ねていくだろう。
「何事もない」ことを、ひたすら祈る私である。

今からもう十数年も前になる「私のパラオの旅」の時でさえ、あんなことが起きたのだから。
ましてや「天皇皇后」のご訪問である。
何も起きないわけがない、と言ったほうが当たるだろう。
が、「それ」は悪い事を意味してのことではない。
彼らの歓喜が、どのような形で出るかの問題である。
パラオの国自体は親日であれば、大事はないとみる。
しかし「それ」を、再び日本が戦争を正当化しょうとする意図と見れば、なんかしらの「なんくせ」をつけたくなる「輩(やから)」が現れてもおかしくはない。
それが「個人」か「国」かは分からない。が、屁理屈はなんとでも言えるし、何にも都合よく張りつく。
強く希望されたと聞く「天皇皇后」のパラオ行き。
霊界はどうみているのだろうか・・・。
ここが一番の関心事となる。(あの世などくそくらえの者には、ナンセンスだろうが)
「彼ら」の魂は、今どこで何をしているのだろう。
日本の国民を70年間も見守り続けてきた彼らの心は、はたしてその結果を何と出しているのか。
前に私が書いた「こんな国にするために、我々は命を捧げたのではない!」と、もしも今でも思っているのだとすれば・・・。
ある意味において「70年経た時」の重い審判が、今下されるはずである。
しかし、「その想い」つまり長い間心はあれども訪ねることが叶わなかった「天皇皇后」の彼らに対する積年の思いはすでに伝わり、さらにすでにその審判は受けておられよう。
残るは日本人つまり日本の総国民への心の在り様に対しての「審判」だけの問題である。
明治天皇の御製を思い出してほしい。
また、そのひ孫?とやらの「池田氏」の皇室とはの質問に対しての答えを思い出してほしい。
先の御製は、国民を「我の生みし子なれば・・・」と結んでいる。
つまり「罪あらば、我を咎めよ天津神~」で始まる歌の内容である。
皇室は親であり、国民を我が子とする日本の国の出発を物語る内容であった。
ひ孫殿の答えは「こう」だった。
「皇室とは祈る人のところです」と。
始まりから終わりまで、この国と国民の安寧をひたすら神(天照大御神)に祈る日々を務めとした、日本の長(おさ・国父、国母)たらんとした。
天皇のこなされる行事は、大半が国民を代表しての神への催事がほとんどである。
こうして「日ノ本」といわれた国、つまり「日本国」は存続して今に至っている。

「70」という数字が何を意味するか・・・。
世界に向けての日本が背負った宿命(あるいは使命)は、この「70」が表している。
皆様も思い出してください。
「7」は何の数だったか。
サタンが持つ「6」を越えなければならないという「7」は、神の「成る」という希望の数、つまり完成数でもある。
これからの日本は、この「7」を土台にして再びの国造りを目指さなければなりません。

天皇皇后のパラオ行きは、単純に行きたくなったから行くという衝動的な気まぐれではないということであり、歴史的必然に由来するであろうことを、国民の私達も意識しながら、目に見えないが確かに在る存在「霊界」の皆様を強く意識しつつ、ことの行く末を祈り、見守りたく存じます。



戦後は忘れられていく。
そして昭和も忘却の彼方へ消えようとしている。
若いヘルパーがね、「美空ひばり」をよく知らないという。
「時間」という形無きものが、あれよあれよという間に私達を離れ離れにしていくことさえ、気にしない時代を迎えた感がある。
この先高齢者社会が増々進む日本は、私なぞが入るスキは無くなっていくだろう。
いやもうすでに無いのかもしれない。
よしんばあったとして、介護をされる側にまわった時。
歌う歌も「わからないもの」では、心のふるさとを失ったまま生きていくようなものである。
軍歌もいずれ誰も歌わなくなるだろう。
超未来的(将来的)には、「非平和的」なものは淘汰されてきっと良い時代の要因のみが残る日がくるだろう。
が、そこまでに辿りつくために味わった数々の「忘れてはならないもの」をしっかりと後世に残して教訓にすることが今生かされている者たちの「使命」でもある。

再び、いや三度になるか・・・。
忘れてはいけないあの「因果経」を思い出しながら、今日の日を噛みしめてまいりましょう。

  『 今日起きているこの果を知らんと欲せば、過去の因をみよ
    将来起きる果を知らんと欲せば、今日の因をみよ  』


まっことこの世は、因果なことでございます。





1 コメント

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Unknown (mira1965)
2015-03-30 16:22:19
久しぶりの更新ですね。お元気そうで
安堵しました。心配していました。

激戦の末、
父の叔父が亡くなったインドの
ライマトルヒルを思い出しました。
歴史に埋もれていく地名です。


先日
miwaの歌う並木路子の
『リンゴの歌』に
感激しました。若い人の
解釈の斬新さに驚きました。
美空ひばりとて、
また見直されます。きっと。
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