5月15日 (木)
1991年,街の建築が始まり人口は中心地に80万人住み
13の大学・1750の人の為の国際大学が1校
街全体が建設ラッシュです。
9時とゆっくり出発ですが、風も冷たく小雨もパラついて・・・・
8日間暑く、まして地域的には此方の方が暑いといわれてたので
夏物しか用意してない人が多く、口々に『寒い・寒い・・』
私は、懐炉も用意してあり、手拭いをマフラー代わりにして出発。
タルクチカ・バザールは、月曜休市・木・土・日が混雑するそうですが
《絨毯》はとても安価だが、国外へ持ち出すことは禁止。
すご~~~い人出で、繁盛してるように見えます。
買うほどのものは無いので,ヘヤーピースを@500円で買入。
ランチは、ロシア料理
ソースに日本のわさびを使用したり、ピンクガリを添えにしてあります。
又、又国立博物館へ。
(写真は 博物館)
カメラ・VTRの撮影料が3倍に値上がりして、25ドルになって
今まで写してた人達もさすがに誰も支払わない・・・
私は、ちなみに一度も写していないので。
此処の見学も退屈~~~~の一言。
それでもまだ、二棟建設中でした。
産業として天然ガスは勿論、綿花を製糸にしてGパンを製造し輸出、
又、国際的な学問を身に付けるよう推進し、国内で取得した資格が
海外でも使えるように取り計らったり、
文化・スポーツ(サッカー・バスケット)等も・・・・
税金はタダ、
医療費は給料の半分は取られるので、医者へ行く人が居ないそうです。
再びニサの遺跡を訪れますが、も・う・私はた・く・さ・ん・・!
ホテルへ戻りサウナで休憩後、マッサージを受けて快適!!
5月16日 (金)
今朝も7時発の便で1時間マリイ州へ
人口120万人、街には40万人が生活する 2番目の都市。
カラクム砂漠の中央に位置し、
サマルカンやブハラ、イランの中間点に位置し、
隊商都市として栄えた、メルブの遺跡を見学する為で
機の窓から、砂漠がズーッと続く・・・緑が少しずつ・・・
区画された田畑が・・・・工場の煙突から煙が・・・・
平屋・土壁の家並みが・・・そんな所へと降り立ちます。
何処へ行っても、カメラ・VTR代が値上がりしています。
見渡す限りの荒野の中に霊廟・城址・仏教寺院跡・・・etc・・・
歩いて周るのには広大過ぎるので、バスに乗ったり、下りたり・・
オアシスが在ったのでしょうが、今は干上がって
所々に「いばら」や「アザミ」が有るが
岩塩となって地上に浮き上がっています。
採ろうと思って入ってゆくと底なし沼のように靴が・・埋まって・
見て取れるようなものではなくって・・
最後は6~7世紀のキズカラ。
ここにも一つの伝説があります。
[城には王子は大勢いましたが、王女はたった一人だったので
王は大事に育てた為、30過ぎても嫁ごうとしませんでした。
そこで問題を出します
『此の城に りんごを投げ入れる事のできる強い男となら
結婚します』 と
其の後、誰がやっても、高い城に届きませんが、
たったひとり・・その男のりんごだけが届いたのです!!
そうです、
りんごには、糸のようなものがくくり付けてありました。
王女は勿論彼と結婚しましたとさ~~]
知識を活用する知恵ある人は、いつの時代にも存在するんですね。
ランチ後からフリータイム、
夜は、民族舞踊を見に行くのですが、私は、また パス。
明日トルクメニスタン~ウズベキスタンへと国境を越えるので、
お金を計算して申告しなければ・・・
* * *
4日間だけの滞在でしたが、今日中之島へと戻ってゆく娘・・
いつもの事ながら帰ってゆくのは、本当にいやなものです。
ワンコの陸・風も雰囲気がわかるのか、くっついて離れません。
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