魚河岸女将の地球探索(勝手に専務)

地の隅々まで 旅しながら ・・・

 終の棲家を探し・・・

   生きるって・・・

アララト山と東トルコ遺跡の旅 (その4)

2006-10-30 03:59:10 | Weblog
   
  またまた快晴、満月で星も美しい。
 今日の行程はエルズルム迄340kmの移動、其の前にイシハーンにある
 グルジン教会迄ミニバスで~きっと険しい山の上に建ってるのだろう・・
  やっぱりそうだった。 25分ぐんぐん山肌の荒れた土砂の道を登り
 緑が見え始めたところが イシハナの村、
  西暦900年頃 グルジア人によって建てられた教会_ 
   のちにモスクとして利用、今はドームだけが健在。
  標高2千mなのにリンゴ園があって 大きなザクロやアーモンドが
   なってて 水も清いのでクレソンが・・・・
    クレソンの名が思い出せなくって3人がかりでやっと・・・
  リンゴ園に一人入れさせてもらうと それまで静かだった牛が
   (ウン~~もオ~~ ウン~~もオ~~) 
   牛も犬のように 番犬ならぬ 番牛になるんだァ~~

 ランチの後 一路エルズルムへ
  中心部250000人 近隣合わせると560000人の人口
  標高1,853m アナトリア最大の文化商業都市で、 来年には
  都市ガスも引かれるが、夕方には石炭を燃しているあの匂いが・・・
      懐かしいですねェ
   信号機もロータリーもあって そう遅くない日に
     イスタンブールに負けない都市が出来上がるだろう・・・

       :         :
  309のキーで部屋に入り、自分流に模様替えし風呂も入り
 ビールが飲める状態になったので、バーで2本貰って戻ったら・・・
  「えッ? 私の荷物は?」
   もしかして308だったかも・・・って
  キーを受け取って入ったものの  また  違う・・・・
  「えッ? それじゃあ私はどの部屋に入ったんだろう??」
    狐につままれたみたいだァ~~
 添乗員の方が 「部屋の型は?」  私が 「入って右手に風呂」 と
 答えると 「きっと311だと思う、シャワーの音がしてたから」
    そうでした。
  でも何故キーが開いたんだろう?
  開いてたのかも知れないね  きっと。
 大きなミスをして酒井さんに階段を昇ったり下りたりさせて
       御免なさい。

  久しぶりに持参のカレーとQチャン、こぶの佃煮の夕食。
 
    10月10日(火)
  天気予報は曇り・・・雨ですが・・白い雲は多くなりましたが
            青空は広がって 今日も良い天気です。
 エルズルムの市内を歩いて ヤクティエ神学校へ
  800年も経過してるのに今も博物館として使用してます。
  他の施設、興味ないので入らず p t t (郵便局)へ行ってから
   散策してたら 横丁のような町に魚屋さんが一軒だけあり
    ケースに氷を入れ、魚の名前と、キロ単価が、入っており
       とっても 綺麗でした。
  今迄魚屋は 汚くて、臭くて、誰も買って帰る人が居なかったけど
    この店は お客様が入れ替わりで切れる事が無い。
   魚を食べないんじゃなく 汚いから買わないんだーと思いました。

  ランチの後 黒海の港町トラブゾン迄330km ひたすら走り続ける。
 岩山の木々、畑の草、道路のポプラ・・・上のほうが色付き始めてる。
    寒くなると、冬になるのが早いのでしょう・・・
 牧草も積み上げられ、燃料にする牛糞も積み上げられ、
   すべて来春までの用意が整えられ
     「何時きてもいいよ!!」 って 言ってるようです。
 
  バイブルトの町を経てケムシュハネの町を抜け まだ100kmも・・ 
 険しい岩山にトンネルを建設中で大型トラックが往来し交差するため
  少し走っては止まり・・しばらくすると雨がウインドウに当たりだし
  下山始める頃、 ガスが立ち込め 視界が悪くなってきた。
  「トラブゾンの天気は変わりやすいって 言ってたとうりです。」

 明日?  勿論  快晴ですよ!!
   最後の日まで 雨が降るわけ無いですよ!!

   p.m 5時50分 家々に灯りがともり始めたトルコは 
  西も東も時差が無いので 日暮れが 早いです。
    五つ星ホテルです、
  ハマム(サウナ・あかすり)に行くのでビールは飲みません。
     部屋に戻ってきても 汗が噴出して・・・・

    10月11日(水)
  雲が低くなってますが雨は降らないでしょう。天気が崩れない内に
 トラブゾンの街と黒海が一眺できる ボズテぺの丘へ
   黒海とは、飛行機から見ても黒く見えるので
    この名前がついたそうです・・・ (?????)
  バスで1時間走り、ミニバスに乗り換え25分、下車後、登山道、
 階段、など 歩き登ること12~13分 (私の足で・・・)
  ビザンチン帝国時代に彫って造られたという スメラ修道院へ。
       とても 美しかった。
  が、 私は どうでもいいので、一人で 下山する。
   バスでは見えなかった細かいところが見え、森林浴や渓流が
     すがすがしく  晴れ晴れとした気分になりました。

   今は亡き 笠 智衆の弟さんが
 「貴方は 幾つですか??  18歳?」と 質問されて大笑い。

  p.m 4時早く着いたので 皆さんそれぞれ 賑やかな街へ繰り出し
     思い思いの時を 過ごしたと思います。
 車、市営バス、民間バス(ワゴン車)これが安くて何処からでも乗れて
    何処でも 降りれて便利なので ドアーを開いたままで
      飛び降り・・・飛び乗り・・・車間距離 1m です。
  其の合間をぬって横断するのも japan ! の 見せ所です。

  外で 雷がなってます 傘をさす事なしの13日間
 素晴らしい 添乗員に恵まれて とても 楽しい旅でした。
 
   今夜は 最後の夕食 皆で 乾杯です!!

     10月12日(木)
  a.m 10時 トラブゾン空港~イスタンブールでトランジッタ
   其の間に エジプシャンバザールでランチとショッピング
   何も買うものが無いので ブラブラしてたら 魚売り場に
    ジンタ鯵のキラキラした新鮮なものが 一キロ480円・・・
      買いたかった!! 
  買ったら その場でタタキにしてビールで・・・
     なんて考えたけど、手が 洗えないので我慢する。

    10月13日(金)
 成田予定どうりの到着でしたので 家にはp,m 2時に着きました

    *       *       *
  今年は 9回目の海外旅行でしたが 年内はもう 終わりです。
 今日は 御蔵島へ出発です。以前にも挑戦したんですが 
  潮、風、桟橋、いろいろな条件が合わないと上陸できない
   難しい島ですが 明日は 八丈島から飛行機なので
    大丈夫!!
  では 行って参りま~~す。

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東トルコとアララト山遺跡の旅(その3)

2006-10-29 05:53:37 | Weblog
 アララト山と東トルコ遺跡のたび (その3)

    10月6日(金)
 A,m 6時近く迄ぐっすり就めてカーテンを開けると 標高1727mの
   位置のバン湖に 朝の光が差し込んで 青黒く、ゆったり波紋が
 広がってく。 (海) と 表現してるのが 解る気がする。
     今日も 快晴です。
  
A,m 8時出発し 急坂を歩いて高さ80mのバン城へ。
 紀元前855年 長さ1800m、幅120mの岩山に建造されたもので
         360度の眺望。 
  バン湖には名物の猫が居て 片方がブルー、片方がゴールドの目で
    バン湖で泳ぐのが 大好きで 虎のように歩く。
  バン湖は琵琶湖の6倍あり 3つの島があり、その一つの島は
     アルメニア教会のある アクダマル島に船で渡り・・・・
  これで 世界の島 66島達成!!
 ところで   余談ですが・・・
  琵琶湖にも 多景島、竹生島、沖の島、の3つの島があります。

  この島から戻った船着場の前のレストランで 炭火で焼いた
 鮭の稚魚のような魚の塩焼き・・・ダンボールで仰いで・・・
    久しぶりに美味しい ランチでした。

  午後 謎の王国と言われた ウラルト王国の首都、
 チャウシュテぺの遺跡には カメの中に小麦が保管され残ってたり、
 貯蔵庫、貯水槽、など今も残っているのは 高いところに造られた事、
   洪水が無かった事で 保存がよい。
 
  次のホシャプ城は、城門だけが 頑丈に残っているが
 鉱石が多いからなんだろう・・・紫、緑、茶、黒、の山は風化してて
       今も 手で摘むと 崩れ落ちてくる
  それ程の年月を要せず 姿を 消すであろう・・・・。

 P,m 5時 予定より早く戻れたので 部屋でゆっくり過ごす。

  窓の外、バン湖の水面の水鳥も家路に戻るのだろう・・一羽、二羽と
    夕陽が輝き始めた青い空を 舞い立っていく・・・・・
      刻がゆっくり 流れてゆくのを感じる。

      10月7日(土)
  今日も素晴らしい快晴 星がイッパイだった。
 聖書を学んでから いつの日にか必ず訪れたいとの 願望が叶う日です。

  アララト山は大、小、と二つ並んでて箱舟があるのは 大の方で
 登頂許可は1~2ヶ月前に申請して許可が下りてから、 頂上迄3日
 かかる上、盗賊に会う可能性もあり 必ず 沢山の食料とガイドを
  連れていくように・・(昨年も 1人死亡してる)

  チャルディラン迄2時間 トイレ休憩しドウバヤズイットへ向かうが  
 此処からの景色が変わり始め 険しい 山々へ 入ってゆく。
 左手に溶岩の塊・・・鬼押し出しのよう・・、右手にイランからの
  都市ガスの黒い20㎝位のパイプが引かれたり 見張り台もあって
      国境の近い事を感じさせる。
  国境ではパスポートの提示を求められるので記録したものを
    ガイドさんが 渡していた

 雪のかぶったアララトの峰が  重なる山々の峰を越えて
  目に、飛び込んできた。
   今年の新雪 一週間前に降ったそうです。

  ___現地ガイドの話から___

 トルコは18歳で働き5000日で退職、再度働くと 年金と給料の
 両方が貰えるので 裕福な生活が出来ていたが、法律が変わって
 60歳定年制となり、寿命も65歳位なので損だと言う国民が増えている。
  年金も保険も国営。
 過疎化した都市へ勤務する人には 給料が三倍支給されるそうです。

  ランチは今日泊りのホテルなので トランクの片付けも終え、
 二台のミニバスに分乗し イシャク・パシャ宮殿(1865m)
どんな立派な造りでも 人が住まなくなると廃墟
       少し上の方から撮った写真の方が良かった。           
  其処から 40分程走って ノアの箱舟の地へ。

 アララト山は大、小、と二つある、 其れを背にして山の中腹に
  ????度傾斜しての造影、見る人により舟に見える。
  確かに舟形である・・・が 聖書の記述 創世記6章14節~
  長さ300キュビト、高さ30キュビト、広さ50キュビト
  方舟・・・・とある。
 
 ナショナルパークの中の数ある書の中で たった一つだけ
 {箱型} として記載してあった所だけ写真に撮ってきた。
    まだまだ 調査中だそうです。

 その後、イランとの国境2km程の場所に隕石が落ちて出来た
  深さ60m、直径35mのぺティオホールを見学   帰途も
   国境では戦車が数台置かれ 銃を構えた兵士が車の下を
           鏡でチェック・・・・
    こんな荒地を獲得して何の得があるのだろうか?
  兵士は 若く可愛い男の子達で バスが去る時 
   上司に見えないように 小さく 手を振ってくれた。

 p.m 4時30分 ホテルに戻り 街へビールを求め歩いたが
           汚い街。
 p.m6時 アララト山にかかってた雲が取れて 雪をかぶった
      全容が 見えました。

 夕食に 添乗員の酒井さんがソーメンを茹でて下さり 
                      海苔も付いてた、  
      どうも有難う  すご~~く美味しかった!!!

     10月8日(日)
 快晴です。雲も風も無く 午前中北上しアルメニア共和国に近い
        カルス迄の旅です。
  標高1770mの所に位置し 人口50000人~60000人
  ロシアの色を残すモダンな街(リトルロシアと呼ばれてる)

  ランチの魚、開いて1匹と半分唐揚げ・・とっても美味しかった!
 
   此処から東へ45km、
 アニの遺跡は 紀元前5000年~西暦1921年迄 いろいろな国の
  支配下となっての興亡が続いたが、落雷にあって崩壊した教会、
  モスク、城、ハマム、街並み、の跡が残っているだけだが
  アルメニア国との境界で シルクロードの道でもあり 誰もが
       咽喉から手が出る程、 ほしかったのだろう。
   バスに乗ったら 一人帰ってない・・・ えっ?
    ガイドと添乗員と探しに戻って・・・
  40分ほど遅れての 出発  でも よかった!!

  昼間は25℃~27℃汗をかくが 夜になると4℃まで下がるらしい
 p.m5時 夕陽が西に低くなり始めた頃 街の家々からストーブに
          火を灯す煙が何本もあがっている
   私達の子供の頃も こんな風景を見ながら・・・・
  ; 蛙が鳴くから か~~え~~ろ    とか
  ; さよなら三角又来て四角~~~

・ ・・・皆 母さんの作る夕食と 「お帰りィ」の言葉がほしくって
       駆け足で 帰ったっけ・・・・


  昨日の街と今日の街とでは 雲泥の差がある程  美しい!!!
 街路樹も紅葉してチラホラと葉が落ちて ヨーロッパの街並みのようで
      東トルコに居る事を忘れさせる。
   女性4人でスーパーで買い物、レジの男の人がしゃべってて
    ノロいので チェンジするよう言って その男の人には
     商品を袋に入れるように と 指示しても 手を休め・・・
    言えば手を動かし・・・の繰り返し・・・
  集合時間に遅れちゃうので  私が
  「日本なら 首よ!!」 って 首に横に手を・・
     其の動作をしたら 解ったらしく 店員達が皆笑い出し
    閉店間際の店内が 盛り上がる。

 *        *        *

10月9日~(その4)は 又 後日載せます





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アララト山と東トルコ遺跡の旅(その2)

2006-10-28 06:12:47 | Weblog

      10月4日(水)
  今日も快晴です。もっと寒いと考えての冬支度が多く、
 日中の暑さは夏支度でいいので 組み合わせには 頭をひねる。
  女性1人旅7名がテーブルに付き、
     名前覚えの達人、向ヶ丘の川上さん。
     国連の誰かさんに似ている?、佐藤さん。
     松坂慶子に似ている(本当に) 右山さん。
       出口さん、松本さん、雨宮さん、
          賑やかで会話に盛り上がった朝食でした。

  ディヤルバクルのptt(郵便局)で捺印し、ウルモスク、
4本足のミナレット、万里の長城に次ぐ城壁を見学し、市内観光は
終了。 道行く人が、私を「美しい~~」と 声をかけてくる。
   「目立つわね~~大貫さんは~~~」との声が・・・・

 此処から 100km先のマルディンの街へ。
ドライバーさんも道で出逢った名古屋に住んでたと言うトルコの男性も
 「此処は美しい街です」 と 絶賛してた。
ランチの後、城壁に囲まれた街を歩く 食品、パン、香辛料、
菓子、生地、洋品、靴の修理、・・・間口1~2間、奥行き3間位の
店内に溢れんばかりの商材が 並んでる・・・・、
オリーブ石鹸1個@80円、皆、買ってた。
  散策してるとカメラを私に向けて 「撮ってもイイ??」

  街の郊外にあるサフアン修道院は 掃き清められて美しく
 整えられてる。此の土台の部屋は 
西暦36年キリストの弟子パウロがアンテオケから伝道に来て
此の地の人々をキリスト教に改宗させていったが、
それまでは 太陽を神として崇めていた所だった。
(マタイによる福音書28章19節) 、
行って 全ての人々を弟子とし・・・・・
   此処は1932年迄ギリシャ正教会の中心地であって
    今もお祈りはアラビア(アラーム語)でおこなわれている。
     其れは イエスキリストに見習って・・・・

  夕食は又部屋食で、 明日も快晴です。

      10月5日(木)
A.m,8時出発し トルコで一番大きな(海)と呼ばれてる
バン湖迄470km、途中アララト遺跡にも立ち寄るが
完全なる移動日。  アララト山に 又 近ずいた。
 雲ひとつ無い青空に、なだらかな茶系の山並みが 街を囲み
  とても穏やかな・・争いなど感じさせない・・静けさ・・・

  チグリス川18000m、ユーフラテス川2,700m(水が多い)
 此の2つの川の間の三日月地帯が、メソポタミヤ文明として栄えた、 
 エデンの園があったと聖書に記されている所・・・
    (創世記2章8節~15節)
 此の辺りはよく洪水がおきたので 土手で囲んで畑を作った為
  作物もよく実ったし 楔形文字も此処から発生し
  文字を使うようになって、教育レベルが上がり発展
    人口もだんだん増加するに従って
      上方=トルコの地域へと住みついてきた。
 
イランはイスラム教国であるが、アラビア文字を使ってはいるものの
  ペルシャ文字を取り入れたもので純粋なものではない・・と
    
文字の書き方ですが             
 日本や中国は筆なので上から縦に、ヨーロッパ・アメリカは
 ペンなので左から右へ、 もしも、右から左へ書いていったら
 手が字の上をなずって 紙面が汚れてしまう。
   では、アラビア文字は?
 ノミと金槌で掘ってたので 右手に金槌、左にノミが
 普通の人の持ち方なので、右からとなる・・な~~るほどね。
  日本語50音、アラビア文字29字、オスマントルコ36字。

 鎖国を守ってきた国はアルバニアとプータンの2カ国だけで
  アルバニアこそ、イスラムの国だそうです。

 トルコの地形は緑が30%、岩山が70%・・・
    そんな地形が理解出来るような景色が広がり 
  海抜1700m迄 バスで進んでくると 岩山に家が建ってる。
    煙草畑が続く。 
日本人がトルコの葉で作ってトルコで販売してる とも言ってた。

バン湖は火山の爆発で堰きとめられて出来た湖で、深さ120m
冬は、マイナス30℃位になるが 全体に氷結する事はないそうだ。
 ソーダーが多く含まれてるので洗剤無しでもきれいになるし
   シャンプーして リンスは、いらないそうです。

バン湖を右に見ながら、1200年頃栄えた アフラトの街の墓地、
 権力、地位、財、のある人ほど立派な碑を建てさせ、
  自分の存在してた事を 子孫に伝えるためだけど・・・
   今日でも同様なことは見られますが
 全て、いつの日にか 忘れられるに 至る。
    (伝道の書 9章5節、)

  今、生きてるその時を 大切に生きたい
    (伝道の書 9章9節10節)
 バン湖をピンク色に変える夕陽がとても 美しい!
明日も快晴、 大きな月が昇り始めた  明日は満月かな~~
 
 プールサイドに設けられて バンドが入っていたので 初めて
 夕食に行ったのに、バンドは帰ってしまっていた う~ん残念。

吉武さんのご主人が「大貫さんの鍛え方は普通じゃないー!」って
 別に 特別に鍛えてなんかいないのに・・・

 10月6日~は また 次に載せます。

    *      *      *
 実は 此処まで2回打ったんです 間違えて消しちゃって。



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自分の働きによって・・・・

2006-10-27 04:59:21 | Weblog
 私のところでは 玄関前、車庫、庭、の簡単な掃除を
 少し障害のある人の施設にお願いしてもう2年位になるかなァ~
  川崎市の北部にありますが
 普段は私達 家の者が立ち会ったことは無いので・・・
 今日たまたま 私が居る時庭の木を切っていただいたので
 一部始終見てましたが 職員の方が2名、他に3名
 年配の職員さんを 「おとうさん」 と呼び
  彼の支持の元 「はい!」「はい!」と大きい声で返事をして 
 明るく、手を抜くことなく、働いていました。

  彼らに任せてよかった!!ッて思うのは
 小さい葉っぱ1つまで 綺麗にしてってくれますし
 心が 汚れてないので 安心していられます。
  ジュース一本ご馳走しても とっても喜んで
 大きな声で
  「どうも ご馳走様です、いただきます。」 と
 
  冬を迎える前に 庭木も人間も沢山の 太陽の日を浴びて
 新しい芽を出す、其のときの為、今やっておかなければ成らない事
     余分なものは 捨て去り
     吸収出来る時 栄養を取って
     我慢しなければならない時は、耐えて
     春になったら 一気に芽を出していく

 人間も同じだと思う。
  テレビで派手な芸能人を見てると憧れて
 自分もあんな生活をしたい!!ッて考えてしまうけど
  皆、誰も、自分の働きによって得たもので
    楽しみ 生活してゆくものです。

 今冬かな? って、思っているなら 芽が出たら一気に
   花が咲くように 今 必要なことを吸収してください。
   其の為には、遣りたい事も 少し我慢して・・・
       水をやったり 雑草を抜いたり・・・
      やらなければ成らないことがイッパイです。
 しかし、
   春になったら きっと素晴らしい芽がでるでしょう!!
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東トルコの旅日記(その1)

2006-10-26 04:24:41 | Weblog
 10月1日~13日アララト山と東トルコの遺跡の旅へ

長いので一度に掲載出来ないので、分けて載せていきます。
    10月1日(日)
 成田12時50分、トルコ航空にて12時間30分のフライト
時差6時間、古都イスタンブールにp.m7時30分に着き
イスラム教の ラマダンの時期でした。

    10月2日(月)
 カジアンテップへ向かうためa.m6時30分のフライト、着後、
明朝登るネムルート山に近い街、カフタ迄 観光しながらの一日。
アナトリア南東部=中東的の小高い丘に囲まれた茶系の空港と街。
 グルド人が全体をしめて農業で生計を立てている。
ガジアンテップの人口100万人、ピスタチオの産地で
木をたたいて落としレモンか酢に漬けて、乾して仕上げる。
ラルファに向かう途中チグリス川を渡るが昨年西トルコに来たとき
同じ店で トイレ休憩だった。
 午後、アブラハムの生誕の地と聖なる魚が生息する池・・・
ここも二度目なので 一人 ブラブラ・・・
 1トルコリラ=約80円
メソポタミアとは、チグリスとユーフラテスの間という意味だって。

 ハランの遺跡に向かう道の両側は綿花で、真っ白な畑が続く・
1つずつ手で摘むけど、早朝に摘むひとが多いそうだ。
それは、朝露が付いて目方が重く計量してもらえるから・・・
 何所も一緒だね~~ しっかりしてる。
 
 ハランの遺跡の地にアリ塚のような家を訪ねたとき
女5人、男5人の姉妹の一人が
 「綺麗なので娘さんか??」と聞いてと ガイドさん
 「男2人、女2人のグランドマザーですよ」
お化粧してほしかったようで??
 「ギブミー」
時間が無くって御免ねやってあげたいけど・・・・

 その後北上し、キャフタへ向かう途中日没頃に
アタチュルク・ダムに到着、   本当に沈む寸前!!!
思わず 「わーー素晴らし~~~!!!」
チグリス川を活用した、世界最大のダム、22箇所あって
1時間に89億キロワット、26kmのトンネルを通して
ほかの街へ供給、 一日ダムを止めると2センチ水位が上がり
1時間とめたら イラクの国は 干上がってしまうそうだ。
8つの州と2つの川、・此のお陰で1800万人に仕事が与えられ
給料も2倍になったので、生活も潤うようになったそうです。

 予定より30分早いホテル到着、私だけ部屋食で・・。
世界3大美食??のトルコ料理・・・大、大、だいっ嫌い!!!

*トルコはブルガリア・ギリシャ・グルジア・イラン・イラク・
  シリア・アゼルバイジャン(飛び地)に囲まれ
  中東では 4番目に大きい国だそうです。

    10月3日(火)
a.m2時起きて、3時30分ミニバスでネムルート山へ。
昨年4月は夕陽を、今回は朝日を、何時もの様にトップで山頂へ
快晴なので懐中電灯を消すと星が手に取るように目の前に・・・
星座の勉強をしていたらもっと違う楽しみ方があったろう・・
標高2150m 6時20分 地上に何が起きようが・・・
人に何が起きようが・・・何にも影響されることの無い
強烈な存在・・・太陽!!!
何時ものように東の空を赤く染め乍ら、
暗黒の空を白状させるかのように明るさを増してくる。
ぐんぐん冷え込む夜明けを知らない おばちゃん達(?)に
思わず声を掛けてしまう
 「日の出の冷え込みは普通以上なので、タオル。スカーフで
  首の周り、頭など冷やさないように包んでください」って
 添乗員の酒井さんが(登頂おめでとう~~!)って
お赤飯のお結びを配ってくれた 黒ゴマいっぱい振って・・・
     美味しい~~~~。
ここは何度来ても良いもんだね きっと神の存在に近い場所
・ ・・だからかも知れない。

 山頂の遺跡ライオン、鷲、・などの頭が乱雑に座しているのを
横目で チラ?して下山する。

 その後 アルサメイア
此の地はネムルートの王の時代より古く、首都があったところで
地下150mの冷蔵庫等もそのまま残ってた。
 続いて13世紀の城跡のイエニカレ、ジェンデン橋、
   カラクッシュ(墓)を巡ってホテルでランチ。

 ホテルへ戻り部屋のキーを受け取るので各自ルームナンバーを
ボーイに伝えてるのに、私には言う前に手渡してくれたので
 「覚えていてくれたの? 有難う!!」と言うと
後ろのほうで
 「え?! 差別だ~~~ァ」

 午後はチグリス川の沿岸にあって人口80万人の町
ディヤルバグルへ向かいますが、フェリーでダムを渡ると15分
道を走ったら2時間30分かかるらしい・・・・
 ダムには魚がイッパイ生息してて、爽やかな風に包まれて・・
あッっという間に到着です。
 今日のホテルの隣には大きなスーパーがあり
ビール大瓶190リラ(152円) 安いよね!!
 今日も部屋食、どうせ美味しくないもの。
p、m7時就寝、夜中星がイッパイでした明日も良い天気です。


* ******** 
トルコは学校18歳まで無料、医療費もタダ、税金は給料の3割
トルコ系80㌫、グルド系20㌫、種種の問題を引き起こすのは
此のグルド系の中のわずか5000人位だという。
 イスタンブールには仕事があるので移り住んでいくようです。
解決策は、教育レベルを上げる事だが、一部の統率者達は
国民のレベルが上がると、世界的な目を、持つようになって
自分達がやりにくくなるので、それを阻んでることもある と
 イスラム教のラマダンも働かずゴロゴロしてる人がやっても
神は、喜んではいない。タダの怠け者だと も
ラマダンの時は食事もタダで食べられるし・・・・
( 現地のガイドさんからの話)

 続きの10月4日は又後ほどに・・・・・

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奥会津の旅

2006-10-24 16:35:33 | Weblog
 10月24日25日でいこうと考えてたがバスの時間を
問い合わせしたら 22日で終わり と言うので 始発の
上越新幹線で浦佐駅、奥只見行きのバス7時55分発に乗る。
 ダム 157m×470m 周囲116m 深さ60m~150m
出力ワット360万キロワット、日本第2位の規模で
黒部の3倍もある、黒部は谷 只見は川に造られたので
水量が違う。
 海抜715m、6mの雪が降る豪雪地帯の為、事故も多く
シルバーラインを開通させた。19のトンネルがあるが
ひとつの長さが 5キロ、4キロ・・・凄い長い。
 越後湯沢で晴れてたのが トンネルを抜けたらガスって
バスで走ってるうちに 日差しが強くなり 風も無く
雲ひとつ無く ススキの穂も揺れず、紅葉し始めた木が
緑葉樹にまじってとっても美しいハーモニーをかもしだし
美しく、渓流も清く澄んでます。
 シルバーラインも入り口より奥深くなるにつれて
紅葉が 見事です!!!
 スロープカーで3分、遊覧船でダムを一周40分
11時45分発のバスに乗るまで朝食をとって 次の予定を
考える・・・・
 只見線は朝5時30分、昼1時17分、夕4時8分だけ
帳面上ではどんなことをしても日帰りは無理・・・・
タクシーなら出来るが@10000円 こんなに払うのはいや!!
泊る予定で宿も予約してあったが キャンセルして
できるかどうか解からないが やってみようーー
 乗ったバスのドライバーさんが 
「栃尾又温泉で下車し 小出行きのバスに乗り換えると
 1時8分に着くよ」
ヤッパリ聞いてみるもんだ
 (人には聞いてみろ 人には添うてみろ)

 お陰で間に合った。
最後の紅葉でツアー客も多く座れない人も居た。
 柿の実が色ずいて 枝がたわわにしなっています。
窓の景色も変わり 奥只見ダム、宮下ダム、田野倉ダム・・
只見川が右へ左へと続き 鉄橋が架かり見ごたえがあります。
 
 会津若松まで4時間 飲み物を売りに来ません。
時間が無くって 何も用意して無くって咽喉がカラカラ・・
 車掌さんに聞くと
 「会津川口駅で17分停車するので売店で・・・
   でも あと1時間先ですよ」
停車するたび乗ってくる人が ビールとつまみを持ってる
アア あと30分・・15分・・・3分・・・
 停車したと同時に売店へ・・・・
一本目のビールの値、ウウーン @1500円の価値あり!!

 磐越西線のとき腰が痛くなってしまったので また??
って心配してたけど座席シートも良かったので、
 5時 山の向こうに日が沈み始め高校生が乗ってきたら
社内が華やかになった。
 一人二人と下車する頃田圃の向こうの遠い家にも
明かりがともり始めた。 間も無く会津若松駅・・・
タクシーで わっぱめしの田季野へ
 3度目だけど いつも美味しい!!!

 案じるより生むが安し の言葉どうり強行軍だけど
行ってこれてよかった、今日だったら雨で最悪・・・
やっぱり 私は 晴れ女!!!

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楽しく 活きよう

2006-10-20 19:49:23 | Weblog
 昨日会社で 30代の家族も居る男性社員にチョッと言った
 ことで もう辞める って涙を流して「くやしい!!」って
言ったそうだ。
 息子から言われた
  「専さん 言うんじゃないよ、強い人ばかりじゃないから」

  そうだね!! 家ではそう思ってるから 言わないけど・・
 だから、嫁さんと仲良くできるのかもしれない・・・ね!!
  お金を貰ってする仕事は やって当たり前・・・
 そのために貰う 報酬なのだから。
  ボランテイアなら仲良く なあなあでやればいいけど
 でも 現場から離れた人間が 口出すことではないんだね。

  学校で いじめが 大きく取り上げられてるけど
 昔もあったよ。
  私も 登校拒否の はしり かもしれない・・・
 え???? うそおォォォ~~~って言ってるの 誰だ!!??
 
  小学校の頃から 美空ひばりの追っかけをやってて
 あんまり学校に行ってないくせに 学校に行くと男子生徒が
  「谷口が来たぞ~~」 ってからかいにくる。
    え?? 当然???  あァ そうか~~~
  「ひばりの実演もないし 撮影もないし だから来たのさ!
   お前達に 米粒ひとつ貰ってるわけじゃ無し
   言われる筋なんかないよ・・」
  「谷口の 米粒ひとつ・・がでたよ・・まいっちゃうよ」
 って言って どこかに行っちゃう。

 母は 何時も口癖のように こう教えてくれた。
  (人からいちいち言われる筋合いはない自分がしっかり
   してればいいんだ、米粒ひとつ 食わせてもらった訳
   じゃなし・・・)
 今もそう思ってるから 突っ張って見えると思う。

   小、中、高校生の皆さん!!!
 今の時はほんのわずかです、人が何を言おうが 
  自分を持っててください。
 無くなりそうなら 其処から離れたらいい!!!
 私は 母から 強くなることを 教えられて良かったって
  今も 思っています。
 だから 自分の子供 孫にも 強くなることを
  教えています。

 だいたい つるんでる奴は 弱いからで
一人では居られないから固まってるのさ
 大人の世界でもイッパイ居るよ そんなおばさん達が・・
 海外旅行へ行くと はっきり出るよ  偉そうに!!!

  子供のとき しっかり自分を持ってないと
 大人になっても いじめらしきものはあるから
 その他大勢の グループおばさんになっちゃうよ!!!

 もう 2度と無い2度と来ない此の学生時代を大人に成る時の
  練習台だと思って 生きてほしい!!!

 死ぬなよ!! 生きてると 楽しいことがイッパイあるさ!

  楽しく生きる秘訣 教えてあげる!!
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ああ 疲れた~~~

2006-10-19 19:26:40 | Weblog
 18日(水)朝7時30分、家を出、秦野へ向かいました。
 少し肌寒かったけど晴れ渡って 山々もコスモスもススキも・・・
 秋の終わりを 楽しんでいるようです。
  震生湖は関東大震災の時、渋沢丘稜の一部が崩れ
 谷をせき止めてできた ひょうたん型の湖、周囲1キロ20分程で
 一周出来てしまうほどですが 釣りのお父さん達が ボートにのったり
 岸辺でうたた寝しながら 釣り糸をたらしていました。
  丹沢山塊の展望もよく 青く澄み渡った空にだんだん日差しも強くなり
 夏姿でみかん畑や雑木林、畑地を歩き
  「ひとりですか?」と畑で作業してるお母さんに声かけられたり
  『平成になって子を産んだ親達は 子供を学問だけの教育しか
 してないので 人間として必要な親、友、自分と触れ合うすべての人との
 係わりなど教えてないので 平気で親を殺したり 火をつけたり・・・
 これから先が 思いやられる・・・」
   一人で畑で作業してたおとうさんと20分位会話したり・・・
  
まだ緑のみかんがイッパイ枝になってたり、 落ち葉を踏みしめて歩く・・
渋沢駅に出る途中、小さなお店でおじいちゃんが何か彫ってる。
  なんだろう~~~~~    瓢箪だ!!
10cm位のから150cmぐらいもある大きいものまで いろいろ
彫って 漆を塗ったり マージャンの牌を埋め込んだり
瓢箪の種を蒔いて 収穫して 乾して 彫って 漆を掛けて
なにもかも 一人で やってるので 同じものは2つ 無い!!!

 勿論買ったよ 島旅の友にひとつずつ  私もひとつ。

 渋沢駅からタクシーで*銀八鮨へ 店長お勧めにぎりでビール2杯
あわびの肝で 日本酒1合   ああ!! おいしかった!!!

 つぎに向かったのは 鶴巻温泉。
 予定では 5時頃には家に着きたいって思っていたので2時間 入ってたら
 『小田急線がトラックとの事故のため 4時まで 運行してません』
 えっ??  でもいいや 4時なら・・・
 
  4時鶴巻温泉駅に行ったら (6時まで 運行できません。)
 
 しょうがないよ~~私が運転するわけじゃなし
  とりあえず 家に℡だけ入れて コンビ二でビールと おでんを買って
 駅前のバス停の長椅子で 飲んで食べて・・・・
  帰りを急ぐ主婦が どうやって何所へ出ようか友達同士で話し合ってる
  あせったところでどうしようもない。
   うとうと 眠くなる~~~~~

  駅から (電車が 開通しましたーーー)の 放送が流れる。
 6時 「ああよかった~」 乗って一つ目の駅 伊勢原までで 降ろされる。
  鶴巻温泉と伊勢原駅間だけの開通だったようで
 皆 ぞろぞろ 駅員の指示でバス停へ
  どこまで行くのか 何がなんだかさっぱりわからず ただ
  少しでも先に進みたい、それと バスでは 座りたい・・・・
 バスでは座れて寝てたので 何所に着いたのか 全く判らず 
乗って降りるまで1時間も経ってた・・・
 新宿行き方面のホームで 確認したら @愛甲石田駅
 なに~~? そんな駅があるの?? どこなの???
 いやあだ~~~ 伊勢原の隣じゃん!!!!

それよりもっと驚いたのは バスに乗ってまもなく開通したようで
いったい私は なんて時間を費やしたのだろうか・・・・

 もう既に7時30分 家に着くのは9時だあアアアアア

 こんなに疲れたハイキングなんて・・・
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東トルコへ行ってきました

2006-10-16 18:20:54 | Weblog
 10月1日~13日東トルコへ行ってきました。
 昨年4月西トルコへ行ってきてたので、食べ物などは
 解かっていたので イッパイ日本食をもってたので・・・
 私は世界の3大美食といわれる此の料理が だいだいだイツ嫌い!!
 おかげで 又やせて帰ってきました。
  ノアの箱舟があるといわれてる アララテ山が目的でしたが
 あれは 箱舟では ない!!!
  ノアの時代は雨が降ったことが無いので 船 をしらなかった。
 また
  箱舟 そうです 箱型であって船形 ではないんです。

 でも トルコの人たちは とっても感じのいい人たちばかりです
 子供達も近寄ってきて いろいろ話すし
 男性もやさしいし・・・
  食事さえ良かったら何度でも生きたい国の一つですね。

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