魚河岸女将の地球探索(勝手に専務)

地の隅々まで 旅しながら ・・・

 終の棲家を探し・・・

   生きるって・・・

藤の花・・・と 妖精・・・

2007-04-29 20:46:16 | Weblog

  まだ私が、此の世に存在してない時の話・・・・
   
   父と母が五反田で酒屋を開業し、三女が3歳になった時、
  夕食のおかずが (あぶらぼうず)と言う魚の名前の煮付け・・・
   父が食卓に着いた時には、もう既に子供達は、食べていた。

  父は、其の脂の強さにびっくり!!
   『子供には、食べさせてないよな?』

   遅かった~~~。
 
  父は、直ぐ医者へ連れて行こう・・・と。

   その夜、心配が的中し、三女は息を引き取った・・・
    
     其の子の名前が 藤江。
  父は、藤の花が好きだったので 其の名前を付けたらしい。

     ;           ;

 今朝真っ赤な太陽が、グングン上がりだして、
   亀戸駅から、天神に向う人が、時間と共に増えてくる。

 孫娘の真理ちゃんが行くと言うので、夫も,付いて来た。
   亀戸天神の境内には、今、紫や白の、藤の花が、真っ盛り!!!

  綿菓子の回転に目が止まり・・、その場を離れようとしない・・
   
  少し歩いては、池に泳ぐ亀を見つけ、また その場を離れない。

 大人との興味が違うので、くず餅を食べてから、錦糸町の公園へ向う。

  しろつめ草がイッパイ咲いていたので、冠を作ってあげると
    大喜び!!!
    
   公園の中でもかぶってたら、他の子供達が寄ってきて、
    興味深そうに、見ているので、
     『かぶってみる??』 って聞くと、ウン と、うなずく。

   ひとりのママは、携帯電話で、わが子のプリンス姿を写してた。
    そして、一言 『ママ、どうやって作ったのか忘れちゃったァ』

  そうなのよね~~、
   皆、昔はよく土手や、原っぱに行って、作ったものなのよ~~。

  青空がひろがり、暖かく、爽やかな初夏のひとときを、
    それぞれ、思い思いの過ごし方をされたことでしょう。

  真理ちゃんから、お別れの時に、お手紙を頂きました。
  
  『せんさん きょうは おはなをつんで かんむりをつくってくれて 
     ありがとう こんど おやまたのしみにしてるよ
          こんど おやまであそぼうね  』
   
                  
       
                              
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藤の花・・・と、妖精・・・

2007-04-29 20:34:34 | Weblog


  まだ私が、此の世に存在してない時の話・・・・
   
   父と母が五反田で酒屋を開業し、三女が3歳になった時、
  夕食のおかずが (あぶらぼうず)と言う魚の名前の煮付け・・・
   父が食卓に着いた時には、もう既に子供達は、食べていた。

  父は、其の脂の強さにびっくり!!
   『子供には、食べさせてないよな?』

   遅かった~~~。
 
  父は、直ぐ医者へ連れて行こう・・・と。

   その夜、心配が的中し、三女は息を引き取った・・・
    
     其の子の名前が 藤江。
  父は、藤の花が好きだったので 其の名前を付けたらしい。

     ;           ;

 今朝真っ赤な太陽が、グングン上がりだして、
   亀戸駅から、天神に向う人が、時間と共に増えてくる。

 孫娘の真理ちゃんが行くと言うので、夫も,付いて来た。
   亀戸天神の境内には、今、紫や白の、藤の花が、真っ盛り!!!

  綿菓子の回転に目が止まり・・、その場を離れようとしない・・
   
  少し歩いては、池に泳ぐ亀を見つけ、また その場を離れない。

 大人との興味が違うので、くず餅を食べてから、錦糸町の公園へ向う。

  しろつめ草がイッパイ咲いていたので、冠を作ってあげると
    大喜び!!!
   
   公園の中でもかぶってたら、他の子供達が寄ってきて、
    興味深そうに、見ているので、
     『かぶってみる??』 って聞くと、ウン と、うなずく。

   ひとりのママは、携帯電話で、わが子のプリンス姿を写してた。
    そして、一言 『ママ、どうやって作ったのか忘れちゃったァ』

  そうなのよね~~、
   皆、昔はよく土手や、原っぱに行って、作ったものなのよ~~。

  青空がひろがり、暖かく、爽やかな初夏のひとときを、
    それぞれ、思い思いの過ごし方をされたことでしょう。

  真理ちゃんから、お別れの時に、お手紙を頂きました。
  『せんさん きょうは おはなをつんで かんむりをつくってくれて 
     ありがとう こんど おやまたのしみにしてるよ
          こんど おやまであそぼうね  』   
   
                

              
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酢・小麦粉・生姜・・・母からの秘伝

2007-04-28 21:08:26 | Weblog

  連休前なので、忙しいので会社へ出勤した。
   
  痛みのアル足に、昨夜から酢・うどん粉・生姜を練ったのを
    新聞紙に貼り付けて、何度も張替えて。

  この方法は、私が小学校一年の頃、母が骨を折って治療した時に
   その時の医師が、教えてくれたもので、ズーっとやってきた。

  不思議な事に、悪い所はパリパリに乾くが,何でも無い所は、
   濡れたまま・・・それで、何処の部分が悪いかが 判る訳なの。

  又、塗る紙は、新聞紙でなければダメなのよ~~~~
   垂れるからって、ビニール等で 被ってもダメ!!
  
  パリパリに乾いて取り難いときは、
   風呂かシャワーで洗えば、きれいになるので、其のあとに、
    被れないように、オイルを塗っておくといい。

  午前中はもったので、その後、クリニックには、行ってきたが、
   骨の異常は無いので、靭帯ではないだろうか??
  
   結果は、来週解るらしい・・・・・

  ダンスや山を歩いて鍛えられてるので、筋肉も発達して、
   骨も欠けてるところも無い と。  
 然し、年齢と共に、足がつったりする事はこれからもありますよ、
      と。 
 
 クリニックで出してくれた薬は、しまって いままた、作ってきた。

 
 明日は、鷺沼に住む下の娘と、孫娘5歳の真理恵と3にんで、
  
  
    亀戸天神へ藤の花を見ながら、葛餅を食べたり・・・
   
   下町歩きをするので、今夜は、何回も交換しなければ・・


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酢・小麦粉・生姜・・・・母からの教え

2007-04-28 21:04:16 | Weblog

  連休前なので、忙しいので会社へ出勤した。
   
  痛みのアル足に、昨夜から酢・うどん粉・生姜を練ったのを
    新聞紙に貼り付けて、何度も張替て。

  この方法は、私が小学校一年の頃、母が骨を折って治療した時に
   その時の医師が、教えてくれたもので、ズーっとやってきた。

  不思議な事に、悪い所はパリパリに乾くが,何でも無い所は、
   濡れたまま・・・それで、何処の部分が悪いかが 判る訳なの。

  又、塗る紙は、新聞紙でなければダメなのよ~~~~
   垂れるからって、ビニール等で 被ってもダメ!!
  
  パリパリに乾いて取り難いときは、
   風呂かシャワーで洗えば、きれいになるので、其のあとに、
     被れないように、オイルを塗っておくといい。

  午前中はもったので、その後、クリニックには、行ってきたが、
   骨の異常は無いので、靭帯ではないだろうか??
  
   結果は、来週解るらしい・・・・・

  ダンスや山を歩いて鍛えられてるので、筋肉も発達して、
   骨も欠けてるところも無い と。  

 然し、年齢と共に、足がつったりする事はこれからもありますよ、
     と。 
 
クリニックで出してくれた薬は、しまって いままた、作ってきた。

 
 明日は、鷺沼に住む下の娘と、孫娘5歳の真理恵と3にんで、
  
  亀戸天神へ藤の花を見ながら、葛餅を食べたり・・・
    
   下町歩きをするので、今夜は、何回も交換しなければ・・


  写真と題が合わない??って、思ったでしょう~~
   真理ちゃんが 可愛いので 載せてしまいました。
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陸と歩いた一日

2007-04-27 20:36:59 | Weblog


   25日に丹沢を歩く予定が、天気が悪いのであきらめて、
  翌日、ワンコの《陸》と、am6時に家を出て、乗り継ぎ乍ら、
      小田急線の渋沢に向った。

  ラッシュアワーにまだ重ならず, 押されないで済んだ。

  バスは、8時40分にしか出発しないので、タクシーを使い、
   三廻部の終点へ着いたのが、8時丁度だった。

 今日のコースは、四十八瀬川を右手に見ながら、表丹沢県民の森と
  黒竜の滝を見て、県立秦野戸川公園を巡り、2時間50分・・・

  《陸》もだんだん長いコースにしてきたので、心配はしてないが、
  私が、前日から足に痛みがあり、其の方が気になっていたが、
   テープを貼って痛みを麻痺させ、ゆっくり歩き出す・・・

  平日なのか、誰も歩いてないので、《陸》のリードを離してあげる。

 郊外の道路から右の分岐して、源蔵畑林道に入っていくと、
      病院・老人ホームが環境のよい所に建てられています。
   
  道端では、仏様にあげる榊を切っているママさんと言葉を交わす
    『いいですね~~~新鮮な物を捧げられて・・・』
    『地元の方ですか?』 
    『いいえ、鷺沼からです』
    『気をつけていらっしゃって下さい』 

 しばらく、登り道が続き、山の斜面に水が流れてて、陸の咽喉を潤す。

  澄み切った青空が、新緑を輝かせ、鶯が あちらこちらで鳴き、
   陸は キョロキョロ、辺りを見渡してるが、見つからず、
    「変だな~~~」と、私の顔を見返している。

 四十八瀬川は、林道よりズーッと下を流れているので、
  杉の木立の間から、時折、見えるだけで、音だけが聞こえる。

  県民の森は、幾つもの遊歩道や広場、休憩所などがあり、
     八重桜が、満開でした。
  
  二俣への道も在りましたが、今日は、私に、自信がないので、
   最短距離を歩こうと、四十八瀬川の川原に下り、丸木の橋を・・
    先を歩いてる 陸が 立ち止まってる・・・
   渡れないんだ~~~ァ           
     丸太との間がすいてるので、怖いのでしょう・・・
       抱っこして、向こう岸へ・・・・
  
   川の水は,澄んでとっても、きれいです。
    其処から、2分ほど登った所に、黒竜の滝があり、
      落差15m、夏でも涸れる事が無いそうです。

  歩いて汗ばんだ肌に、心地よい、しぶきと 静けさです。

  立て看板が・・・[山ヒルがいます、喰われると血が止まらなので
           ミミズの一種なのですが・・・・と 〕
           対処方法が 記されてました。
 
  私は、登山靴なのでいいですが、陸は裸足なので、気になり
   早く、其処から離れたいと、急ぎ足で 脱出です。

  滝を後ろにしてひと登りすると、西山林道に出ますから、右折し、
   四十八瀬川を又、右に身ながら、下流に向って下っていきます。

  此の頃から、雷が 鳴り出しました。
   歩いてる所は、晴れているんですが、きっと、もっと高い山は
    天気が、下り坂になって来ているんでしょう・・。

70代の男性の一人歩きや、ご夫婦で歩いてられる方とも
    すれ違いますが、ワンコと歩いてるので、皆さんが
     笑顔で、返してくれるのが、とっても、嬉しいです!!!

  昨日の雨で、木道に付いた苔が、滑りやすく、水溜りも沢山あり、
   山の清水が、道に、滝のように流れ出て、川の様になっており、
    陸は、水が嫌いなので、渡るのに躊躇し
     水の無い所を探して,行ったり来たりしてたが、
       何処へ行っても結局は同じ・・・・
    私が先に行ってしまうので、其の方が心配なんだろう~~~
     つま先を立てるようにして、やっと、渡ってきた!

  秦野戸川公園近くに養豚場があり、始めて聞く ブタの声に
   陸は、何度もなんども、耳を傾けて、聞き入っているようだった。

  此の公園は、水無川の地形を生かし、洗練された都市公園で
   風の吊り橋や、宿泊も出来るビジターセンター等の施設も完備し、
  珍しい野草で、翁草(おきな草)が、地元の方の好意で植えられて
   翁のひげのような花を付ける事から 此の名が付いたそうだが、
    天気の良い日で無いと、花が開かない・・・・
      此れも不思議ですよね~~~

  帰途は、バスで駅へ向うが、途中下車して,[銀八鮨へ]
    渋沢に行ったなら、絶対 [銀八鮨]へ 行かなきゃ~~!
 
 満員御礼の店で食べる鮨は、又、味も感じも、最高に良いモンです。

   駅まで、社長が自家用車で、送ってくださり、
        重ね重ね、申し訳ありませんでした。

  家路にたどり着くまで、何度乗り越したり、手前で下りたり
   したのだろう・・・   

   陸は 私の腕の中で ウトウトしてるので、
    『陸,専さんだって眠いんだよ 眠るなよ~~』と 起こし
   私が眠った振りをすると
    『専さん、起きて~~~』と、左手で私の頬を 叩くんです。

  そんなんで、家に着いたのが、3時でしたが、
     今日も一日、本当に 楽しかった!!
     
   足の痛いのを、忘れてたけど、今はヤッパリ痛いから
    うどん粉とお酢と生姜を練って 張り替えてるけど、
     早い内に、医者に行ってこよう。
      
      5月の旅行に影響がでないように。

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一通の手紙

2007-04-26 02:52:53 | Weblog


  今、私の手元に、今から31年前の1976年10月9日の
   私が、静岡県下田の友人に出した手紙が、届きました。

   驚きと同時に、胸が熱くなるのを、覚えました。

 彼女とは、聖書を学ぶ友として、知り合い、今日まで続いて来ました。

  書いた頃の自分の環境は、朝2時にはもう起き、
   6年の長女・4年の長男・1年の次女・5歳の次男の4人の
     学校の準備をし、朝食の支度を準備し、
   5時には、会社に行き、販売・事務・配送と午前中済ませ、
      午後、2時頃に家に戻り、家事をし、
  洗濯は夜、10過ぎに干していったものです。

   寝るのは、11時近くならなければ、終わらない・・・・

  下の男の子は、6年の娘が学校へ一緒に連れてってくれて
   自分の教室の机の横で、授業中過ごし、 給食も頂き、
    授業が終わると、一緒に帰ってくる・・・・

  下町の学校って、こんな事が、出来たんですよ~~~
   
   :         :         :

 こんな生活をしていた自分が、どんな考えを持っていたのか・・・・

  4枚の便箋イッパイに書かれた・・・・書いたですよね~~

  
  (新約聖書 コリント人への第1の手紙15章;41節の)
    太陽・月・星・・ 栄光、輝きがみな違い・・・

  人は、どんな人であっても、皆、輝き方が異なっているので、
   比較する事は出来ないにも拘らず、比較し非難し、自己満足し、
    其の立場の故に、本人の事情・状況をも考慮せず、
    結果だけで判断してゆく事の怖さを、感じていました。

 
 又、自由でありたい!!!
  笑う時、人に気兼ねしないで 大声で笑い・・・・
  泣く時も・・・ そういう自分でありたい・・・・

   今の私ですか?
  あの頃と変わらない考えを持ち、それを通して生きてきました。

  此の手紙が無かったら、其の頃どんな考えを持っていたのか?
   解らなかったんですが、変わっていなかったんですね~~~!

 どんな時も、常に、自分でありたい!!
  
   (旧約聖書 伝道の書9章9節、10節)
   
    日の下に 汝がたまわる命の日の間 ・・・・
      汝の手に耐える事は 力を尽くしてこれを為せ
     そは、汝の往かんとする墓には
      工作も計謀も知識も知恵も あることなければなり

  そう、
   いま、生きてる・・生きている今が 一番大切なんです。

 生かされてる命を、楽しく,悔いが無いよう、生きて往きたい!!

   彼女からの手紙は、紀行文を毎月送ってあげてるので、
  其の感想、 世界地図・日本地図を広げて、擬似旅行してるって
   送ってる私も 励まされ・・・・  

  今日は、とっても嬉しい手紙だったので皆さんにもおすそ分け・・
   
    (旧約聖書 箴言 15章30節)

       ・・・・・よき音信は 骨をうるほす
   
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早く5月になればいいなあ~~

2007-04-25 06:43:13 | Weblog

  


  日曜日にワンコの{陸}と丹沢を歩く?走る予定だったが、
 天気が悪く行けず、今日も又、外は、シトシトと、雨が降っている。

  此の2,3日、右足の小指から踝にいたる所の一点が,腫れ, 痛く、
    こんな事は私には無いのに・・・何故だろう?

  家に居てばかりだと動きが少ない事、
  ビールの、飲みすぎ・・
  パソコンに向ってばかりだと、座ってるので 浮腫み易い事、
  
  思い返せば、う~~ん、原因はわかる。

 
 健康ブーム頂点の頃は 
  良いお水を 一日何リットルも飲みなさい.と、言われてた頃
  夫には 『水は、細胞に残るから飲みすぎない方がいいよ』 と
   注意してたが、
  今頃になって、
   《水ぶくれの体型・・老化の原因・・病気の源・・》等などの
   本が出版された。

  読んだ夫は
   『お前が言ってたとうりだった。』
     と、又、水を飲むのを止めて・・
 でも、どうせ又、何か、新しい健康食品を探してくる事でしょう。

 ところで私??
   原因は、旅行に出てないからなのよ~~~~

  4月は一回も海外に出てないし・・・
   
    早く5月にならないかな~~~~

                     
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シリア・ヨルダン・ドバイの旅(最終回)

2007-04-23 15:56:43 | Weblog

      3月30日(金)

   空港まで15分くらいのホテルなので、ゆっくり出発です。

  今日もダマスカスには、澄み切った青空が、広がっています。
 いつもの事乍、機内で眠るため(?)昨夜片付けも多かったし、
  睡眠時間が短く、もう、 ウトウト・・・しています。

 ビールと、うるめいわしのおつまみで機内へのアナウンスがある迄、 
      備え付けの椅子で、のみ始める。
  待ち時間も、リラックスタイムと考えると、時間も苦にならず、
   ただ独りになって、今回の旅を振り返って見る・・・・。

 イスラム教=暴動,反乱、など私の少ない知識の範囲でアバウトに
      出していた答え・・・う~~んヤッパリ違ってる・・

   自分は、其れを、どの程度本当に、知っているのか??
    偏見を持たずに、見ているのだろうか??

 現実に其処に行った事も無く、国内で流されるニュースだけで
   {知ってる} と、思い込んでいるのでは 無いだろうか~~~

 TVでも何チャンネルもあるし、新聞もページ数が多いので、
  くだらない情報を入れざるを得ないのでは、無いのか~~~?


  健康食品、美容エステ、セミナー、等など・・・、 
   どれも、自分自身の信念を持たない人達を、餌食にして、
     ますます、肥えて居てます。

  宗教も、同様に、
 人間や、此の壮大な、全てを知り尽くす事の出来ない自然界を、
   自然に出来た・・・なんて愚かな答えを出さないよう・・・・

 そんな、叡智を秘めた創造主を、自分達より低い動物に似せるなんて
    冷静に考えるなら、答えが 出てきます。

  危険と、思われてるパレスチナ区域、 
 いいえ!全く! そんな気配が無いのです。日本より、安全です。

 どんな情報であっても、真実とは言えず、自分が確信を持てた時、
  『○ ○ である。』 と 力強く、自信を持って口にすべきです。
  こうも 言われました。
   『日本人=オオムサリン など日本人と結び付けられたら
     胸をはって 言いませんか~~??違います~~って』
       同じです。

 知りもしないのに、知ったかぶりをせず、謙遜になるべきですね。
     何事においても・・・・

   グループの中に一人体調が崩れ食当り・・・・? 
  これも、  脂分が多いので、食べなければ治ります。
    これも、 過ぎなければ良いのです。 
    体が、出したい~~と信号を送ってるのですから、
   出させればいいんです、薬を飲まず、自然のままに・・・

  旅は、日常生活の自己管理の延長ですから・・・
   
   :         :         :

ドバイに到着し、バスに乗ったのが、pm4時40分、此れから新市街へ。

 
  北海道位の大きさの国で
 410万人の人口の、80%が、世界181カ国から来た外国人で
   七首長国による連邦制、此れも1971年12月2日に
      現体制となりました。

  地下道には、ゴミも落ちていませんし、浮浪者も見当たらず、
    私が、その事を質問すると、
 『労働者の町なので、見つかったら、国外撤去となるので居ないんです』

 昼間、到着した時のドバイの空港はガラガラだったのに、
     深夜葉、ゴッタ返しで、床に寝てる人達も・・・・・・
 
 Am2時30分、関西空港行き迄の待ち時間が長いので、
  私も椅子に足を投げ出し手、2時間程、仮眠する。

  咽喉が渇いてビール350㍉缶が、US弗8、びっくりした~ぁ!
    生牡蠣6個 2000円  此れも びっくり!
      でも、好きだから、食べちゃった~~~。  

  9時間45分で関西空港着、家に着くのは、pm9時半頃かな~~
 機内で、東トルコで一緒だった雨宮さんと、ワールド航空の添乗員とも
  逢って・・・雨宮さんとは、後日、一緒に食事する約束を交わす。
     何処で誰と逢うか解らないね・・

    :         :         :

  聖書記述を辿る旅・   一つ一つがつながってくる、が、
    信仰にはたどり着かず・・・・
 
   又、違った方向から訪れる日が来るのを楽しみに。


   *         *         *

   長い間、読んでいただき有難うございました。
 5月は四川省、後半は、チベット天空列車の旅を計画してます。
   もし、教えていただける事があれば、コメントを下さい。
    


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シリヤ・ヨルダン・ドバイの旅 (其の 7)

2007-04-22 20:16:36 | Weblog


       3月29日(木)

  真っ赤な太陽は世俗のわずらわしさを、知ってか知らずか・・・
   昨日と変わらず真っ青な空に昇ってきます。

Am6時ダマスカスへの道程を、各所見学しながらバスは進みます。

陸のシルクロードに対し、海のシルクロード、

それは、レバノンから黒海に至る道を指し、
レバノン杉が沢山取れたので、エジプトへ輸出し、
ツタンカーメンの棺など、香と、防虫効果があるので、
      珍重されていました。
 
  砂漠には水は無いが、雨が降ると神殿の前のくぼみに水が溜まり、
    管を通って浴場やプールに使用しており、
水確保の工夫、重要さが理解できる。

 走行中の砂漠の中に石油基地=特別目立った建物ではないが、
   此処から、イラクへ石油を分けていたが、アメリカと戦争になり
    今は販売できず、お得意先が一軒減った事でも、
     アメリカへの良い感情を持てないらしい。
 
 その奥の方には、空軍の基地も見えます。
   徴兵制度は18歳~二年、大学を望む人は、就学後でもよく、
     月に、300US弗支給され、 女性は、志願制です。

 途中下車して、砂漠の流浪の民,べドゥィンの家を訪れる。
   ビーハイブと言い、イタリアのアルベロベーロに、似ています。
  此の地の土と、牛の糞の壁で塗ってあり,
二つの部屋は中でつながって、冬暖かく、夏涼しい造りです。
  此処の家族構成は、ママと成人した娘、10歳以下の男女の4人で、
   下の女の子の髪に櫛が入っていないので、
  プレゼントにと、持ってきたスキ鋏も使って、カットしてあげたら
     下の男の子も『僕もやって~~~』と、髪に手をやるので、
    少しの時間だったが、前と襟足だけ、鋏を入れてあげられた。

 シリアで四番目に大きな街,トモス、
  街路には桜に似たアーモンドの花、白い杏の花、
もう盛りは過ぎたが、夏を待つかのように、
青空に、風に乗って、花びらを散らしてた・・・・

  豊かな土地を見晴らす古城の クラック・デ・シュバリエは、
    十字軍が、何年もかけて築いた 4000人の兵士が滞在できる
     650mの高台にある、難攻不落の砦でもあった・・・が
   然し、人の築いた物は全て、永遠は、無いのだ。
    
(旧約聖書 伝道の書 1章1節~~11節)
  ・・・・・ 
先に在りし物は また 後にあるべし
       先に成りし事は また 後に成るべし
          日の下に 新しき者 あらざるなり
・ ・・・・・・・・・
 
 シリアは、農業25%、サービス業25%、工作業25%で
    産業では、オリーブオイルと医薬品が・・・
  ユーフラテス河畔からは、世界に誇れる綿花が収穫でき、
   国王は、イランとの国交を、進めてほしいと願っており、
    ヨルダン同様、経済制裁政策を促すアメリカを、
    『アメリカは好きだけど、ブッシュは嫌い』

  TAX10%、利子6%、
   車の税金は、10000US弗に対して、10000US弗ですって!
     すご~~~いよね~~。

 ランチは、ツアーでは先ず訪れる事のない、ファルーラの町で。
  ダマスカスから北東50km、アンチ・レバノン山脈の谷合に在る
   静かな町で、岩の斜面に建てられた家々の外壁は、
     青や、黄色に塗られてて美しく、
   イエス・キリストも使用していたと思われる西方アラム語を
      今でも、使用しているキリスト教の町・・・
   その町で、一軒しかないレストランは、
とても清潔で、味付け、盛り付け共に良く皆喜んでました。

  食後、其処から少し先に POST・OFFICEが見えたので・・・
  
   3階との指示に駆け足で・・・・・
  コレクションと説明し、私の手帳を見せ、日本の切手を見せると
     雰囲気から 地位の高い人と感じさせる男性が、
椅子を出してくださり、すわる様言って下さったが、
    ツアーで来てるので、時間がない事を告げると、
     奥の方から、2枚の切手をお持ち下さって、無料で、
    其の上、アラム語で、サインをして下さった・・・・
もう~~嬉しくって! 嬉しくって!!
   跳びあがって喜ぶ私を、笑顔で、送ってくださった・・・

      貴重な 切手です。

 一路、一番大きな街、ダマスカスへ。
  40分程で到着したのですが、黄色のタクシーが多く、ラッシュで
   少しずつしか進まず、歩く人のほうが、早いんです。

   此処から西方に、創世記4章1節~~8節の記述の
  アベルとカインの事件が起きた場所を、今は,カシオン山と呼び
       夜景スポットとなってるようです。

 シリア・アラブ共和国の首都、ダマスカスは、
    旧約聖書にも載ってる最古の都市でもあり、
旧市街への迷路のような街並みは、悠久の歴史を物語っています。

やっと博物館到着、ですが・・・
パルミラでの失敗を繰り返さない為に集合時間を聞いて、すぐ
 混雑する街中を、 ひとり、 POST・OFFICEへ。

快くスタンプ捺印して下さったので,
マダ時間が有るので、オスマントルコ時代に造られ、
今は、貨車の乗り入れだけの駅舎になっていますが
ステンドグラスで装飾され、図書館のようになっていました。
 又、使用してた機関車は、町のシンボルとして
   駅前に、設置されています。
 駅の名前は、 ヒジャーズといいます。

  車が多く、要領と早足で無いと、道を横切れない・・・・
  
   皆の待つ博物館まで、生ジュースを買って飲みながら行ったが、
     それでも、時間が 余ってたよ。

 その後、サラディン朝=十字軍の襲撃から ダマスカスを救い
   エルサレムも奪い返した。イスラムの英雄の墓(?)
    巨大なモスクの隣にあるらしい・・・と言うのは、
入らなかったからよく 解らないんです。
   何故? だって、ネズミ男みたいな三角のフードの付いた
      ネズミ色のマントを着ないと、入れ無い為・・・
     汚くって イヤだったから・・他にも 3人いたけど。

  待つ間、ローマのジュピター神殿の跡地に並ぶスーク(市場)へ。
   
   何でもあるし、安い! 
  産まれたばかりの 孫娘{千穂}の白くて、可愛い靴を買った。

   金、土、日と休日なので、其の前夜でもあるのか・・・
    女性は黒のスカーフとコートに身を包み・・・
      それで、金のネックレスを探してる・・・・
        隠れてしまうだろうに・・・・

  私のように金髪で、何も覆わない女性が珍しいのだろう
     振り返って見て行く・・・

   フリータイムを作ってくれたので気分的にも楽で、
      ウインドーショッピングも楽しく、
         イライラせずに 過ごせました。

  サマータイムが始まったので、時計の針を1時間進めます。

    *         *         *

 やっと、あと一話になりました。
  写真が 入れられず・・・ 



 























       3月29日(木)

  真っ赤な太陽は世俗のわずらわしさを、知ってか知らずか・・・
   昨日と変わらず真っ青な空に昇ってきます。

Am6時ダマスカスへの道程を、各所見学しながらバスは進みます。

陸のシルクロードに対し、海のシルクロード、

それは、レバノンから黒海に至る道を指し、
レバノン杉が沢山取れたので、エジプトへ輸出し、
ツタンカーメンの棺など、香と、防虫効果があるので、
      珍重されていました。
 
  砂漠には水は無いが、雨が降ると神殿の前のくぼみに水が溜まり、
    管を通って浴場やプールに使用しており、
水確保の工夫、重要さが理解できる。

 走行中の砂漠の中に石油基地=特別目立った建物ではないが、
   此処から、イラクへ石油を分けていたが、アメリカと戦争になり
    今は販売できず、お得意先が一軒減った事でも、
     アメリカへの良い感情を持てないらしい。
 
 その奥の方には、空軍の基地も見えます。
   徴兵制度は18歳~二年、大学を望む人は、就学後でもよく、
     月に、300US弗支給され、 女性は、志願制です。

 途中下車して、砂漠の流浪の民,べドゥィンの家を訪れる。
   ビーハイブと言い、イタリアのアルベロベーロに、似ています。
  此の地の土と、牛の糞の壁で塗ってあり,
二つの部屋は中でつながって、冬暖かく、夏涼しい造りです。
  此処の家族構成は、ママと成人した娘、10歳以下の男女の4人で、
   下の女の子の髪に櫛が入っていないので、
  プレゼントにと、持ってきたスキ鋏も使って、カットしてあげたら
     下の男の子も『僕もやって~~~』と、髪に手をやるので、
    少しの時間だったが、前と襟足だけ、鋏を入れてあげられた。

 シリアで四番目に大きな街,トモス、
  街路には桜に似たアーモンドの花、白い杏の花、
もう盛りは過ぎたが、夏を待つかのように、
青空に、風に乗って、花びらを散らしてた・・・・

  豊かな土地を見晴らす古城の クラック・デ・シュバリエは、
    十字軍が、何年もかけて築いた 4000人の兵士が滞在できる
     650mの高台にある、難攻不落の砦でもあった・・・が
   然し、人の築いた物は全て、永遠は、無いのだ。
    
(旧約聖書 伝道の書 1章1節~~11節)
  ・・・・・ 
先に在りし物は また 後にあるべし
       先に成りし事は また 後に成るべし
          日の下に 新しき者 あらざるなり
・ ・・・・・・・・・
 
 シリアは、農業25%、サービス業25%、工作業25%で
    産業では、オリーブオイルと医薬品が・・・
  ユーフラテス河畔からは、世界に誇れる綿花が収穫でき、
   国王は、イランとの国交を、進めてほしいと願っており、
    ヨルダン同様、経済制裁政策を促すアメリカを、
    『アメリカは好きだけど、ブッシュは嫌い』

  TAX10%、利子6%、
   車の税金は、10000US弗に対して、10000US弗ですって!
     すご~~~いよね~~。

 ランチは、ツアーでは先ず訪れる事のない、ファルーラの町で。
  ダマスカスから北東50km、アンチ・レバノン山脈の谷合に在る
   静かな町で、岩の斜面に建てられた家々の外壁は、
     青や、黄色に塗られてて美しく、
   イエス・キリストも使用していたと思われる西方アラム語を
      今でも、使用しているキリスト教の町・・・
   その町で、一軒しかないレストランは、
とても清潔で、味付け、盛り付け共に良く皆喜んでました。

  食後、其処から少し先に POST・OFFICEが見えたので・・・
  
   3階との指示に駆け足で・・・・・
  コレクションと説明し、私の手帳を見せ、日本の切手を見せると
     雰囲気から 地位の高い人と感じさせる男性が、
椅子を出してくださり、すわる様言って下さったが、
    ツアーで来てるので、時間がない事を告げると、
     奥の方から、2枚の切手をお持ち下さって、無料で、
    其の上、アラム語で、サインをして下さった・・・・
もう~~嬉しくって! 嬉しくって!!
   跳びあがって喜ぶ私を、笑顔で、送ってくださった・・・

      貴重な 切手です。

 一路、一番大きな街、ダマスカスへ。
  40分程で到着したのですが、黄色のタクシーが多く、ラッシュで
   少しずつしか進まず、歩く人のほうが、早いんです。

   此処から西方に、創世記4章1節~~8節の記述の
  アベルとカインの事件が起きた場所を、今は,カシオン山と呼び
       夜景スポットとなってるようです。

 シリア・アラブ共和国の首都、ダマスカスは、
    旧約聖書にも載ってる最古の都市でもあり、
旧市街への迷路のような街並みは、悠久の歴史を物語っています。

やっと博物館到着、ですが・・・
パルミラでの失敗を繰り返さない為に集合時間を聞いて、すぐ
 混雑する街中を、 ひとり、 POST・OFFICEへ。

快くスタンプ捺印して下さったので,
マダ時間が有るので、オスマントルコ時代に造られ、
今は、貨車の乗り入れだけの駅舎になっていますが
ステンドグラスで装飾され、図書館のようになっていました。
 又、使用してた機関車は、町のシンボルとして
   駅前に、設置されています。
 駅の名前は、 ヒジャーズといいます。

  車が多く、要領と早足で無いと、道を横切れない・・・・
  
   皆の待つ博物館まで、生ジュースを買って飲みながら行ったが、
     それでも、時間が 余ってたよ。

 その後、サラディン朝=十字軍の襲撃から ダマスカスを救い
   エルサレムも奪い返した。イスラムの英雄の墓(?)
    巨大なモスクの隣にあるらしい・・・と言うのは、
入らなかったからよく 解らないんです。
   何故? だって、ネズミ男みたいな三角のフードの付いた
      ネズミ色のマントを着ないと、入れ無い為・・・
     汚くって イヤだったから・・他にも 3人いたけど。

  待つ間、ローマのジュピター神殿の跡地に並ぶスーク(市場)へ。
   
   何でもあるし、安い! 
  産まれたばかりの 孫娘{千穂}の白くて、可愛い靴を買った。

   金、土、日と休日なので、其の前夜でもあるのか・・・
    女性は黒のスカーフとコートに身を包み・・・
      それで、金のネックレスを探してる・・・・
        隠れてしまうだろうに・・・・

  私のように金髪で、何も覆わない女性が珍しいのだろう
     振り返って見て行く・・・

   フリータイムを作ってくれたので気分的にも楽で、
      ウインドーショッピングも楽しく、
         イライラせずに 過ごせました。

  サマータイムが始まったので、時計の針を1時間進めます。

    *         *         *

 やっと、あと一話になりました。
  写真が 入れられず・・・ 



 

































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シリヤ・ヨルダン・ドバイの旅 (其の 6)

2007-04-20 08:37:45 | Weblog


       3月28日(水)

   am5時半、
真っ赤な太陽が、石造りの屋根の向こうに広がる、砂漠の中から、
  浮き上がってくる・・・真っ青な空に・・・

   文句なしの快晴です。

 昨夜,パルミラ到着少し前、運転席のワイパーが動いていた・・
少し降った雨が、砂ホコリを押さえ、爽やかです。

 目の前には、紀元前一世紀頃隊商都市として繁栄した、
     ナツメヤシの繁る街、パルミラは、
  パル神殿=農耕の神を祀る、二世紀頃の人口は、15000人くらいで、
    4月6日から一週間祭りをしていたそうです。

 此処へ入場する時、お土産を売る男性が私の髪に遠慮なく手を触れた。
   好意である事は、笑顔から解っていたが、
  アッ!と 言う間の出来事・・・と 思う間もなく
   又、違う若い男の子が触れてきたので、左手で払いのけた・・ら
     彼の販売用の絵葉書が落下、
  私が、強く振り切ったのは解っていたが、ツアーの中の一人が、
     何やら他の仲間に告げ口している・・・
   『あんな風に物を落とすまで、しなくっても・・・』

    耳にはいったら もう、許せない!
  歩き出していたが,踵を返すように戻って、強く!言った!!
   『物事のいきさつも知らず、人を非難するんじゃぁ無い!!』
  と、強く、言ったので、
   又,オバサン達の陰口が・・・ゴチョ,ゴチョ・・・
    もう一度言ってやろうか~と思ったが、此処で止めないと
     啖呵を切るようになるので、 ぐッ とこらえて・・・
    まぁ、いいや~~面倒くさいし~~~~

   ただ、黙ってると間違った情報が行き渡るから、
始めの段階で、押さえておかないと、図に乗るし・・・・


 神殿の記念門の列柱道路には、右375本、左375本の柱があり、
  中心はラクダの足をいためないようにと、土を使用し、
   人は、左右両側の石の道を、と 分けてあります。

 クレオパトラの血を引く女王、ゼノビアが入浴した風呂や、野外劇場
  商品取引所など、すべて、石と土砂に埋まっていた為、
   保存状態が良く、1952年に発掘され、現在に至るのですが
 当時、中国、インドからローマへ、又、その反対路線の中継地として
  二重の税を取っていたので、ローマの支配下から離れて、独立し、
   すべてを,自国だけの利にしようと、独立の道を選ぶ事で
     ローマから、滅ぼされる結果となった訳です。

  ランチは羊の兜焼き=マンサフ、
   炒めたご飯や野菜を、ヨーグルトを混ぜてたべる。
      私は、嫌い、ダメだ~~。
 
 同じ時間帯に4~50人の男性グループが見えていた、彼らは、 
   軍の兵士、隊長たちを乗せてきたハイヤーのドライバー達が・・
  皆、若くて元気で楽しい人達で、自分の名前を《ムラタ》とか、
《ムスターファ》ベッカム風の方もいて・・12~3人と
写真を撮ったり、話したり・・私の年齢???
 『30? 40? 50????』
   50  OK なんてね~~。

それでも、まだ、食事は終わらない。
  
 レストランの裏のほうに、新しいバイクを、見つけた・・
   ホンダ ならぬ (JONDA)

『私に、運転させて~~~ぇ』
  えっ! ほんとに運転できるのか~~ァ、と言う顔で見てたけど
   うなずいて、エンジンをかけて バイクを渡してくれたので
  二人で 相乗り・・・指を指して『もっと、遠くへ行こう』と
   言うけど集合時間も有るし、レストランの周りを、ツーリング
    彼は、 耳元で 『ナイスへヤー・・・』と囁いて
   ウエストに手を回していたが,そのうちに胸やお尻にも
      手を回してきた・・・ 

 わずか、5分位だったけど、自分の好きな事が出来て、 
      気分的にすっきり、
    『サンキュウ!』と言って お別れ~~

  ランチ後も見学が続き、博物館へ・・・ウーン 退屈だな~~ァ
    郵便局へ行きたいのに~と思っていたが、チョッと遠慮してて
     pm3時10分、一人グループから離れていったのに・・
      3時迄。
も~~~オ ヤッパリ自分の思う事は、我慢すると失敗につながる。

 夕刻、夕陽を見にアラブ城に行くが私は行かず、明朝早いし、
  部屋で、のんびりする事に 夕陽は 部屋から見えるし・・・

其れより、別の窓から、伝書鳩を飛ばす父と子が見える・・・
  ジッと見てると・・何も解らない鳥が・・・と、思ってたら、
しばらくは高く、遠く飛んでいたが、『ピュゥ~~』と声を掛け
  縄の様な物を空に振ると、しだいに低く下りてくる。
主人が、縄を、小屋の屋根に一度振ると、すべての鳩は、屋根に。
 餌を、小屋の周りに撒くと、口にし、小屋に戻って行った。

    初めて見た!!

カメラを持ち、一部始終見てる私に、彼らは、笑顔で返してくる。

  *          *          *

 18日は、昭JIJIが 埼玉からワザワザ見えて1日中教わって
  果たして、結果は???
 19日、トルコへ行った時の友人 一柳さんとランチしてお茶して、
・ ・・そんな訳でパソコンに 向う時間が 有りませんでした。

      あと、2回で 此の旅は終わります。






  
  
   
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