魚河岸女将の地球探索(勝手に専務)

地の隅々まで 旅しながら ・・・

 終の棲家を探し・・・

   生きるって・・・

ターザンと過ごす日々の準備

2014-01-31 01:50:43 | Weblog
 【外離】のターザン:長崎真砂弓さんの所へ出発するのは、

   3月30日
        羽田―›那覇   那覇―›石垣島

           石垣島で2泊して、

   4月1日  【西表島】へ渡り、 1泊。

   4月2日  午後4時過ぎ【外離島】へ渡る。


1週間過ごすには、それなりの準備が居るので、
   
   事前に 食糧・衣類・そのほか雑貨は、送ることにして、

  
 
問題は、着るものだった。

 
  【屋久島】の え~ちゃんに話したら、
    
   『専さん、古代人が着てた 
      あの~~  
        シーツを 首だけ開けて 腰で、紐結ぶやつ
                      あれが イイよ。』

   
   『屋久島でも、ターザンの島に行きたいって思ってる人が
       居るから、
            写真撮ったら、送ってえな。』

 

  湯上りタオルで作ったものは 有るけど、
     
      洗濯できるわけでないので、
   
   
    川の水で 洗い流して、
       
        木の枝に、(天使の羽衣)みたいに掛けて
     
      乾かすのだから、
       
           なるべく 薄い生地がイイのだ。



 素敵なアドバイスもらったので、

   何十年振りに、「蒲田駅のユザワヤ」へ、生地買いに行った。

     
     蒲田駅西口に位置し、昔からある店で、
        
       生地の種類が多く、
          
          何でも揃う。




      白地にしようか? 迷ったんだけど、

 

   無人島だから、いっそ 派手な鮮やかな色を 身に纏い、
     

      大自然の中を、闊歩しよう~❢ 

       

       友人が縫ってくれるので、預けて来た。




 他にも 
  
    紺色の生地;ジョーゼットのW幅を 1m買って、

    
     茅ケ崎の友人・愛子さんから頂いた正絹の半纏、
      
     
        裾が擦り切れてきたが
          とても上質のものなので、
     
     

      今日、朝から半日 坐して、仕上げた。
        
       半纏の前組み紐も、同生地で 作って付け直した。 

 
  
  
   我ながら・・・よき出来映え。  

    

     愛子さんのお母さんの形見だって 言ってたから、

      
       見せたら、きっと 喜ぶでしょう~~~



   「箱根」の旅は、いつも一緒に行く間柄
    
     4月になったら、行きましょう~と、言われてたけど、

   

        ご免ね。

     
    今年は、ターザンの所で過ごして、
        
     その後【屋久島】で、ゴールデンウイーク終了まで、
            
           滞在する予定。

  

 
   
       

コメント

四柱推命に

2014-01-30 00:16:32 | Weblog
小学校4年春、
  
   疎開先の「静岡」から「東京・蒲田」に~~
    
 
   父は、焼け野原の中に建つ、130坪の大衆酒場を買ったのだ。
   
     
     その頃=今の環状八号線から、「蒲田駅」が 見えてた。

   
   
        今では JRは、立体交差になってるけれど、
      
      
           オーチス・エレベーターの 会社の脇の 踏切は、
        
       
                開かずの踏切として 有名だった。

   


「松竹蒲田撮影所」も まだ残ってたのでは~~?

 

 
   
 〔本日休診〕井伏鱒二作、
   
  
   蒲田西口に在った〔南雲産婦人科;南雲今朝雄氏}を描いた物語で、
    
  
   今・TVでよく名前が出てくる 南雲医師の曾叔父に当たるのでは?
       
      
       
       南雲院長役:;柳 栄二郎
        
       美男俳優・鶴田浩二も やくざ役で 出演

   


 
 まだその時代は 車が少なくて、
     
    
    映画撮影に使用する車を 父の店に借りに来たから、


      自動三輪;バーハンドル車で、

        車種は,ミズシマだったか❓ ダイハツだったか❓


       
      戸塚に住む兄が 運転して動かし、
       

    
      映画の場面に(谷口商店)の名前が 写ってたのを覚えてる。

 


   
     父の商いの仕方は、
         
           ≪おまけ儲けて≫だった。
    
     

       目方をキッチリ計った後、
        
         
           『必ず、おまけを付けてあげなさい。』

     

       
       瓶を持参してくれるお客様の


            量り売りの品物も、
        
         
        
       『栓が閉まらな程、口元まで入れてあげなさい。』

  
        

          (現在販売されてる瓶詰め見ても、
                   
                 上部まで詰まってない)

 

  いつも行列が出来てて
      
   
      学校に行くのに、お店から出て行けないくらい、混んでた。
  


 
   そんな長い行列をしても 買いに来てくれるお客様に、
   
   
     雑色に在った(第一パン)から、
      
        菓子パンを何ケースも仕入れて 配り、
        
       
         夏は、氷を入れたシロップを~~~
        
         冬は、温かいお茶を~~~


      (まだ インスタント・珈琲が発売される前だった)
   
   
   

   『さあ~~どうぞ~~ご自由に召し上がってください。』

    
    
     待ってるお客様一人一人に 声かけてたのを・・記憶してる。




 
 そんな繁盛してた店の 跡取りの長兄が、
   
   
    父とは全く違う、
        
        
        【四柱推命】に、はまっていったようだ。

 
 

 私はその頃から

    
    家の中に有る{手相} {人相} {指紋} {爪の形} その他
      
      
      書籍は、いつでも 手にして見ることが出来てた。

     

       だからって、理解してた訳ではない。

      
       
        ❝ 門前の小僧 習わぬ経を読む ❞   

   
       



コメント

一度限りの人生

2014-01-29 01:46:45 | Weblog
       年の取り方にも 個人差がある。
   

     外見だけでなく、
          
         ≪心の年齢≫
          
        ≪年齢からの自由≫

 

 情熱に 年齢は無く、
   
    情熱の前に 年齢は消える。 

      一度限りの人生を、深く生きる。   

     


    惰性で生きるのではなく、
      
      【自分を新しくする 生き方をする。】   

  
  昭JIJIが こんな 言葉を教えてくれた。

     
      ❝ 教育 と 教養 ❞

  
   ✮ 今日=教  行く=育 、 処≒場所が有る。
        
         外へ出掛ける~~~
            
              出会いがある~~~

   
   ✮ 今日=教  用=養 、が 有る。
       
         用事があって~~出掛ける~~~    



   
           外へ出る事で, 人に見られる意識。
    
     
              気ずかないでほしい・・・    
      
        
                 気ずいて欲しい・・・・
        
           
                     気ずかれたい・・・・

    


       その結果、 綺麗になる
        
            或いは・・・恋愛をする。

  

  
          ==人に見られる・見られたい意識==
     
             
               スター
     
               ブログ
     
               ファッション
     
               ストーカー
               

                    共通するものがあるね。



 けど、気を付けないと・・・

    
     「煩悩」を 巧みに利用する 支配者の罠、
     
       ✩ ブランド志向
     
       ✩ 有名校
     
       ✩ 年収
     
       ✩ ・・etc///

   
            人々を操る為の 道具として 発信されてる、
        
                   (情報価値)に惑わされないように。

   それには、

   
      (情報)の量を減らし、
      
       
         (物理的な価値)も 減らし、

          
               残るのは 【対象そのもの】だけに する。

 


   判断の決め手は、自分の身体。
     
    
     頭は 騙されるけど、
         
          研ぎ澄まされた感覚は、ごまかされない。

     


     耳触りの好い言葉・・・
       
          「正義」 「愛」 「記念」などに、ごまかされない。

 


  身体は、全てを知ってる。


     然し、 自分の身体でありながら、 身体の事を解ってない。

   

        捨てなければ 得られない自由。

      
          記憶は「愛」でもあるから、忘れることも・・・




 
   ≪年月は、何の意味も持たないから、時計で測る事をしない。≫

    
        何事で あっても、
       
       
           <準備>
       
           <実行>
       
           <後始末>
           
                   この、リサイクルで進行してる。

     
         が、
         
             同じシーンは、二度と起こらないから。

  

    【今】 【今】なのです。
     
     
        直ぐ、【過去】になって しまうのですから。


    
コメント

強くなければ・・・・

2014-01-28 01:56:46 | Weblog
        <松本清張の作品;黒い福音> の TVドラマ化

      たけしの持ち味が生きて、張り詰めた気を抜けずに 見入った。

  

        最終場面、北大路欣也の警視の辞が、私には妙に残った。
 
 
        ―――国が強くなってないと、外国と渡り合えない―――



それは、「国」だけでなく 「個人」でも 同じ。

 

  結婚し、まだ1,2年経ったころ~~? かな、こんな事があった。
    
   
    夫の兄は、親戚付き合いを重要視してた人で、
       弟の嫁である私に、こう アドバイスしてくれた。
  
     『叔父さん 叔母さんとの付き合いを 大切にするように~』


    私はそれに対して、直ぐ、反論した。

   
     『自分が しっかり両足で立ってないのに、
       
          転んでる人を、助けられない。
         
            先ず、自分が立つことが 大事だから~~。』



  この言葉は 親戚中に広まって

    ==あの嫁は怖い==  ==強い==

 
      反逆分子のように言われ、そうした目で見られるようになった。

    
       そうだよね~~
       
         
     考えてみれば 判る気もする。

      夫側の人 すべてを 敵に回したんだから。
 

 
         けど、チットモ怖くなかったよ。



   自分が 家庭も経済も作り上げたなら、


         人から指 刺されることもナイと、
     
           
                思ってたから。

  
    そう~~、
     
   
        ≪自分が強くならなければ、他の人と渡り合えないのである≫




    【いじめ】も同じ。
   
         ≪自分が強くならなければ、他の人と渡り合えない≫

      

             闘の武道で強くなるのもイイだろう~~~

 
     然し、戦いの武器は、武道だけではない。
     


        根本は、
          
            自分の精神を強くすること。


             それには、≪自信≫が必要。


              

 
 私達の時代=昭和20年代にも あったよ、 【いじめ】も。
  
   疎開先でもあったし、
     
    東京・大田区蒲田に引っ越し、
      
     「蒲田小学校」4年に編入した時も、あったよ。



 けど、私はその頃からも 何か判らないけど・・≪自信≫があった ネ。

 
     他の人より 優れてるものがあった訳では無いけど、
     
    
      不思議な《人に対する恐れ》・・・ みたいなものが無かった。



   それは きっと、 母の育て方に あったのだと思う。

   
   『人さまから 何一つ、 米粒一つ、貰ってナイ ❢
       
               頭 下げる必要 ナイ ❢ 』

    

         此の強い母の言葉は、私の切り札であり、 支えだった。

 

  男子が私をからかって、いじめに入ろうとしても、
   
    『おマエ達から 何一つ、米粒一つ、貰ってナイ ❢ 』と、
       
      
            強く ❢ 大きな声で返すから、

  その内、
   
    『やめとけ! 谷口は。
      
         直ぐ、米粒一つ貰ってないって 言うんだから。』と。



 女子だってあったサ。
   
    学年トップの(蒔田さんグループ)
  
    美女軍団の( 大月グループ)
     
         これも 55年ぶりに蒔田さんと出遭って 語り合ったよ。

 
  担任も 加担するわけではないけど、
      
    やっぱり、人間さ。
        
     自分の好きな女子を、謝恩会劇でも 主役に持ってく。
    

      本当は、
           生徒の人気投票だったのに~~~

   
   ちなみに、私も先生の作品
    
        🎶子供オペレッタの小間物屋役で、出たけどね。



 
  魚河岸なんて、その最たるものさ ❢


    財産があって、 販売力があって、長老と呼ばれる地位に在ったら、

     

       若くて 財力もあって、仕事が出来ようと、

        ≪出る杭は 打たれる≫のさ。


     
  それには、

     自分達が強くなって、


    

   ≪出過ぎた杭は 抜けない≫ ところまで持っていくしか 無いのさ。


   
 
    ★マーク

       全てに永遠なんてナイ。

        

      権力、財力、地位だって、必ず❢ 絶対❢  終わりが来るのだ。

       


  
 
   
  〖 群れを嫌い、 束縛を嫌い、 権威を嫌い, 誰ともツルマナイ。〗


     
      
       ❝ 生きることは、暗闇を歩む道、
        
             
           その先に光のあることを 信じて ❞

 

   経験、体験を重ねて、【人】を 造る。
     
     
         友達、家族、社会と、触れ合って―――

  

   仕上がるまで、{環境}が、全てを変えてゆく―――

    
      絵の具・ 墨汁・ 石膏・ 木工・ 貝殻・・・etc///
 
           筆・ ノミ・ カンナ・ 金槌・ 鏝・・・etc///


   などで、
     
     そぎ落とし乍ら・・・完成させてゆくのと、同様、

      
         【人】も、無垢の世界を 完成させていく・・・

 

 未完成な、
     
   これから どのように変わってゆくのかも 判らないうちに、
  
   
     相手だって まだ、未完成なのに、
      

      そこで 自分の全てだなんて、決めつけないで ❢

       

        ≪ 自分を強く、自信を持って ≫

コメント

悪い いたずら

2014-01-27 01:37:34 | Weblog
 そう言えば・・・
  
  
   「裏磐梯温泉」からの帰りの新幹線で、
    
    
      【屋久島】の娘・順ちゃんから珍しく、電話が入った。

 


 孫娘・みな海が【屋久島】で一緒に生活するようになってからは、
   
   
   あんまり密に 連絡取ってないから、

    
     ❓ はて・・・なんだろう・・・

     
     『専さん~~! 
         
              なんだあ~~  出るじゃん ❢ 』

    
     『どうしたの ❓』 私の方が聞いた。

 
 
 【屋久島】の家の留守電話に、
    

     ≪おかあさんが 亡くなりました・・・≫
         
                      と、入ってたそうだ。

  
   まさか❓とは思ってたけど、
      
     
      会社に電話したら、
    
       

          『出掛けてるんじゃあないかなぁ~~?』

  
  それで 何度か 電話してくれたみたいだけど、
    

      旅先では、いつもマナーモードにしてるから、
        
             気付かなかった訳。

   

       『私が 簡単に死ぬわけないヨ!』
    
    
       『そうだとは解ってるけど・・・・
           

                     みな海が、心配してて・・・』


             

 
 
 まあ~~ありがとうね。
     
   

    だけど、

           本番になったら 私は誰にも知らせない。

   
  
     法律的には、同居してる息子に連絡が入るだろうけど、
      
       
         私からは、誰にも知らせない。 

 

  昨年9月2日に書き記した書面で、意思表示したように、
   
    
    ❝ 今日一日 格好良く 精一杯生きたい❢ ❞
     
     
         それ以上のものを必要としてない 私だから・・・

       
  

  
       【伝道の書5章;15節】
   
    人は 母の胎より出でて来たりしごとくに
       
       また裸体にして帰りゆくべし・・・・
         
            一つも手にとりて 携えゆくことを 得ざるなり





 悪いいたずらだね~~と
  

          鷹さんにメールしたら
       
     
     『世も末だねぇ
          
          だが末法の世にこそ
              
                  希望はそびえ立つ』

  
  

    なんだか クソ坊主のような返事が返ってきたから、
    
     

     『お前は 坊主か?』
       
        
            と、返信しながら ハッと思い出した。

      
      

        作家:山田鷹夫氏が、坊主頭だったのを。





    
コメント

裏磐梯温泉で過ごした日 最終回

2014-01-26 01:58:27 | Weblog
  (周遊バス)が来るのを待つ間、会津の街並みを散歩。



  
 
 会津の城下町は、新選組が闊歩してた頃もあり、

    
   グッズの販売してる店、漆器、絵ろうそく、焼物、茶菓子、酒蔵・・

  

 
 

  町の区画も、
    
    
     京都、金沢、萩、下関の街と同様、
     
       
        直線ではなく、鈎型に造られてる。

       

             刀を振り回してた時代の 残りを、垣間見る。



「七日町=なぬかまち」






   
    正式にはこう読むんだね。
     

       母が、よくこう読んでたけど、❓と 思ってた。

  
   可愛らしい チッチャな駅。













   
      ハイカラな 鉄筋コンクリートの建物も 残ってます。



   もうここから 5分程で「会津若松駅」







帰途は、
  

     「猪苗代駅」に、送迎バスが来る時間に合わせて 列車に乗る。


 
  「猪苗代」と言えば、かの有名な野口英世。


   

 駅前に,
    
   お母さん、 本人、 恩師・小林先生のレリーフが建立されてる。



  

 
    天気予報では、午後から雪――だったけど、
 
     降らず、 此処へ来てやっと雪国らしく、小雪が降りだした。

      

          ホテルまで30分、


  フロントに・・・
 
  

    にこにこと 出迎えてくれてるフロントマン・・
     
      
        あれ? 何処かで見たけど・・・
  

   
    『こんにちわ~~ 大貫さん!』
  
    『何処かでおあいしましたよね~  思い出せなくって~~』
  
    『北海道・鹿部です』
  
    『そうかぁ~~~!』
  
    『こちらに配属されまして~~
      
            いつもホテル御利用して下さいまして~~~』


     

   人って、本当に悪い事できない。
  
         
           何時 何処で 再会すると判らないから。

 
 

    何でも ズケズケ有りのまま言葉にするけど、
    
     

       人の悪口、陰口や 陰険な事は 決してしないから。



 


  長い旅をするようになって、
    
        4日位だと、なんだか アッと言う間に過ぎてしまう。
  
 

    それでも 温泉に浸かって、暖かく過ごせた4日間。

     

       明日から

      
           ===甦りの施術=== に。


         (今はもう~~【歯】の治療に入ってます)
コメント

裏磐梯温泉で過ごした日 NO4

2014-01-25 01:27:21 | Weblog
     肉食べれない私が、此処の桜刺しは、大好き ❢
  
   ・・・けど、残念。
   
  

      今 扱ってないんだって。
     
      

          そういえば、数年前に訪れた時も そう言ってたっけ。



仕方ないから、
 
 
 「田の膳」で ビール頂く。







● 輪っぱめし:鮭、卵焼き、セリ、キノコ、ぜんまい




  
    
   ● 天麩羅 :イカの耳、しし唐、シイタケ(裏に芋を包んで)
   
   ● 刺身 :湯葉
   
   ● 小皿 :酢にしん 他 
   
   ● 煮物 :こずゆ (三陸のまめぶみたいな・・)

       
        ウ――ン コースじゃない方がイイ。
      

           嫌いな・・と言うより、食べたくない物もあるから。


  

 それと、大勢で行かないと座席も囲炉裏の部屋ではなく、
    
      2階のテーブル席。
  



   

    どうしても、一人で行くから 此処になるんだけど・・・
    
      

        <田季野>を味わうには、つまらない。
         
           
                味気ないヨ。


 


      燃焼できず・・・
  

          階段下りて{勘定場}で話してたら、
        
              女性3人入ってきた。



   『あら~~ぁ ❢』

 

 そう~~
  
      さっき周遊バスで一緒だった人で、
   
   

       『何処も予定してないなら、折角来たのだから<田季野>よ 』      
      
      
          と、電話番号も教えといたので、訪れたのだ。


 
 {勘定場}は、若女将さん?
    
   

      私が紹介した事を 3人の女性が告げたこともあって、
        
        
          帰り際、おみやげまで下さって~~



 
「桜刺し」止めた理由
   
   
    レバー刺しと同様、
     
     
         食べて体調悪くなると、その非難は 店へ。

 

  

 『私も魚河岸で生きて来て、
    
    
       やっぱりそういったクレーム、昭和の後半ごろありましたネ
   
    けど、
     
         私は、決して折れません。

             
               頭を下げませんでしたよ。

     だって、
    
      
           自分が販売してる物、知ってるでしょうが❢ ❢
  
     
     
      それで身体に異常をきたす訳無いから、
        
      
          『保健所に持っていく』 と言ったら、
        
      
          『どうぞ 持ってって下さい』

   
   

     それが怖くって、現金握らせて 帰らせる店もあるから、
     
       
          商売人が 負けることになる。

      
       

        自信があったら、 闘えばイイ ❢❢
   
             
                 私は、いつも そうしてきたよ』

  
 

    また、魚河岸女将に戻ってしまったけど、
      
     
         そんな会話交わして、<田季野>を 後にする。
     

コメント

裏磐梯温泉で過ごした日 NO3

2014-01-24 00:19:04 | Weblog
再び (周遊バスあかべえ)で、 二つ目「区役所前」で下車。

  
  いつも「会津若松」に来て、磐越西線と,磐越東線、
    
         或いは、只見線との 乗り継ぎの時間を利用し、
       
      タクシーで訪れるから、
  
     
     徒歩で来たことが無いから、
      
        入るところは判るけど、方向が・・全く・・・❓❓



地元の男性に声をかけたら、
 
  
   『地元ではないけど、女房の故郷に移り住んで15年~~~
     
           もう、その本人は居ないんだけど~~~
   
        途中まで案内しよう~~
    
          女房は移り住んで 2年でこの世を去ってしまい~~~』

 
 
   『ご主人、優しいんですねぇ~~
    
    
     慣れない土地に移り住むなんて,普通は出来ないものですよ。
      
        
             奥さん、きっと満足してましたよ。』

 
 
   『そう言ってもらえるかなぁ~~
    
     
       我儘生きてきたから、最後は女房の思うように~~と
        
               決めたのに、
     
         
          今は,ひとりになって~~~
        
          
              何より 雪が辛い。 寒いし、滑るし~~』



   

    雪道を連れ添って歩く、2人・・・・

        
            遠目から見たら、夫婦に見えたのでは・・・❓










<田季野>
  
  
    1972年開店 と、何処かに書いてあったから、
   
      
          私が初めて訪れたのは、1980年頃だったかも・・・


  
   表通りから 細い路地を入って、
  
     
          何気無い店だけど、



   
  会津西街道=下野街道の旧家;糸澤奮陣屋は、
    
          鎌倉時代から続く 豪壮な建物を、此処に移築した。

       
       中へ入ったら 解る。

 

  
  会津西街道は、
   
         会津から 下野の国=栃木県‣今市へと、続きます。

 
 
   
   豊臣秀吉が通り、
     
     
     参勤交代の行列が行き交い、
        
       
        幕末には、吉田松陰が 東北帰行の帰りに利用し、
           
        
            土方俊三が、敗走して会津に入った、
         
           

                歴史の道でもあります。




  その歴史街道に面して在った、糸澤奮陣屋は、
    
         今から150年~200年前に、建てられたものです。




       <田季野>の由来ですが、
  
  

     平家落人の伝説が残る、桧枝岐で 
     
       
         600年の伝統を誇る 〚曲げわっぱ〛に出会い、
   
     

      春の尾瀬の優しさ、
     
      
           厳しい自然に育まれてきた 力強さ
  

     
             ~~~それを見た時、

          
                 これを器にして料理を・・・と。

    
     

 「かの地は 山ばかり 田も野も希なるところ」

       

           こうして屋号が付けられたそうです。



 



      二階から玄関土間を 見下ろしたところ
  
 


   高~~い 天井、  太~~い梁、
     
    
     寒くないように~と、
       
        

            大きなストーブに 真っ赤な火が燃えています。



 先ず、正面に {勘定場}
    

     懐かしいなぁ~~~
   

   
          なんだか・・・我が家に戻って来たみたいな 気がして・・・

   
      注文は、
     
        (輪っぱめし)と(桜刺し)  さ ❢

   

 


コメント

裏磐梯温泉で過ごした日 NO2

2014-01-23 01:45:28 | Weblog
 3日目
    
    やっぱり「会津若松」に来たら、どうしても 行きたい❢
  

  <田季野>

    
      ホテルのバスで「猪苗代駅」まで送ってくれたので、




       
         磐越西線で「会津若松駅」へ。






 
  乗り継ぎが便利なように、時間の工夫がされてて、
   
    急がず、待たず、 
      
      また、少し余裕があるので、気が急かずに
          
           写真撮ったり出来るのが、イイね。













  下車し、観光協会へ立ち寄り、
  
     am11時15分発の
   
      (まちなか周遊バス;あかべえ一日乗車券@500円)購入し、
 
 

  もう30年位前になるだろうか~~?
   
   
    【屋久島】の娘;順ちゃんが 
      
      まだ、大学卒業したばかりだったように 思うから・・
  
    
    私達の会社の慰安旅行で、此処会津を訪れて、
       
      バスで巡り、
     
       「鶴ヶ城」「武家屋敷」「田季野」で 昼食したっけ・・




 時間もあるし、何度下車してもいいので、
   
      
        雪の「鶴ヶ城」も見て来よう~~~

 
 
  1384年、
    
     葦名直盛が、東黒川館を築いたのが 始まり。
     
       戌辰戦争では、約1か月激しい攻防に耐え、
        
            難攻不落の名城として、知られました。







 
  
   平成13年3月に
    
     天守閣の屋根が 赤瓦に葺き替えられ、
     
       幕末当時の姿に甦り、
        
           赤瓦の天守閣は、全国で唯一だそうです。

   

 
    一般的には「会津城」
      
       1934年、「若松城」と 登録された。

 

   雪の「鶴ケ城」は また 違う・・・・寂しさを・・・







  
    白虎隊の あの若く美しく、清い少年たちに、
     
         此の真っ白い【城】を、見せてあげたい・・・・



TVの取材
 
   天気予報で撮ってた、御濠の水が 凍ってる―――と。

      本当  凍ってたよ。




     
   
     それでも 春を待つように、
          
         木の芽は固いけど、蕾を持ってる。






      三本足の烏、此処でも出てきたよ。

       
       熊の本宮本宮に在ったのと同じものが。
       

     



 素晴らしいよね~~

 
    此の自然 ❢ 神の創造の前に 勝てるものなど ナイ ❢ ❢

コメント

裏磐梯温泉で過ごした日 NO1

2014-01-22 00:12:48 | Weblog




    平成26年1月6日(月)~9日(木)
     
       裏磐梯ロイヤルホテルで過ごした 日々。



1月10日から 予定通り、
   
  体の調整に入ると、しばらくの間 外出できないので、
       
      その前に温泉に 入りたい~~~
     
         と、思って 申し込んでおいた。


 「東京駅」pm12時40分と遅い集合、
   
   「郡山」まで 新幹線。
       
     其処からは、ホテルの送迎バスで ホテルへ。

 
              
「郡山」に着いたら、小さな花弁のような 白いものが 舞っていた。


  
   「郡山」には、三大企業があって、
    
      ◎ 温泉饅頭の 柏屋
    
      ◎ 醤油のコマツ
    
      ◎ ~~? 忘れた

 コマツ醤油の社長とは、
    
   ブラジル・リオカーニバルに行ってからの付き合いが、
        
        20数年続き・・・
    
     何でも話せる
       
         私にとっては、最高のお父さんだった。

 
 会社譲渡するにあたって、

    夫と私の意見が割れてたので、

       そのことで相談したかったから
  
   「郡山」を訪れた時、
  
     一緒に駅前の割烹店で 食事して・・・飲んで・・・
      
       支払いは、私が先にしてしまったら、
      
    
     『郡山で、私に恥かかすな ❢ 』って、
           
              叱られたのを思い出す。



       でも・・・・もう・・・


         私を叱ってくれる人は、この世に居ない・・・



  だから、「郡山」は、来たくない都市。

  
   今回の旅は、
    
          
      温泉に浸かって、手紙書いて・・・過ごす。


 食事は 期待できないホテルだから、
  
     会社から、<雲丹> <筋子>買って ツマミ持参。

       勿論、ビールは 20本持参)

   
    天気は、毎日快晴 ❢
   

        白と 黒と 青の世界。



  ❝ 雪を楽しんで 愛おしんで
     
      何にも感じなければ
       
        単なる水分の変形に過ぎない 形態を ❞  鷹
 
コメント